第9話 国家中枢養成学院


ついにこの日がやってきた。

そう、国家中枢養成学院に入学する日である。およそ3か月前、俺は入学試験を受けて合格を勝ち取った。

それからはこの日が来るのを待ち切れない思いで過ごし、ようやくこの日を迎えたのであった。


新しいステージに進むとき、緊張もあるが、それ以上に未知の世界に対するワクワク感が大きい。

前世でも進学するときは同じ気持ちだった。だが、すぐにその期待感は打ちのめされることになるのだったが。

今回はそうならないよう前向きに学院生活を送りたいと思うし、今の俺ならその自信もある。


さぁ、出発だ。


俺は家を出て、晴れやかな気分で足を進めた。家から学院までは徒歩で30分ほどの距離だ。

これからこの道を幾度も歩いていくのだ。


通学路の景色を楽しむと、あっという間に学院に到達し、俺はそのまま学院の敷地に足を進めた。

すると、「平民コース」という看板が目に付く。あの建物に向かえばよいということを認識し、案内に従い、さらに進んだ。


それにしてもこの学院の敷地はかなり広い。どの建物も外観もきれいで、堅固で立派なものばかりだ。

王都の中でもこの施設には相当の資金が投入されており、王国にとっていかに重要な位置づけであるかが一目でもわかる。

それもそのはず、学院には平民が2年間通うわけだが、プリビレッジの子息はここに5年間も通う。

つまり、この学院はあくまでもプリビレッジの養成のための施設なのだ。王国の根幹となるプリビレッジを養成するものであるから、王国も資金を惜しまないのだろう。


学院にどれくらいのプリビレッジの学生がどれくらい入学するかは分からない。だが、この敷地の広さを見れば学生の数は全体で500人はいてもおかしくない。


俺は改めて学院の規模の大きさに感嘆しつつも、「平民コース」と指し示されていた2階建ての建物の中に入った。

この建物は他と比べると、少し古く、お世辞にも立派とは言えない。平民の学ぶ場所としては妥当というところだろうか。


俺が建物の中を歩くと、そこには部屋がたくさんあったが、一番奥にひときわ大きな部屋が存在感を発揮していた。

その部屋はドアが開いており、人の気配もしてくる。おそらく、ここに集まっているのだろうと察した。


そして、その大きな部屋に入ると、案の定、既に人がたくさん集まっており、一目でここが平民学生の入学者の集まりであることが分かった。

また、この部屋が大学の講義室のようなレイアウトになっていたため、ここでこれから学んでいくのだということもすぐに分かった。


俺は周りの様子を窺いながら、恐る恐る前から3列目、真ん中付近の空いている席に座った。


ここにいるのは30人弱といったところか。

だが、誰一人笑顔の者はおらず、なんだか重苦しい雰囲気を感じる。互いが警戒心に溢れており、少しピリついているという印象だ。

これから新しい学校生活が始まり、校友との交流など楽しみばかりなのに。一体なぜ?


この雰囲気を感じていると、前世のあれを思い出す。そう、まるで前世の進学校の試験のときのピリピリ感だ。負けることが許されない偏差値の戦い。


だが、プリビレッジはともかく、平民学生がなぜ最初からこんなにピリついているのか理解ができない。


平民の子供は英才教育もないため、競争のない環境でノビノビ育てられる。

だから、これまで接した平民の子供は純粋で穏やかな性格だ。笑顔を絶やさず、純粋な少年・少女で警戒心も小さいはず。

だが、ここにいる平民の学生はそんな一般的な平民の子供とはなんだか様子が異なっている。


周りの様子を伺いながらしばらく沈黙が続いた後、メガネをかけたスレンダーな女性が教室に入ってきた。ストレートの長い黒髪をなびかせながら。


その女性は教室の前方、真ん中に立つと、全体を見渡し、話を始めた。


「私の名は、ラフィーナ・カリオスだ。お前らの担当の先生ということになる。」


平民にはファミリーネームはなく、彼女は紛れもなく、プリビレッジということになる。

教職者がプリビレッジだったことが意外だったためか、少しだけ教室内がざわついた。

しかし、それも一瞬でおさまる。


ラフィーナは学生の様子を少し高い位置から眺めつつ、更に口を開く。


「私も元は平民だ。だから気兼ねなくラフィーナ先生と呼んでくれ。そして、王国のために2年間しっかり学んでくれ。」


ラフィーナの声は、ハキハキと大きく、また、どこか男性的な口調であり、力強そうな印象を与える。


「お前らは、学院を卒業すると、国家機関に所属し力を奮ってもらうことになる。ここでは国家機関で活躍できるための基礎能力を身につけてもらう。国家機関の選択肢は色々あるから、2年間で希望する国家機関を探してくれ。」


