第10話 歴史の真実


学院での生活にも少しずつ慣れてきた。

今では半分くらいの平民学生の顔と名前が一致するようになっていた。


講義を受けてみると、様々なことが分かってくる。

これまでの13年の人生、この世界のことを何も知らなかったんだなと、つくづくそう思う毎日である。


学院でのスケジュールは、午前の2時間程度、講義を受け、午後は自習の時間に費やすことが多い。各自、書物を読み、興味のあることを自発的に学ぶ時間である。その際には、担任のラフィーナが質問に答えてくれる。


今日の講義は事前に王国の歴史について学ぶと聞いていた。

王国の歴史には大変興味がある。どういう経緯でこの王国が誕生したのだろう。こんな当たり前と思われる史実ですら、まともに知る機会がなかった。


定刻となり、ラフィーナが教室に入ってくる。もう見慣れた光景だ。

今日は何やら手に大きな紙を持っている。


ラフィーナは前に立つと、大きな紙を広げ、これを掲示する。これは地図のようだ。


「歴史の講義を始めるぞ。」


ラフィーナの号令で淡々と講義が開始された。


「まず知っていると思うが、王国は約300年前に建国された。地図を見てほしい。リコーラ大陸にある国はアーステルド王国のみだ。」


王都ではアーステルド記念祭が毎年あるので建国303年ということは知っていた。


地図を見る限り、この惑星には大きな大陸が一つあるだけで、ちょっとした離島を除けば、他に大陸は存在していないようだ。

大陸の大きさは勘になるが、西に位置する王都の大きさからみて、縦横それぞれ3000キロってところか。前世でいう中国の大きさくらいだと思われる。


「ずっと平和が続いているが、王国が建国される前は戦乱の世だった。リコーラ大陸を統一したのがアーステルド1世、つまり、現王の祖先ということになる。」


一国しかないからそういう話なのであろう。かつては他にも国があり、300年前にそれが統一されたという流れなのだろう。

ラフィーナがこれから話すのは中国の始皇帝のようなストーリーだろうと予想していたが、この後に続く話は俺の想像を超えていた。


「王国が統一される前は、大小20の国々があった。アーステルド1世とプリビレッジの先祖は少数部族に過ぎなかったのだが、見事に統一を果たしたのだ。それまではリコーラ大陸中で起きていた100年以上に渡る戦乱が人々を疲弊させており、明日をも見えぬ世の中であった。そんな中、神ソディーネが部族の長であったアーステルド1世とその仲間に膨大な魔力を授けてくれた。まるで戦乱を終わらせよと言わんばかりに。」


ラフィーナは少し下を向き、目をつぶって深呼吸するような挙動をとった。まるでこの後に続く言葉は何か重大なものであるということを示唆したように。


「アーステルド1世は手に入れた絶大な魔力をもって、すべての国々を滅ぼすことを決意して行動を開始した。そう、これが大魔法戦争の始まりである。アーステルド1世は魔法の力で大陸中に雷を落とすなど、徹底的に抵抗する敵を葬り去った。当時、大陸は人口2000万人だったとされる。しかし、約3年にわたる大魔法戦争が終結した頃には、わずか50万人まで減っていた。」


この言葉に戦慄が走る。いや待て待て。そんなの大虐殺じゃないか。


前世で例えるならば、世界のいたるところに核ミサイルを落とし、70億人の人口を3.5億人に減らした状況と変わらないのではないか。

アーステルド1世はそんな非道なことを平気でやってのけたということなのか。想像を絶するとはまさにこのことだ。


俺は体に寒気を感じ、少し震える感覚を持った。

恐る恐る周りの反応を窺ってみると、予想通り誰もが俺と変わらない様子だ。


「こうしてアーステルド王国が誕生することになる。その後は、戦争らしい戦争はなく、300年間平和を維持している。これも神ソディーネのご加護あってのことだ。生き残った50万人は難民となり、そのまま王国民となった。そして、この300年間で500万人まで人口を回復することができた。もう分かると思うが、50万人の難民がお前らの先祖ということになる。」


ラフィーナの言葉は、全くこれまで考えたこともなかった自分たちの出自を語るものであった。


これには思わず、ツッコまずにはいられない。そんな大虐殺をされて、王国民になったとしても、先祖たちは王国に遺恨を持ち続けるはず。俺はどうしても言葉を抑えることができなかった。


「先生、それでは難民から反乱が起こってもおかしくありませんか。難民、いや自分たちの祖先は王国に強い恨みを持ち続けて。」

「確かに、感情的にはそういう気持ちもあるだろう。しかし、アーステルド3世のころはそうした遺恨も消えてしまい、完全に平和な王国になっている。」

「ど、どうして・・・?」


俺はなぜ簡単に遺恨が消えてしまったのか理解ができなかった。家族を失い、国を失い、それでも祖先たちは王国で生き続けることを受け入れたのだろうか。そんな屈辱あってたまるか。

