第13話 国防

学院に入学して早半年近くが経過しようとしていた。

平民学生はあまりにも世の中について無知であるため、座学をひたすら学ぶ。教典、算術、天文学、行動学と様々な学問だ。だが、いずれも初歩的な内容であるため、俺は講義についていくのは難しくなかった。


そんな今日も講義が始まろうとしている。


「今日は国防について講義を行うぞ。王国騎士になりたいものは特によく聞いておけ。」


今日は国防の講義のようだ。でもリコーラ大陸には他に国が存在しないはずだ。国防とはどういうことだろう。

俺が不思議に思っていると、ラフィーナの声が響き渡る。


「リコーラ大陸には300年前の魔法大戦争以降、外敵がいないというのは建前である。大陸も広い。王国民が足を運ぶことがない山林地帯や離島には生き残りの少数民族がいる。だが、王国に害をなすような力を持つ民族はいないため、彼らを泳がしている分には問題がない。あえて討伐を行っていないというのが本当のところだ。」


大陸の地図を見ると、人が住みにくそうな山林地帯も一定の範囲で存在する。魔法の力があっても、この広い大陸を完全に掌握するのは難しかったことも想像に難くない。多少の取りこぼしがあってしかるべきである。


「問題は魔物の存在だ。魔物と獣の違いは分かるか。魔物は魔力を保持している。これが獣と区別する点だ。魔物の見た目は獣と違った特徴があるわけでないが、平均的に体のサイズがデカい。」


サイズの大きい獣のような見た目ということは、恐竜のようなものかもしれないな。見たことはないから想像の域を出ないが。俺が魔物の姿を想像していると、ラフィーナが続けた。


「王国騎士の一番の役割は、魔物を討伐することなんだ。もし、魔物を討伐せず、魔物の数が増えているのに放置していると、魔物同士が食い合い、魔力量の大きい個体が生まれる恐れがある。桁違いに魔力量の大きい個体は異常な現象を引き起こす可能性があり、人に厄災をもたらす危険があるんだ。だから、魔物の数は減らしておく必要がある。」


魔力というものはきっと人知を超えている存在なのだろう。それゆえ、何が起こるかわからないという危険性があるというわけだ。

でも怖いもの見たさに一度くらいこの目で魔物を見てみたいな。


「先生、僕は魔物をみたことがないのですが、どこにいるのでしょうか。」


珍しくパリシオンが講義中、みんなの前で質問をした。俺も聞きたかったピンポイントな内容だったので大変有り難い。


「王都の周辺にはいないぞ。王国騎士に駆逐されて、しばらく出現が確認されていない。魔物生息地は王都から離れた場所ということになる。」


だとしたら、王都から一度も出たことのない俺は、一生魔物を見る機会はないかもしれないな。少しだけ残念な気持ちになりかけたところ、ラフィーナは大変興味深いことを話した。


「お前らも来月、15日程度の期間で遠征にいくぞ。王国騎士に帯同して魔物討伐を見学するんだ。」


ラフィーナの発言に悲鳴のような声も聞こえてきて教室中がざわつく。

確かに魔物は見たいが、15日間って・・・。あまりにも長い。それにおそらくその間は野宿生活だろう。一度も外泊したことがない身としてはさすがにホームシックになりそうだ。


