第14話 王国財政
今朝もこの時間に学院に向かって歩いている。
「アシュル、おはよう。」
「おはよう、マーガレット。」
この時間、この場所を通ればマーガレットと遭遇する可能性が高い。
少しでもマーガレットと話をしたい。
この気持ちが抑えられず、ストーカーかよ?と自分でも思いながら偶然の遭遇に期待している。最近は朝の遭遇確率もかなりあがってきた。
「渡したパン食べてくれた?」
「うん、美味しかったよ。サクサクしてほんのり甘みを感じて。なんだか懐かしい気持ちになったよ。」
この世界では見たことがなかったパン。まるでクロワッサンだった。
「懐かしい?なんで?」
「なんでだろう・・・。」
マーガレットが不思議そうに笑いながら聞いてきたので、少し苦笑いしながら誤魔化した。まさか前世でよく食べていたパンに似ている味だったなんて言えないし。
「今度、違う種類のパンも食べてみたいな。」
「お母さんに頼んでみる!」
このような話をしながらあっという間に教室に到着する。
教室には既にラリオン、フューゲルも含めて8割くらいの学生がいた。
「なんか、最近いつもアシュルとマーガレット一緒に来てない?」
「偶然だよ。たまたま!」
教室につくなり、リサリィが女の勘を発動しようとしたため、即座に強めの否定をした。
既に35年近く人生経験を積んでいるのに、我ながら余裕のない態度。少し情けなく感じる。
昨日聞いたラリオンとフューゲルの話が濃ゆかったためか、今朝は自分の中に少し異なる思いがあったが、教室では彼らもいつもどおりの雰囲気を感じてなんだか安心感を覚えた。
「今日は王国財政について話すぞ。」
そして、ラフィーナの講義もいつもどおり始まった。
「王国も財政を維持していくために、王国民から税金を徴収する。平民は金銭での納付を義務付けられ、プリビレッジはこれが免除される代わりに、魔力を徴収される。」
プリビレッジには税金自体がないのか。だから裕福な生活をすることが可能というわけか。
平民の生活の厳しさを考えると、この税制はなんだか腑に落ちない。
「平民から年間1人に1万2千キルスの税金を徴収され、王国予算は年間で600億キルスくらいとなる。その予算で、人件費、社会インフラ、国防関連など王国を維持するために予算が支出される。学院の運営費も当然税金で賄われている。」
トシュルの給金が月1万キルスくらいだったから、成人の男は平均で月に1万キルス程度を稼ぐものと仮定すると、一見この程度の税の負担であればそう大きいものでもない気がする。
だけど、そういえば・・・。
俺は先月、ふと近所のおばさんと会話した内容を思い出す。
「ルッカリーさん、聞きましたよ。ご懐妊されたんですね。おめでとうございます。」
「あら、アシュル。ありがとう。この子で3人目だから大変よ。」
ルッカリーはお腹を擦りながら、目を細め感慨深そうにこう言った。
「でも3人目だからこそ、これまでのお産の経験が活きるのではないのですか。」
「違うのよ。そういうことでなくて。ほら、一人増えるってことは税金が増えて。うちは年老いた両親もいるから、家族7人で私が子供に手がかかるうちは働き手が夫だけとなるから。」
「そんなものなんですか。」
そのときはルッカリーがどの程度苦労しているのか想像できないでいたが、税制度の中身を知ると、そこに生活苦があることに気付いた。
ラフィーナの説明では、税金は「王国民1人」に対して年額1万2千キルスと言っていたから、働き手でない15歳未満や仕事を引退した家族も頭数として課税されるはずだ。
つまり、ルッカリーの一家は、子供が生まれると年間8万4千キルスもの税金を払う必要がある。
それでは働き手が1人しかいないのであれば生活がとても苦しいはず。それに万一の唯一の働き手である旦那さんにもしものことがあればあの家族はどうなるのだろうか。想像もしたくない話である。
そもそも、このような単純な税制度では、持つ者と持たざる者では税負担の重さに著しい違いがある。平民の間でも経済格差の問題は存在しているというのに。
ラフィーナが平民の税について話している間、俺はすぐに問題点を発見し、思考をあれこれと巡らせていた。
