第11話 魔法理論


「では講義を始めるぞ。」


いつものように担任のラフィーナの号令が響き、講義が始まる。

本日の講義は待ちに待った魔法理論である。俺に限らず、この講義を楽しみにしている学生は多いようだ。

なんたって、平民にとって魔法とは不思議そのもの。それなのに、生活の多くで使用されている。

知に疎い平民でもこれに興味を持たないのはいくらなんでもおかしい。


「魔法は魔力を用いて発揮される様々な現象だ。」


ラフィーナはこう切り出し、魔法理論の説明が始まった。


「知っての通り、魔法は魔力があって初めて意味を持つ。だから、魔力と魔法の関係をよく知っておくことが寛容だ。」


ラフィーナの話によれば、魔力を持つ者は学術用語で「魔力持ち」と呼ばれる。魔力持ちも魔力量と魔力コントロールで個人差がかなり大きいようで、それによって魔法の精度や種類が変わってくる。


魔力の性質であるが、世界にある様々な自然エネルギーを魔素といい、それを体内に吸収し、エネルギーを再構築したエネルギーと考えられている。

自然エネルギーのうち、光、熱、音、振動、風など人間が意識的に感じるものから無意識的なあらゆるものが魔素たり得るとされる。


理論的には無限に魔力を生み出すことが可能とされているが、魔力の生成に人間の体力が必要なため、現実的には魔力を生成できる量も個人差がある。


生成された魔力を魔法として発現する方法は、学説上3つの方法論として分類されている。


1つ目は外部発動型であり、媒介物に魔力を通して様々なエネルギーを具現化させる形態である。実現したい効果に適した魔導具を使用して、魔力を送り込むとそれを具現化できる。例えば、火種を含む魔法の杖に魔力をこめると、火炎を出すことができる。ただし、魔力持ちにも得手不得手があるようで、水の魔導具を扱うのが苦手だけど、風の魔導具ならうまく扱えるという具合に。


また、外部発動型であれば、魔力を蓄積させた魔法石を使用すれば、魔力持ちがその場にいなくても、魔法発動が可能である。ランプや荷に浮力を与える魔導具などこれまで目にしたものも多い。現在は魔力の平和利用、インフラ活用のため、そちらの研究が進んでいる。

ただ、魔力持ちが自ら魔法を使うのと異なり、魔力コントロールができないため、均質的に魔力を伝達し、発現できる魔導具である必要がある。そのため、魔道具をインフラとして量産するのは骨が折れることのようだ。


2つ目は自己消費型であり、人間が自身の体の中でエネルギーを具現化する方法である。

典型的なのは身体強化と呼ばれるもので、魔力を体中に巡らせると、パワー、スピード、耐久性を飛躍的に上げることが可能である。

この状態で剣のような一般的な武器を使用すると、破壊力抜群である。魔法剣士はこのスタイルで武装する。


また、特殊なものとしては治癒魔法と呼ばれるものがある。怪我をした場合、魔力を体内に巡らせることで、傷を治すことができる。他人が他人を治癒魔法で回復させることも可能である。ただし、回復できるのはあくまでも魔力耐性のある魔力持ちのみであり、平民はそれがないため、逆効果になってしまう。


3つ目はその他と分類される形態である。典型的なのは意思干渉型とされる。意思干渉とは、生物の意思に魔法で干渉し、その意思を操るものである。

動物などの意思を操ることはある程度可能で、脳の構造が複雑になるほど難しいとされる。一般に普及しているのは伝書鳥であり、魔法で操り、意のままに言葉を伝えることが可能である。有能な魔力持ちであれば、いわゆる使い魔を使役することもできる。


他方、人の意思を操ることは難しいとされる。けれども実用化されている魔導具もある。

それは魔術契約書である。魔術契約書は約定した双方が血印し、これに従う意思を示し、魔法拘束が実現できる。あくまでも自らの意思に従うという催眠効果ということのようである。