ラフィーナはこう話すと、これに続けて学院で学ぶ意義や卒業後の進路について延々と説明を始めた。


ラフィーナの話では、学生が2年間通った学院を卒業すると、国王近衛隊、魔法省、財務省、統治省、国家騎士団、そして、代弁者のいずれかに所属することになる。

そして、それぞれの組織は以下のとおりである。


国王近衛隊は、文字通り国王直属の組織であり、国王や王族の身辺警備もあるが、王都では警察の役割をもち、治安維持を主な役割としている。


魔法省は、魔導具の開発や魔法の研究・管理を担う組織であり、主な役割は魔力調達とインフラとなる魔法石の管理等である。


財務省は、国の財布を管理する組織であり、徴税と予算の管理を行う。他の組織に対して予算を適正に回す役割が中心である。


統治省は、国のインフラや王令などを管理し、国家を統治するためのあらゆることを役割として担う。統治省には公証場と公証人の任免などの権限もある。


王国騎士は、防衛を目的とした組織で、魔法騎士の精鋭が集まっている。現在は、魔物の討伐と王都外の地方都市の治安維持という点が主な役割である。


そして、最後に代弁者であるが、平民を代表し、王城の政策に対して平民の声を届けることや平民とプリビレッジ間の紛争などへの対応など、平民の利益を守る立場である。


これらのどの機関に進むかは、基本的に各学生の希望が尊重されるようだが、有能であればスカウトされることもあるそうだ。

ただ、学院を卒業したプリビレッジの子息も同様に各機関に所属することになるため、平民学生の位置づけはあくまでもプリビレッジの補助としての位置づけである。


ただ一つ、代弁者という例外を除いては。

だが、代弁者はどうやら給金などの面で待遇が他と比べて悪く、また、平民のガス抜きの組織と平民からも認識され、白い目で見てくる平民も多いそうで、平民学生から必ずしも人気のない進路のよである。