「次に、プリビレッジから徴収した魔力の方であるが、これは王令の魔法拘束や国防のための備蓄に使用するが、大半は王国民に還元するために使用する。魔法石に魔力を蓄積させて配給し、必要な生活インフラ、つまり、給水のための動力、夜の暗闇を灯す明かり、調理のための火力、後は連絡手段としての伝書鳥などの用途で使用のためだ。」
魔力の再分配、実にこれは興味深い話だ。
話が平民の税からプリビレッジに移ったあたりから、俺は我に返り、ラフィーナの話を聞くことに集中した。
「プリビレッジの魔力負担も相応に重いものとなっている。500万人もの人口に対し、5万人程度のプリビレッジでインフラに必要な魔力を確保しなければならないからだ。正確にいうと、15歳未満の子供などは魔力納付の対象外となるので、実際には魔力を納めるのは4万人ほどと推定される。」
確かに、1%未満の人数が王国のインフラを支えているという点では、プリビレッジの特権たる所以も理解できなくもない。
「魔力の負担割合は、魔法省から出たプリビレッジの生成可能容量の平均値でみると、4割程度の納付が必要と言われている。この負担の大きさにはプリビレッジからの不満も多いようだ。」
魔力理論の講義では確か、魔力の生成も人間の体力が必要なので有限で個人差があると話していたのをふと思い出す。
だが、平均4割程度というのがどれくらいの負担感なのかはさっぱり分からない。金銭と違って、それを負担しても生活できないということもないのだろうから。
「ちなみに、プリビレッジは残った魔力を有効に私的活用し、市場で売却することも可能だ。」
なるほど、魔力の納税割合が小さいほど、プリビレッジは豊かになる。それならば、できる限り魔力を納めたくないというのが本音だろう。
ついつい魔力の話になると食いつき気味になってしまった。
プリビレッジの経済力には魔力の存在が欠かせないものといえるだろう。
それに、プリビレッジの約半数は、魔力による武力をもつため、「王国の支配者」として国家機関に属し、高い給金を得ることになる。
そう考えると、やはり魔力という存在がこの世界の理の中心であることは疑いない。
「何か質問はあるか。」
ここで恒例の質問タイムになったが、いくつか質問が飛ぶ。
意外だったのはこれまで講義中に発言したことがない、フューゲルからのものだった。
「プリビレッジの奴らは金持ちばっかなのに、税金を払わないのは不公平じゃねーのか。」
「フューゲル、それは質問でなくお前の意見だろ。平民にとっても必要不可欠な魔力インフラを供給できるのだから、彼らの存在価値が高くなることは仕方ないことだ。希少な宝石が値段が高くなるのはお前も分かるだろう。」
いかにもフューゲルらしい内容で、教室から薄ら笑いが起こった。それでもフューゲルは意に介さず、真剣な表情だった。
俺としては彼の心の奥底にあるものを知っているので、とても笑うことはできなかったが。
また、ヒルメスからも違う角度からの質問があった。
「先生、税金を払えないのとどうなるのでしょうか。」
「基本的には奴隷落ちとなる。奴隷として王国の仕事をさせるか、もしくはプリビレッジに奴隷を払い下げて対価をとり、徴税予定額に充当するかのいずれかになる。」
学院に入る前に、王国に奴隷制度が存在すると聞いたことがある。
基本的人権が保障されている世界ではないのだから、存在していても不思議とも思わなかったが、やはり存在するのだ。
質問が出尽くしたところで、最後にラフィーナからアナウンスがあった。
「来週から、1週間剣技の演習を行ってもらう。前にも言ったが、来月には王国騎士による魔物討伐遠征についていくことになる。魔物に限らず、害獣と遭遇する危険はある。そこで最低限身を守る技量を得てくれ。王国騎士が講師に来てくれる予定だ。」
これにて、ラフィーナの講義は終了した。
その後、俺はヒルメスとパリシオンとしばらく教室に残り、談笑していた。
「アシュルは、王国の税の制度についてどう思った?」
「そうだね。正直問題があると思う。」
「そうだよね。僕もそう考えたよ。」