だが、例外として意に反して操ることが可能なものもある。そう、王令の存在である。


「お前らは魔力がない平民だから、魔法と言われてもピンとこないだろう。だが、魔法省にいくと、魔力のインフラ活用、魔導具の開発など魔法に触れる機会は多い。魔法の知識は必須だ。」


ラフィーナが魔法について2時間ほど熱く語った後、質疑応答を開始した。


「質問のある者はいるか?」

「よく見る空飛ぶじゅうたんはどういう魔法なのでしょうか?」

「あれは、魔力をこめると風の効果を発現し、浮力を与える魔導具だ。あれは魔法石で実用化されていないので魔力持ちしか乗ることができないな。」


学生の質問に対し、ラフィーナが答える。その回答には多くの学生が前のめりで聞いていた。

確かにあの乗り物は目立つし、気になっていた。


他に魔法に関する質問が出てくるだろうと予測していたが、意外にも質問をする者がでてこず、少し沈黙の間ができた。

「よし」、と満を持して俺も気になっていたことを質問してみる。


「先生、魔力持ちはなぜプリビレッジしかいないのでしょうか。」


俺がこう真顔で質問をすると、周りから笑いが一斉に起こる。

どこからともなく「そんなの当たり前だろ。」「何を言っているの。」などという声も聞こえてくる。


「通説では、魔力は潜在的に存在するものとされている。まぁ、それがプリビレッジという存在だ。お前の質問に答えるならば、遺伝というやつだ。」

「なるほど・・・。」


ここでも周りから失笑が起きる。そんな失笑を聞いて、常識を疑わなければ何も始まらない。

井の中の蛙大海を知らずと心の中で反論した。もちろん、失笑されてしまうと気持ち良いものではないことに変わりがないが。

ラフィーナは俺が周りから失笑されているような様子をみて、どこか複雑な表情をしていた。


「他に質問はなさそうだな。ではこれで講義は終わりだ。」


ラフィーナは少しため息をついた後、教室から出ていった。


「アシュル、気にすることないよ。」

「うん。ありがとう。」


そうすぐにフォローを入れてきたのは、やはりパリシオンだ。


「アシュル、お前常識ないんだな。」

「アシュルだって、ない頭を使って必死なんだからさ。」

「そうよ。」


ガリンソンが追い打ちをかけていじってきたのに対し、リサリィとマーガレットが笑いながらフォローとも思えないフォローをしてくれた。

だが、いつものメンバーとは冗談を言い合えるほど仲良くなってきているなと感じる。


「僕は魔法省に入りたいな。」


お坊ちゃん刈りの黒髪のメガネの学生が会話に入ってきた。彼の名前はヒルメスだ。少し貧弱そうな体系の男の子である。


「ヒルメスはなんで魔法省なの?」

「魔法は使えないけど、魔導具は王国民の生活を便利にする。人の役に立ちたいんだ。」

「うちも魔法省がええかな。魔導具儲かるし。」


ヒルメスの意外な熱い思いに、つられてか、リサリィが本音とも冗談ともわからない理由で魔法省を希望していることを表明する。

生活のインフラとなっている魔道具を商売とするのが金儲けへの近道といえそうだ。


「リサリィらしい。」

「まぁね。」


そう言うと、みんなから笑いが起きる。リサリィもショートカットの髪を触り、少し照れながら笑う。本当に明るいやつだ。

俺は代弁者になると決めているけど、確かに魔法省で魔法を研究するのも悪くないとも感じなくはない。この世界で最も知的好奇心を刺激するのは魔法だから。


こうして今日も平和な学院生活を送り、1日のスケジュールをこなして、パリシオンとともに帰宅することとした。


学院の出入り口に向かう途中、何やら強い口調で会話をしている男女らしき人影があるのに気付いた。