そう思ったが、ここでハッとする。


「魔法の力ですか。」

「そう。魔法だ。アーステルド1世、2世の御代は当然ながら世情が悪かった。魔法の力で難民だった王国民の記憶を消すようなことは難しい。しかし、魔法の力で魔法大戦争のことを次世代に伝承させることを禁じることは可能だった。だから、王国民も世代交代が起きたアーステルド3世の御代の頃には、王国は世情が安定し、平和な世の中となったのだ。」


俺にはこれ以上、この話を追求するほどの気力は既に残っていなかった。


「もういいか?」

「はい。」


それにしてもラフィーナは淡々と歴史を語っているが、この大虐殺について何とも思わないのか。いくら平和を実現するためという大義であっても、こんな非道なやり方では正義に反する。


「その後のアーステルド王国は平和な御代が承継され、現アーステルド14世が治める今日に至る。」


この話を進めるにつれて、少しだけいつものハキハキとしたラフィーナの声が濁っていった気がする。ラフィーナもさすがに不本意ながら、歴史の真実を学生に語っていたに違いない。


その後は、ラフィーナからそれ以降の歴代の王が御代でどういう功績をあげてきたか淡々と語られていた。


「国家機関の一員として国王に仕える以上、先代の各王の功績はきちんと学んでいくように。」


ラフィーナがこの言葉で結ぶと、歴史の講義は終了した。いつの間にか2時間以上が経過していたのだ。



講義が終わると、1時間ほどの軽食休憩を取る。このとき、顔なじみとなってきた学生同士で雑談をすることが増えてきた。


「なんか重苦しい雰囲気!」


こう切り出してきたのは、リサリィだ。リサリィは商人の娘で、活発的な性格である。ショートヘアーの赤い髪でそばかすがチャームポイントの女の子だ。


「それはそうだろ。俺の祖先が難民だったなんて知らなかったし。」


軽食として用意されていたパンを咥えて、モグモグさせながらそう答えたのは、ガリンソンだ。ガリンソンも商人の息子で、少しやんちゃなタイプという印象の茶髪の男の子だ。


「300年前のことなんて私達に関係ないわ。大事なのは過去よりも未来なんだから。」


少し強い口調で話すのはマーガレットだ。マーガレットの素性はまだ詳しく知らないが、青色のロングヘアーをなびかせる可愛らしい顔の女の子だ。少し強気な性格で、俺をタジタジにしてくることも多い。


「私は、生まれ育った王国が大好きだし、史実がどのようなものであっても国王の下で働きたいな。」


優しい口調で話すのは、フリーラである。フリーラの素性もよく知らないが、茶色のロングヘアーで清楚な令嬢の身なりの女の子だ。


この話題を掘り下げていくと、人間関係に影響する分水嶺になりそうな気がした。おそらく誰も本音を語ろうとせずに、無難な言葉でやり過ごしたいのだろう。


俺もさすがに初めから学校内で浮くのも嫌だ。だからこそ、こんな虐殺が正義に反するなどと本音を言わずに、無難に話しておこうと考えた。


「それにしても、こんな内容の史実について話してもいいのかな。ほら、僕たちも平民だし。」

「あなた、もう忘れたの?」


俺がこう発言すると、マーガレットがつかかってくる。


「アシュル、初日の講義のときに魔術契約を交わしたじゃないか。」

「そうだったね・・・。講義の内容を学院の外で口外することはできないことになっていたんだっけ。」


パリシオンがこのようにフォローしてくれたので、俺は苦笑いしながら魔術契約の存在を思い出す。


魔術契約は、魔法の力で約束した内容を反故にさせない効果を出すものであり、商取引でも広く使われている。


今回、結ばされた魔術契約は、平民の学生は学院を卒業後、国家機関に所属し、一定期間働くこと、また、学院の中で起きた出来事や講義の内容を学院外で口外しないこと、そして、在学中は学院の規律に従うことという3本立てであった。


マーガレットは少し呆れた表情で俺のことを見ている。


「さっき、アシュルが質問してたけど、実際に平民が真実を知った場合、どうなるんだろう・・・。」

「どうせプリビレッジに逆らうことなんてできないわ。」

「そらそーだろー。」


パリシオンが少し突っ込んだ発言をしたところ、マーガレットがすぐに反論し、ガリンソンもそれに同調する。


「神ソディーネは、こんなに人を殺してまで平和の世界を望んだのかな。当時生きていた人間の無念は計り知れないな・・・。」

「あんた何を言っているの!」


俺は先ほどの決意とは裏腹に、ついつい本音をポロリと漏らしてしまった。マーガレットは少し怒った様子で、これ以上この話題をすることを制してきた。


王国では、唯一神であるソディーネを国として信仰している。魔法至上主義とするソディーネの教えは、魔力を持つプリビレッジの権威を正当化するもので、これが絶対的なものである。