「先生もいくんですかー?」

「私は学者だ。いかないぞ。一体私を何だと思っていたんだ。」


誰かがラフィーナに質問するも、即答されてしまった。

その瞬間、「えー。」という悲鳴が教室中から響き渡る。随分とラフィーナも学生の中で人気になったものだ。


この講義後、自習の時間を利用して、ガリンソン、ヒルメス、パリシオンと男四人で魔物図鑑の書物を閲覧していた。


「こいつ気持ち悪りぃなー。」

「この魔物どういう形で魔力を発動するのかな?」

「水辺にいるみたいだから、水を使った攻撃をしてくるかもしれないねー。」


ガリンソンらと少しはしゃぎながら魔物の感想を話していた。図鑑で魔物を観察しながらその場のノリを楽しんでいたのである。


そんなとき、いきなり自分たちの後ろから低い声がした。


「お前らは王国騎士に興味がないのか。」


振り返ると、珍しくラリオンが会話に入ってきた。ラリオンは、体が大きく筋肉ムキムキで、それでモヒカンのような髪型をしているもんだからイカツイ。

それでいて口数も少ない男だ。


「ここにはいないかな。王国騎士志望者は。みんな、ラリオンみたいに強くなさそうでしょ。」


ヒルメスが少し冗談っぽく笑いながらラリオンにそう答える。

ラリオンはいつもどおりの硬い表情であったが、ヒルメスの言葉には納得した様子であった。

俺はラリオンとの会話が切れそうだったので、少し彼に質問をしてみることにした。


「ラリオンはどうして王国騎士になりたいわけ?」


この質問に対して、ラリオンはスイッチが入ってしまった。いつもはボソボソとしか言葉を発しないのに、ラリオンは口を少し滑らかに動かす。


「俺は魔物と遭遇したことがある。王都の東の都市スイッタグルトのさらに東の平原地帯だ。商人である家族と買い付けの帰りだった。」


魔物に遭遇したことがあるという話をするものだから、4人ともラリオンの話に真剣に耳を向ける。だが、ここでラリオンの顔が曇る。


「護衛が魔物に応戦していたが、少しの隙が生まれた。そのとき、魔物がこともあろうに2歳の弟を食い殺したんだ。すぐとなりにいる俺の目の前で。まだ4歳だった。でもこの光景を鮮明に覚えている。」


ラリオンはこう話しながらも怒りで少し震えている気がする。

俺たちもラリオンに興味本位で聞いてしまった話であるが、突然ラリオンから重い話になったものだから絶句する。


「だから強くならなければならない。俺は王国騎士になって魔物を皆殺しにしてやる。どんな手を使っても。」


ラリオンはそう言うと、さらに「悪かったな。」と言い残し、教室から出ていった。


このときのラリオンは鬼気迫る表情を最後に見せていたので恐怖すら感じたが、彼の怒りはあくまでも魔物に向かっており、王国騎士に情熱をもっていることは理解した。

そして、彼の大事な目標なのだから、俺も応援したいという気持ちが生まれた。


それから自習時間もすぎ、俺が一人で帰り支度をしていると、何やら人影が近づいてきた。それはマーガレットだった。


「はい。この前の約束!」

「これは?」

「お母さんの焼いたパンだよ。」


マーガレットは、俺にパンの入った袋を渡してきた。俺はこれには意表をつかれたが、そういえばマーガレットが今度パンを持ってくると言っていたなとピンときた。


「ありがとう。早速味見してみるね。」

「ここじゃだめ。誰かが見たらいけないわ。」


マーガレットは少し慌てた様子だった。

俺はマーガレットがそう言うものだから、袋からパンを取り出そうとした手を止めた。


「じゃあ、後でこっそりいただくね。」

「うん、じゃあね。」


マーガレットは満面の笑みで俺に手を振りながら、リサリィとフリーラがいる方へ走り去っていった。

マーガレットは最近よく笑顔を見せるようになってくれたなと、少し心の中で喜びを噛み締めていた。


実のところ、マーガレットはあの子に似ている。

結城佐久としての記憶であるが、高校生のとき密かに片思いしていた真奈美に・・・。笑ったときの目、笑い方の雰囲気がどうしても真奈美のイメージと重複する。


前世では、そんな真奈美とはまともに話すことすらできず、横顔をただ見ているだけだった。

今度こそ俺は勇気を出すことができるのだろうか。


昔の記憶を巡らせながら、感慨に浸って一人で学院を歩いていた。

そんなとき、俺の前方から3人組が歩いてくるのに気付いた。見慣れない顔だから、きっとプリビレッジの学生だろう。

そう思いつつ、この3人組とすれ違った。


「おい。お前。」


予想外に俺を呼び止める声が出てきたので、びっくりして振り返ってみた。

3人組の真ん中にいる学生が威圧しているような表情を見せ、俺を直視してくる。よく見ると、この男、どこかで見た顔のような気もする。


「なんでここにいるんだ。懲りずにプリビレッジに立て付きにきたのか。」


この言葉を聞いた瞬間、ある記憶が蘇る。そうだ。あいつだ。ウィル・ハーモス。ユリウスに大怪我を負わせ、さらにあの屈辱の公証場での出来事。


「ウィルさん、もしかしてこいつあのときの平民ですか?」

「ああ。」


二人の取り巻きの学生はもしかすると、あのとき一緒にいた奴らか。

もしそうだとすると、ウィルはともかく、公証場にも召喚すらされなかったこいつらは許せない。


だが、ここであのときと同じ過ちを犯してはならない。俺は代弁者になって正当にプリビレッジと戦おうと心に決めたのだから。一旦怒りのような感情を心の隅に追いやって、彼らと話をしてみる。