一体何をやっているのだろう。痴情のもつれというやつか。

そう初めに浮かんできたが、会話の内容を聞いているとそうでもない様子であることに気付いた。


この修羅場を演じているのは誰だろうと、目を凝らして見てみると、マーガレットとプリビレッジの学生らしき人物であったため、俺は驚き、足を止めた。


「お前は、ズレッタ家のコマだから言うことを聞け。平民の連中と仲良くするのはやめろ。」

「お兄様、自分の人生は自分で決めたい・・・。それに私にもお友達が必要なの。」

「平民の分際でプリビレッジの俺の言うことを聞けないのか。お前は政略結婚の道具だ。分かっているのか。」


耳をすますと、マーガレットが何やら強く叱責を受けている様子だ。

会話の内容も明らかに理不尽な内容だ。


しばらく二人の会話を聞いていたが、俺はその学生のあまりにもひどい横暴な態度に我慢できず、2人のもとに駆け寄った。

俺が2人に近づき、マーガレットの様子を見ると、そのプリビレッジの学生から顔を背け、小刻みに震えていた。

マーガレットのその姿を見ると、自然と頭にきたため、俺は強い口調でプリビレッジの学生に声を掛ける。


「先輩はプリビレッジが平民よりも偉いから、平民はプリビレッジの言うことに従う必要があるとおっしゃられているのでしょうか。」

「そうだ。それより誰だお前は。」

「平民コースに通うアシュルです。そこにいるマーガレットの同級生です。」


プリビレッジの学生は平民の身分で、自分に意見してきたことに少し驚いた様子を見せたが、すぐに怒り心頭な表情に変わった。


「平民がプリビレッジに意見する気か?そもそも、お前には関係ないだろ。」

「いえ、そうではありません。先輩の仰ることがよく分からなくて。なぜプリビレッジが偉くて、なぜ平民はプリビレッジに従う必要があるのか。先輩に教えていただきたいのです。」

「お前そんなことも知らないで学院にいるのか。ふん、馬鹿でもそんなこと分かるだろ。」

「僕は純粋に理屈を知っておきたいのです。先輩ならお答えいただけるじゃないかなと思って。」


そのプリビレッジの学生は俺を見下した態度で、舌打ちをした。


「いいか、この国が平和でいられるのはプリビレッジのおかげだ。王国のインフラもプリビレッジの魔力があるから維持できている。平民は有り難くプリビレッジの恩恵に預かって生きているだろ。」


こんな程度のロジックはこれまで散々耳にしてきた。

そして、平民はこの一言だけで十分納得するに値するものであることも事実である。

しかし、俺はそんなロジックで著しい不公平、不条理が存在することを理解しかねていた。

なぜならば、十分に論破できると思えるからだ。


「それなら、プリビレッジは平民が生産している食料を食べていませんか。平民は納税していますが、それは何に使われていますか。国のインフラにも使われていると思いますが。その恩恵をプリビレッジも受けているのではないですか。それに国家機関で働いた場合、あなたがもうであろう給金はどこからくるのでしょうか。」

「あ、あ・・・?」

「恩恵というなら、プリビレッジだって平民から恩恵を受けていると思います。つまり、お互い持ちつ持たれつで王国が回っていると思うのです。そうだとすると、先輩が言われたことはプリビレッジが特権をもち、平民がそれに従うという根拠にならないと思います。」


俺の反論は予想外だったのか、そのプリビレッジの学生は少し言葉をつまらせた。


「だが、神ソディーネはプリビレッジのみに魔法の力を与えて下さった。神ソディーネはプリビレッジに特権を与え、教義でも平民よりも上の立場としている。それ以上の理由はいらない。」