「もうええやん。うちは国家機関に入って、プリビレッジの人と仲良くしてもらうし。」

「お前はプリビレッジに取り入って家の商売を繁盛させたいだけだろ。」

「あんたもやん。」


リサリィが空気を読んでいたのか、うまく話をまとめてくれたが、ガリンソンがすかさずツッコミを入れていた。まるで大阪の芸人のようなテンポだった。


リサリィや他の学生の話を聞くと、ここにいる学生はプリビレッジに取り入ろうという魂胆をもっている人間が多い。

それは平民学生の家柄は商人の出が多いからだろう。王国での商売はプリビレッジとのつながりが一番大事であり、いかにプリビレッジと良い付き合いをできるかで繁盛できるかが変わってくる。


「そういえば、マーガレットってなんで学院に入ったの?」

「別にいいでしょ!プリビレッジの元で生きたほうが得なんだから!」


なぜかいつもマーガレットには怒られてしまう。マーガレットは俺のことを見ると、少し不機嫌そうな表情になるのだが・・・。


「アシュル、またマーガレットに怒られてやんのー。」


リサリィが笑いながら俺のことをからかう。だが、リサリィのフォローが入るおかげで場の雰囲気が険悪モードにならずに済むことが多い。彼女はムードメーカー的な存在だ。



今日は午後の自習時間に歴史書を読んでみることにした。


歴史書は文字が今のものと少し異なり、古文なので、解読していくのは難しい。

俺が歴史書に目を通してみて理解できたことは、魔法大戦争の以前に戦乱の世が長く続いていたのは根本的に食糧問題が大きな要因であった点である。

また、戦乱の世が始まった頃はリコーラ大陸全土に3000万人もの人口だったとも記されている。


先ほどのラフィーナの話では、魔法大戦争で2000万人が50万人にまで減ってしまったということであったので、それ以前から、悲惨な世界であったことは間違いないようだ。


人の争いはどの世界でも違いがなく、食料や資源が原因になるようだ。まさに生存競争だったと言える。当然といえば当然か。


魔法大戦争はそんな食料問題に瀕する中で、口減らしという意味もあったのかもしれない。

アーステルド1世もそれなりに悩みながら鬼となったのだろうか。そう考えると、先ほどの怒りに近い気持ちは少しだけ収まっていた。


それでも正義に反する大虐殺に対して憤りを覚えることは変わらない。もっと食糧問題を解決するために、良い方法があったと思う。



あっという間の学院の一日が終わると、帰り道たまたまマーガレットと一緒になってしまった。

マーガレットは俺のことをあまり好きでない様子だから、正直気まずい。


「ねえ、あなたは今日の講義のときあんなことを言っていたけど、この世界は間違っていると本気で思っているの?」

「まぁそうだね。虐殺は過ちだと思う。もちろん、人は常に過ちを犯すし、その過ちをどう正していくのかが人の知恵として大事だと思うからさ。」


マーガレットは意外にも昼間のときとは少し違う雰囲気であった。それにしてもずいぶん直球に聞いてきたなと感じる。


「ふーん。じゃあプリビレッジがすべて正しいという社会とその秩序自体も?」

「そうだね。プリビレッジが特権階級であるとしても、法の下では少なくとも平民もプリビレッジも変わらず、平等でなければならないと思う。それが僕の目指す世界なんだ。」

「あなた、なんだか珍しい考え方を持っているわね。プリビレッジという絶対的な存在に間違いがあるという人見たことがないわ。」


マーガレットは意外にも笑みを浮かべていた。

もしかすると、この人も王国内で蔓延っている矛盾・葛藤に悩んでいたのかもしれない。マーガレットと出会ってまだ短いものの、これまでの印象とは180度変わった。


「私の家、お母さんがパンのお店をやっているの。今度あなたにも食べさせてあげる。じゃあね。また明日。」


マーガレットはこう言うと、自宅の方向に向かって、走り去って行った。


それにしても、マーガレットの笑う表情をみて、少しだけドキっとして、純粋にかわいいなと思ってしまった。もしかすると、これはギャップ萌えというやつなのかもしれない。


学院ではこれまでと異なり、様々な人との出会いがあり、良くも悪くも新しいことを常に発見することができる。これはとても刺激的だ。

そう考えると、やはり学院に入学して良かったなと思う。




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