「何か、僕にご用でしょうか。」

「お前は学院で何している。答えろ。」

「学生として通っているだけですよ。」

「平民のくせに、余計なことをやってんじゃねーよ。毎日草でも食って寝てろ。」


ウィルの言葉に取り巻きの高笑いが響く。ここまで言われると、流石にムカついてしまう。

それでも、俺はグッと拳を握りしめ、気持ちを抑える。

こんな連中に楯突いて、学院のみんなと築き上げてきた学院生活が壊れるのはどうしても嫌だったからだ。


ウィルたちは俺に対し、これ以上何かを仕掛けてくる様子はなかった。さすがにこの連中も学院内で問題を起こすのはまずいというのは共通認識をもっているようだ。


「お前、今度プリビレッジに無礼な態度をとったら、ハーモス家の名のもとに、制裁を加えるからな。覚えとけよ。」


ウィルは最後まで俺の気に障ることを言ってきたが、3人はそのままどこかに歩いて行った。

俺もまた顔を合わせるのも嫌だったので、早くここを離れようと、足早に学院の門をくぐった。


「おい、アシュル。」


門をくぐったとき、少し離れたところから声がする。

もしかして、またあいつらか。

そう思って振り向いてみると、そこにいたのはフューゲルの姿だった。


「フューゲルか。どうしたんだい。」


学院初日、一騒動起こしていたフューゲルに睨まれて以降しばらくは会話はなかったが、学院生活も半年近くなったため、フューゲルとも会話することも徐々にでていた。


「さっきの見てたぜ。お前もプリビレッジのことを許せないようだな。」

「まぁね。ひどい目に合わされたことくらいあるから。」


フューゲルは言葉を発さなかったが、「そうか」というような表情で俺を見ている。

フューゲルのプリビレッジへの態度を見ていると、彼も過去によほどのことがあったのだろう。そのことを聞くのは憚れるが、つい聞いてしまった。


「フューゲルはプリビレッジにどういう目にあったの?」


フューゲルが少し神妙な顔をしている。やはり地雷を踏んでしまった気がする。


「まぁよ。俺の母親がプリビレッジに殺されてしまったんだよ。犯人は捕まってもいないが、魔法で殺られていた。」

「・・・。」

「俺はどっかの機関に入って、徹底的に調べてやるつもりだ。プリビレッジに近づけば事件の真相にたどり着けるかもしれない。」


ラリオンの話も重かったが、フューゲルも相当凄惨な人生を歩んできたことが容易に想像できる。


「でも、仮に犯人が分かったとして、その後フューゲルはどうするの?」


また余計なことを聞いてしまったかもしれない。だけど、これはとても大事なことだ。

学友として、フューゲルに罪を犯して身を滅ぼしてほしくない。

でも、おそらくフューゲルはこう言うだろう。「犯人を殺す」と。


「いや、わからねぇ。そんとき俺がどんな気持ちになるか。それに、平民である俺がプリビレッジをどうやって殺るんだ。」


予想を覆す、理性的かつ冷静な回答だった。

これまでみてきたフューゲルのキャラクターからあまりにも意外だったため、少しあっけにとられていたが、徐々にフューゲルの言葉に心を打たれて、少し熱くなってしまった。


「フューゲル、僕も力になるよ。何ができるかわからないけど。でも必ず。」

「おうよ。」


俺がそう言うと、フューゲルが誰にも見せたことのないような少し照れた表情を見せた。


「そういえばさ、今度剣技があるらしいぞ。そのときプリビレッジと実践する機会もあるかもしれないぜ。ぼこぼこにしてやろうぜ。」


既にフューゲルはいつもの姿に戻っていた。

だが、あの話を聞いた今なら、フューゲルに自然と話を合わせてあげたいと思った。


「だね。そういう機会があれば、正当にぼこぼこにしちゃおう。」


そういうと、フューゲルは少しだけ笑い、「じゃあな。」と言って、家の方向に消えていった。


その後、俺は家の布団のうえで今日の出来事を振り返っていた。


ラリオン、フューゲルは想像が及ばないほどつらい人生経験をしてきたことを知った。

それにもかかわらず、まだ13,4歳という年齢でありながら、困難に負けず、将来に対して並々ならぬ決意も感じた。


平民という制約がある中だけに、二人共ここまでの道は険しかったに違いない。それでも確かな動機と覚悟を持って学院に入学することを選んだ。


だが、俺も彼らに劣らず、正義を貫きたいという気持ちは確固たるものである。

これからも学院生活を通じてたくさんのことを吸収し、この目的を叶えてみせる。この世界にあるべき正義の姿を実現するために。

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