それでもそのプリビレッジの学生は、最後は権威論証を持ち出してきて、反論を続けた。

端的に言えば、偉い人がそう言うから正しいというロジックであり、そこに本質的な意味はない。


「教義ですか。その教義には一平民が一プリビレッジに服従しなければならないと書いていますか。」

「教義にはそんな細かいことまで書いていない!だが、それが常識だろう!」


実は自習時間の間に、神ソディーネにかかわる教義の本を読んだことがあった。前世でも宗教という存在はあったため、どこに相違点があるか興味を持ったためである。


そこでは確かに、魔法至上主義で、魔法の偉大さ、魔法を使うものの特権を説いていた。

だが、特権の存在があるからといって、平民、それも一個人にまで使役をすることは許されていなかったし、宗教らしく、人々が思いやりをもって生きることを是としていた。

つまり、プリビレッジという事実だけで、王令に定められたことを除いて、一平民が被支配的にプリビレッジの言うがままに従う必要はないはずである。

少なくともそれは教義にも謳われていないし、法的な根拠もない。


「僕の読んだ限り、特権者であるプリビレッジが平民を隷属させることが許されるとは書いていませんでした。それゆえ、あなたの常識は間違っていると思います。」


そのプリビレッジの学生は俺がさらにこう反論すると、俺とマーガレットのことをものすごい形相で睨みつけた。

そして、これ以上は何も語らず、マーガレットに「親父の言いつけは絶対だ。お前も心しておけよ。」とだけ述べて、憤慨しながらこの場を去っていった。


だが、そのプリビレッジの学生が去った後も、マーガレットはかなり動揺している様子だったため、パリシオンとともにマーガレットを落ち着かせるべく声をかけた。


「マーガレット。もう大丈夫だよ。」


マーガレットの姿はいつも強気なものと程遠く、か弱い女の子ようだった。

しばらく彼女をそっと労り、少し時間を少し置くと、マーガレットも徐々に落ち着きを取り戻した。

そのため、3人で帰宅すべく、学院をでることにした。


帰り道、マーガレットは無言で下を向きながら歩いていたが、重い口を唐突に開いた。


「実は、私、プリビレッジのズレッタ家のお父様と妾であった平民のお母さんの子なの。13年間一度もお父様と会ったことはないわ。」

「そうだったの!?」

「突然、お母さんに便りがきて、私を学院に入学させるようにと命令があったの。それでここにいるの。」

「知らなかったよ。」


マーガレットの改めての告白に、パリシオンが驚きのリアクションをとっていたが、俺は先程の会話でなんとなく感じていた。

そして、マーガレットの家庭環境をなんとなく把握した。それにしても、彼女がプリビレッジの娘だったとは夢にも思わなかった。


続けて、パリシオンがマーガレットに質問する。


「ところであの人は一体誰なの?」

「ジオリ・ズレッタという名前で、ズレッタ家の3男で一応私の兄にあたる方なの。といっても、入学するまでは一度も会ったこともなかったけど。」

「そうだったんだね。あんな横暴なんだね・・・。」


マーガレットは少し涙を浮かべながら続ける。


「学院に入学させられたのは、プリビレッジとの政略結婚のためなの。ここで教養をつけてプリビレッジに嫁ぐようにと命令をされてるの。お兄様は一つ上の学年で学院に通っているので、私を監視するように申し付けられているみたい。」

「そんなひどい話があるんだ。」

「私はお母さんと二人で暮らしているだけで幸せだったの。なのに、こんなことになってしまって。」


マーガレットにまさか身の上にこんな重い話があったなんて。それにしても、何とも理不尽な話だ。


マーガレット自身はプリビレッジのような恩恵もこれまで何も受けていない。

それなのに、いきなり自分の人生を自由に選べなくなるなんて。これはあまりにも理不尽であり、彼女のことを考えると、心を痛めてしまう。

たが、これは言うほど簡単に解決できる問題でないだろう。なんせ、プリビレッジという大きな権力を敵に回すことになるなら。


そのため、俺が上辺でありきたりな言葉をマーガレットにかけてあげても、逆に彼女を傷つけてしまうかもしれない。

俺はそう考えると、これ以上は彼女に気の利いた言葉をかけることはできなかった。


「今日はあんな状況で声をかけてくれてありがとう。」


マーガレットは俺とパリシオンにお礼をいうと、そのまま自宅の方向に足早に去っていき、この日は別れることになった。



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