第16話 第二王子


あの出来事から1日が経過していた。

学院は次の日が休息日だったことが幸いして、俺に考える時間を与えてくれている。

あの時何が起きたのか振り返る必要がある。

というのも、俺はある事実を確認しなければならないと考えていた。そう、俺の中に魔力というものが存在しているのかという点を。


まず、俺に魔力が存在しているのかという点についての精査をしてみる。俺に魔力がある根拠はこうだ。


1つ目が、ウィルの魔力を込めた一撃をもろに左腕で受けたにもかかわらず、俺には痛みもなく、傷すらつかなかった点である。これは講義で習った魔力による身体の耐久性強化が俺の体に働いたとしか思えない。フューゲルの傷を見ると、魔法剣術を受けて無傷というのは他の可能性が思いつかない。


2つ目が、俺がウィルに対して放った一撃だ。ウィルは2メートルも吹っ飛んでいた。ウィルと俺の体格を加味しても、魔法の威力なくあそこまで吹っ飛ぶことはあり得ない。


3つ目が、俺の中で何か気が回るような感覚があったことだ。それはこれまで感じたことのない感覚で、しかも、それが同じタイミングで起こったということである。ついでに言うと、魔法を使った後には独特の倦怠感がでると聞いているが、まさにそれを感じている。


4つ目が、ウーデルが俺に耳元で囁いた話である。ウーデルは魔法剣士としても熟練しており、魔法にはかなり敏感と思われる。


5つ目が、あの標的物体についた斬撃である。あれはさすがに木刀をあてるだけではできそうもない傷である。


この5つの論拠をふまえると、俺には魔力が存在していると結論づける十分な論拠があると言わざるを得ない。


それではなぜ平民である俺にそんな魔力が存在するのかという点だ。考えうる仮説は次のとおりだ。


可能性としての1つ目が、俺の特異性という仮説だ。特異性というのは、誰にも言えないが、俺が前世の記憶を保持しているという点だ。つまり、俺が他の人間とは違う存在ゆえに、魔力に目覚めることができたという仮説だ。


2つ目が、実はプリビレッジの血をどこかで受け継いでいるという仮説だ。

だが、もしそうであれば、俺の家族にも魔力がないというのはおかしい。もちろん、家族も俺のようにこれまでそれが発現していないという可能性もある。

それに考えたくはないが、俺がトシュルとナーディアの子供でないという可能性も。いや、それは絶対に信じたくない。それに仮に家族に魔力がないとしても、隔世遺伝という可能性もある。


3つ目が、魔力は実は誰にでも存在するという仮説だ。少なくとも平民の中でも一定数魔力が存在しているという仮説でもよい。しかし、これはこの世界の理を否定することにつながってしまうし、平民が500万人もいる中で、俺がたまたま最初に発現するというのもおかしい。これは可能性として薄い仮説だろう。