最近、ヒルメスが講義の感想を俺に求めてくる。ヒルメスは平民学生の中でも優れた頭脳を持っているので、彼と話すのは楽しい。
「貧しい人と豊かな人もいるのに、税金が同じだと辛いよね。でもどうすれば解消できるのだろう。」
パリシオンが税制の問題点を示唆するが、具体的な解決法は持っていないようだった。
「富の均衡をコントロールしようとするなら、収入に対して課税するのが良いと思う。例えば、収入の2割に設定して稼ぎの大きさで比例した金額にするとか。」
「お金持っている人が多く税金を払えば苦しい平民の生活は良くなりそう。」
パリシオンは所得の割合に応じたものにするという俺の案にポジティブなようである。
「でもそれだと力の持つ裕福な者から反発が大きそうだね。それに、収入の2割でも所得の低い平民はどちらにしても生活が苦しそう。」
「それはヒルメスの言うとおりだね。理想は、所得の大きさに比例して税率を変更する制度だね。累進課税というシステムを作る。そうすれば、所得の低い平民の税率を低く抑えることができる。」
いつもヒルメスの発言を聞くと、本当に良い視点で物事を見ることができていると感じる。
彼には「考える力」が日々養われてきているなと感心する。
さすがに、累進課税という話については二人共、ポカンとしていたが。税制について王国でロクに練られたこともないだろうから当然ではあるが。
「それよりもアシュルってマーガレットと付き合っているの?」
「パリシオン、いきなりなんだよ!?」
「僕もそれ聞きたいと思っていた。」
ここで突然180度話題が転換してくる。なんとも落差の大きい話だ。
「別に、僕はマーガレットのことなんとも思っていないよ!」
「リサリィがいつもアシュルが口説いているといっているのに?」
パリシオンとヒルメスとは真面目な話もするが、こうしたくだらない話も多い。これが年齢相応の学友同士の正しい会話というやつだとは思う。
ー プリビレッジ4回生の教室 ー
俺がヒルメスたちと談笑をしていたちょうどそのころ、いかにも高身長で金髪イケメンという容姿の学生が何やら悪巧みを企てる学生たちの傍らで会話に聞き耳を立てていた。
「アシュルという下民。あいつの目。今でも胸糞悪い。」
ウィル・ハーモスは怒り心頭の様子で机を2,3度叩きながら、仲間内の会話で語気を強めてこう話していた。
「ウィルさん、平民の奴ら来週から剣技の実習訓練だそうですっせ。」
「確か、1週間の実習で最終日はプリビレッジと合同訓練になるそうです。」
ウィルの取り巻きのシューリスト・フォークとラード・トッパリがウィルにこう告げる。
すると、それを聞いたウィルは表情を変え、薄笑いした。
「お前ら、いいこと思いついた。合同訓練のとき、平民のやつらを煽れ。平民にも何人か喧嘩っぱ早いのがいただろ。それで平民との模擬戦に持ち込め。模擬戦という形で痛めつける分には学院も何も言ってこない。」
「おーなるほど。この機会にプリビレッジに楯突く連中に痛い目をみさせるということですね。」
「これなら学院規則も大丈夫ですね。妙案です。」
ウィルの提案に対して、シューリストとラードもこれに同調する。
「でもあのアシュルって平民はのってきますかね?」
「大丈夫だ。奴も必ずのってくる。あのときも仲間がやられているのに身を挺してきたからな。仲間をボコボコにしたら必ず首を突っ込んでくる。その時がやつを叩きのめす好機だ。二度とプリビレッジに建て付けなくしてやんぞ。」
ウィルは昔ユリウスをボコボコにした時と同じ状況を作り出すことで、アシュルを誘い出し、制裁を加えることを企てたのであった。
「ウィルさん、魔法を使ってもよいのでしょうか。当たりどころが悪いと死んでしまいますが。」
「ああ、魔力を押さえれば大丈夫だろう。死ななきゃ問題ない。あのアシュルという平民は俺がやる。ほかはお前らでやれ。」
「了解ですー。だるい剣術の講義が急に楽しみにがましたね。」
この会話の一部始終を聞いていたイケメンの学生は、やれやれと呆れた表情で彼らの様子を眺めていた。
終
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