いずれにせよ、現状ではそこまでの答えにはたどり着けないだろう。


最後に、なぜこのタイミングで俺に魔力が発動したのか。その発動条件が気になる。

しかし、この点については今は全く検討がつかない。今後、魔法を使っていく中で、実験を重ねてから研究

していく他ないだろうし、そもそもなぜ俺に魔力があるのかという点を解明しない限り、発動条件の正確なことは分からないだろう。


このような形で論理的に検証をした結果、「俺は魔力持ちである。」とだけ結論付けた。

そして、それと同時に今後、魔力と魔法について研究していくということも決意する。


さて、それはともかく、俺には現実的に対応しないといけない問題がある。それはウィルを始めとするプリビレッジ学生からの仕返しへの対策だ。

これは本当に頭が痛い。それはそうと、フューゲルの怪我は大丈夫だったのだろうか。



翌日の朝はすぐにやってきた。嫌なときはすぐ来てしまうものだ。

今日だけは不登校になりたい気分。一体学院では俺に何が待っているのだろうか。


気がすすまないながらも、俺はいつもの時間、いつもの道で学院に向けて登校していた。


「アシュル!」


遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。もう振り返らずとも分かる。この声はマーガレットだ。


「おはよう。マーガレット。休息日はゆっくり出来たかな?」

「もう何言っているの!私、心配で心配で気が休まらなかったんだから!」

「心配かけてごめんね・・・。」


やっぱりみんなに心配をかけてしまっているようだ


「体は何ともなかったの?」

「うん。平気だよ。でも、プリビレッジの学生が仕返しにきそうで少し怖い。」


俺はマーガレットに弱音を吐いてしまった。


「でも、平民学生みんなで団結してアシュルを守るって決めているから!」

「ありがとう。」


女子にこんな事を言ってもらえるとは思わなかった。プリビレッジの逆襲にずっと怯えていた自分が少し恥ずかしくなる。

これは自分で巻いた種でもあるのだからどんな困難がまっていたとしても戦い続けるしかない。マーガレットの言葉で少しだけ前向きになれた自分がいた。


学院に到着し、教室の中に入ると、教室内は雰囲気がいつもと違った。


「アシュル!この前はお疲れ様!」

「アシュル、生きていたか?」


掛けられる声は様々だったが、みんなが俺のことを応援や心配してくれる様子で少し安堵した。


「ところでフューゲルは?」

「しばらく怪我の治療のためお休みみたいだよ。」


最も気になるのはフューゲルのことだったが、残念ながらフリーラの言葉は予想通りの内容であった。


さすがにあれだけ重症だとしばらくは学院に来れないだろう。フューゲルにはいたたまれない気持ちしかない。


そして、通常通りラフィーナの講義が行われた。

今日の講義はよりによって「代弁者」であったが、色々なことが頭を駆け巡り、全く耳に入ってこなかった。


ラフィーナの講義後、俺は気分転換をしたくて学院内をぶらついていたところ、後ろから俺を呼び止める声がした。


「君は、アシュル君だね。」


このタイミングで学院をぶらつくなんて迂闊だったと冷や汗をかいたが、口調は優しい感じであったので、思い切ってその人物と対峙した。

俺の目に映ったのはスラリとした高身長の爽やかな男の姿だった。


「そうですが、何かご用でしょうか。」

「ちょっと君と話をしてみたいんだ。ついてきてくれるかな?」


このパターンは流石に怪しい。人気のいないところにつれていき、集団暴行とか、容易に想像がつく。これは罠だ。俺もそんな浅はかではない。


「すみません、どういうご用件でしょうか。さすがに知らない方についていくのはちょっと。」


俺が引きつった顔でそう言うと、その男は少し困った表情をした。しかし、次の言葉を聞いて、俺はこの人に害意がないことに気付いた。


「君の中にある魔力についてじっくり話を聞きたいんだ。特に悪意はないから、心配をしないでくれたら有り難いんだけど。」

「分かりました。話を伺いましょう。」


こう言葉をかわすと、近くの建物に誘導されて、とある部屋に連れてこられた。

部屋の中はきれいに整頓されており、設置されている家具も高価そうなものがたくさん並べられていた。


「そこに座ってよ。」


男の言われるままに、俺は高級そうな黒のソファーに腰を掛けた。


「僕はね、魔法発動時にでる魔力感知が得意なんだ。あのとき、ウィル・ハーモスと君が戦っている時、君から魔力反応を感じた。」

「そうでしたか。実は初めてのことで何が起きたか自分でもわかりませんでした。」


直感的に嘘を取り繕っても無駄と感じ、正直に答えることにした。


「あの時が初めてだったんだね。正直、平民の中でも隠れ魔力持ちもいないことはないからさ。そんな不思議なことではないよ。」


これは意外な発言であったが、そんなものなのかと思う他なく、それ以上は追求しなかった。


「君のことは実はよく聞いていたんだ。ラフィーナ先生がね、よく話していたから。平民学生の中で自分と同等の頭脳をもっている学生がいると。」

「どういうことですか?」


俺の驚いた表情の顔をみながら、その男が話を続ける。


「実は、ラフィーナ先生は子供の頃家庭教師をしてもらっていた仲でね。今でもよく話をする機会があるんだ。ラフィーナ先生は王国でも有能な頭脳を持っていると言われているから、色々と勉強を教えてもらったんだよ。」

「先生があなたの家庭教師をやっていたのですね。」


しかし、この男は一体何者なのだろうか。王国の頭脳を家庭教師につけられる家柄って。相当高貴な方ではないかと思われる。


「そうそう、僕の名前はニコル。ニコル・アーステルド。よろしくね。」

「・・・。」


アーステルドって、王族じゃないか!今日一番の驚きがこの瞬間だった。


「大変失礼いたしました。殿下。非礼をお許しください。」

「いや、普通でいいよ。同い年だし。むしろ、君とは友だちになりたいと思っていたくらいだから。」

「はぁ。そうおっしゃられましても・・・。」


これは真に受けてよいのだろうか。いや、これを簡単に受け入れてしまうのはあまりにもリスクが高い。不敬罪で打ち首とかないよな。


「実はね、僕も王族として王国の現状に疑問を持っている立場でね。君も王国の問題に気づいているのでないかな?」

「そうですね。確かにプリビレッジという特権階級と平民に壁があるというか、道徳や秩序に問題があるというか・・・。」


俺はオブラートに包みつつ話をするが、ニコルはこれに頷きながら聞いている。


「君のように平民でありながら、高い頭脳をもって、問題意識をもっている人材を探していたんだ。しかも君の場合、魔力まで持っている。是非とも今後は僕の力になってほしい。」

「はい。仰せのままに。」

「その言い方、堅いから。」


突然の出会いだった。まさかこの国の王子と知り合うことになるなんて。

しかもこの人物は不思議な魅力を持っているというか、器の大きさを肌で感じさせてしまう。


その後は、ニコルと俺のこれまでの人生などについて軽く談笑をし、少しずつ俺の硬さも消えていった。

そして、今後は定期的に情報交換をしていこうという話になり、俺は部屋を後にした。


ニコル王子か。もしかすると、凄いコネが出来てしまったかもしれない。先ほどまでプリビレッジからの仕返しを恐れていたことが馬鹿らしい。


ニコルのいた建物から教室に戻る途中、またもや後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「アシュル。どこに行っていたの?ずっと戻ってこないから心配したのよ。」

「ごめん、マーガレット。」

 

その声はマーガレットだった。ただ、少しご立腹の様子だ。


「マーガレット、たくさん心配かけてごめんね。お詫びに、今日帰りにご飯食べていかない?お詫びにごちそうしたいんだ。この前のパンのお礼もあるし。」


俺はなぜかこのタイミングでご立腹のマーガレットをデートに誘ってしまった。

ニコル王子の件で気分が高揚していたということもあったためか、自然とこんな言葉が出てしまったのだ。


「え?いきなりどうしたの。急だからお母さんに帰り遅くなるって言ってないし・・・。」

「それなら、僕の伝書鳥を使って連絡して。実は連れていきたいレストランがあるんだ。そこの料理は絶品なんだ。マーガレットにも是非食べてみてもらいたかった。レストランフリーというお店ね。」

「レストランフリー!?あの有名な!行きたいわ。」

「じゃあ、約束ね!」


レストランフリーは王都でかなり有名になっているようだ。

それにしても身の危険があるかもしれないと思い、伝書鳥を学院に持ってきたことが幸いした。


学院での一日が無事に終わり、俺はマーガレットとレストランフリーに向かっていた。

マーガレットはかつて見たことがないほどご機嫌な様子だ。


「私、あまりお金持っていないけど、高くないかな?」

「大丈夫だよ。僕がお金持っているし、あのお店ならツケでも平気だよ。」

「アシュルってやっぱりすごいんだね。」


俺の言葉にマーガレットは驚いた表情であった。最初に出会ったころとは、マーガレットの印象がだいぶ変わってきている感じだ。ついつい心の中で喜びに浸ってしまう。


「さあ、到着だね。」


俺はこう言うと、レストランフリーの扉を引いた。

店の中を見渡すと、お客さんがたくさん座っている。満席かと思うほどに。


「アシュルちゃん、来たわね。」

「ニーミヤさん、こんにちは。凄い数のお客さんですね。」

「お陰様でね。さあ、アシュルちゃんの席はこっち。」


ニーミヤは笑いが止まらないという感じでニコニコしながら俺とマーガレットを席に案内する。


「予約してくれてたの?」

「伝書鳥で連絡しておいたんだ。入れなかったらがっかりだし。」


マーガレットはキョロキョロと店の中を興味深そうに観察している。

すると、何やら人影がこちらにやってきた。


「いらっしゃいませ。ちょっと、アシュルどういうこと?」

「カナディ、きちゃった。」


カナディは明らかにいつもと違う表情をしている。明らかに不機嫌そうだ。


「アシュル、その娘、誰なの?」

「あの、学院の校友というか・・・」


「フンっ」という挙動も全く隠してもいない。そこまであからさまに態度に出さなくても・・・。


「あの、アシュル、この人はどなた?」

「僕の姉です。姉。」


マーガレットは申し訳無さそうに俺にこう尋ねてきた。


「では、ごゆっくり!」


カナディはこう言うと、マーガレットとは全く目も合わせずに奥の方に去って行った。


「マーガレット気にしないで。姉はちょっとブラコン、いや、兄弟愛が強くてさ。」

「う、うん。」


俺はよくわからないフォローをする。本当に女の子って扱いが難しい。


気を取り直して、カナディの先輩のジュリに料理を注文し、ワクワクしながら待っていた。

すると、「お待たせしました。」とジュリが料理を運んできた。


注文したのは、名物のアグールの揚げ物と野菜の天ぷらとパンだった。

マーガレットは物珍しい様子で、匂いを嗅いでみたり、料理をしばし観察していた。


「さぁ、食べてみて。」


俺がそう言うと、マーガレットが料理を口に運ぶ。


「おいしい!食べたことがない食感。」


マーガレットの口に合ってくれているようだ。どんどん料理に手が進む。


「このお野菜もこんなに美味しくなるんだ。」


マーガレットはさらにびっくりした様子で感想を述べる。


「じゃあさ、パンにこのオイルをつけてみて。マーガレットはパンに詳しいだろうから、合うかどうか試してほしい。」


俺はそう言うと、マーガレットにオリーブオイルを手渡した。マーガレットは、手に持ったパンにたっぷりオイルをつける。


「うん!味のないパンでも濃厚になる!」

「これがオリーブオイルというものなんだ。将来たくさん生産できるようになったら、パンといっしょに販売しても面白いかも。」

「本当だね。」


料理でも会話が盛り上がる。すごく楽しいひとときだった。

カナディは二度とこのテーブルに戻ってこなかったが・・・。


「今日はありがとう。知らない世界を知った感覚だったよ。」

「それは良かった。世の中にはたくさん美味しいものが眠っていると思うよ。」

「そうだね!」


このような会話を交わして、マーガレットと別れた。マーガレットとの初デートは上々。今後もっと深い関係になっていけるのかな。いかんせん不得手なのであくまでも慎重に。







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