ラフィーナは小一時間、ざっくばらんにこのような説明を続けた後、最後にこう結んだ。


「こんなところだ。明日から講義を始める。朝9時半にこの教室にくるように。今日は新入生同士、適当に親睦を深めて学院を見学してくれ。これで話は終わりだ。」


今日はオリエンテーションだけで終わりで解散ということになった。

担任のラフィーナに対しての印象は、裏表なく正直に物事を語ってくれる「信用ができそうな先生」という印象を与えた。

この人が担任ならばこれからの学院生活、安心して学んでいけそうだ。


これは後で聞いた話であるが、ラフィーナも過去に平民としてこの学院に通い、歴代の学生の中でもずば抜けて頭脳明晰であった。

卒業後は、魔法省という国家機関に入り、王国に数々の功績を残して、特別に平民からプリビレッジになったという話であった。


ラフィーナが教室を去ってから、その余韻に浸り、1分程度そのまま席に座っていると、斜め後ろに座っていた人物から急に声をかけられた。


「僕はパリシオン。君の名前は?」

「ああ、僕はアシュル。よろしくね。」


他の平民学生と違って、彼は最初からピリピリしておらず、一般的な平民の子に見える。

表情が和やかで物腰柔らかな雰囲気だ。銀色の髪に灰色の瞳、身長は俺と同じくらいの少年だった。


「ずっとピリピリして少し怖かったよ。全体を見渡して友達になるならアシュルかなと思ってたんだ。」

「ありがとう。実は僕も少し不安だったよ。パリシオンのような雰囲気の子がいてほっとした。」


お互いの目を見合わせ少し笑みがこぼれる。


「ところでアシュルはどうして学院に入学したの?」

「僕は将来代弁者になりたいと考えているんだ。そしたら、学院に通うわないといけないことを知って。」

「代弁者?でも一体どうして?」

「王国の中で正義を実現したかっから・・・ほら、プリビレッジと平民の格差や差別が横行しているので、平民の代表として何かを変えたいと思ったんだ。」

「へえ・・・。」


パリシオンは俺の言葉を聞くと、分かりやすいほどに目を丸くした。


「おかしいかな?」

「うんん、そんなことないよ!プリビレッジとの問題を変えたいという人がいるなんて。ちょっと驚いただけ。」

「そっか。で、パリシオンは?」


さすがに初対面でドン引きされるのは困る。俺の話は終わらせようと質問を切り返すこととした。


「僕が学院に入ったのは色々学びたかったから。将来進みたいところはまだ全然。」

「パリシオンは勉強が好きなんだ?平民の子供は勉強の機会もないからそれもすごいことだね。」

「ありがとう。色んなことを不思議に思って、その不思議を生み出しだしているのは何か知りたくなったんだ。」


俺からすると当然の感覚であるが、この世界の平民の子供が知に対する好奇心を持っていること自体珍しい。

疑問を持つからこそ、新しいものが生まれる。パリシオンはもしかしたら将来大成する人物になるかもしれない。


それから、お互いの簡単な素性について語り合った。出身地や家族関係など。

パリシオンの家は物資の運送業をしているそうで、たまたま叔母が私塾を経営していたようで無償で文字を学ぶことができたとのことであった。


ある程度身上話が尽きたところで、一緒に学院を見学するということになった。

新たな出会いに、新しい施設。

敷地を歩いているだけでもワクワク感がある。


「あそこなんだろう。」

「多分、実技のための建物ではないかな。」


パリシオンが興味深そうにあらゆる建物を確認していく。ちょうど目の前にあるのが、体育館のような施設だった。


他には3階建ての校舎と思われる建物や研究者のための建物など敷地に合計9つの建物があった。

これらの建物はおそらくプリビレッジの学生向けの建物が多いのだと思われる。

間近でみると、明らかに平民学生向けの校舎とは豪華さが異なっている。そういう印象だ。


パリシオンと学院の敷地をある程度見回り終わったちょうどその頃、何やら少し離れたところから荒げた声が聞こえてくる。


「なんだろう。ちょっと行ってみようか。」

「う、うん。」


少し気になったのでパリシオンとともに、声の方を見に行くことにした。

声の近くまできたところ、4、5人が集まって、何やら騒いでいる姿があった。

これは明らかにいざこざが起こっている様子だ。


「プリビレッジだから偉いのかよ。」

「なんだと。」「てめー。」「平民のくせに。」


そんな内容の声が聞こえてくる。

よく見ると、さっき平民の教室にいた少し目付きの悪い茶色の髪の学生だ。

その学生の周りに4人おり、おそらくプリビレッジの学生だろう。

彼らが1人の学生を取り囲んで言い合いになっている。それも今にも一発触発という様子だ。


この光景を見ると、あのときのことがフラッシュバックしてくる。ユリウスに対する集団での暴行だ。虫酸が走る。

平民がプリビレッジに一方的に暴行される姿なんてとても見てられない。

俺が止めなければ。


そう決意し、一歩右足を進めようとした。その時だった。


「そこ、何やっているの!お前ら喧嘩はやめろ。」


遠くから走ってくる人の影。目を凝らしてそちらに視線を送る。目に映ったのはラフィーナの姿だった。


「平民は暴力に抗うことができない。もし、学院内でお前らが一方的に暴力を振るったら直ちに学院規則に則り停学にするぞ。」


強い口調でラフィーナが近づきながら、プリビレッジの学生を叱責する。


4人はさすがにこの言葉に怯んだ様子で、「平民らしい態度をとれよ。」とその学生に捨て台詞を吐き、この場を逃げるように去っていった。


「たくっ。お前は確かフューゲルだな。お前もプリビレッジの学生に執拗に絡むんじゃないぞ。ただでさえ、学院内でも平民学生とプリビレッジ学生の揉め事が多くて困っているのに。」

「しらねーよ。くそが。」


この学生はフューゲルという名らしい。

ラフィーナはフューゲルにも注意をしたが、フューゲルは全くラフィーナの忠告を聞く態度でなかった。


俺とパリシオンはこの様子を唖然と近くから見ていた。


フューゲルは俺たちの視線に気づくと、何見てんだよと言わんばかりの睨みをきかせてくる。

それでもラフィーナの前ではバツが悪いのか、フューゲルは「もう帰る。」と言い放ち、プリビレッジの学生と反対の方へ去っていった。


「先生、こういうトラブルが起こるのは日常茶飯事ですか。」

「まぁな。お前らもくれぐれもプリビレッジの挑発に乗るんじゃないぞ。」

「はい。」


プリビレッジと平民はどこまでも犬猿の仲らしい。学院の中であってもこの構図は何も変わらないようだ。

代弁者になってそんな世界を変えたいという崇高な目標のために学院に学びにきたのだが、学院の中でもこれが日常茶飯事となるとさすがに心が折れるかもしれない。

少し不安な気持ちに苛まれた。


ラフィーナと学院内の実情について少し立ち話をした後、「お前らももう帰れ。」と言われたので、パリシオンとともに学院から帰宅することとした。


「パリシオンはプリビレッジのことどう思う?」

「怖いかな。プリビレッジがひどいことするのはたくさん見てきたし・・・」

「やはりそうだよね。」


パリシオンにも率直にプリビレッジにどういう認識を持っているのか聞いてみたが、プリビレッジの話題にあまり気が乗らない様子だ。

平民であれば誰もが一度や二度プリビレッジ嫌な目に合わされているということなのだろう。

そうこう話をしているうちにパリシオンとも途中で別れ、俺はそのまま帰宅した。


家にたどり着きドアを開けると、親友のユリウスと姉のカナディが話をしている姿があった。


「おかえりーアシュル。」

「ユリウス、来ていたのか。今日はどうしたの?」

「オリーブオイルのこれからのことについて話をしに来たんだ。」


俺はこれから学院に通うことになるので、話をつめたいのだろうと察した。


「ごめん、学院生活はは忙しそうだから、ある程度ユリウスに任せないといけなさそう。」

「レストランフリーで使う分くらいなら俺一人でなんとかなると思うよ。オリーブの実もアシュルと集めてきたのもまだたくさん残っているし。」


ユリウスは自信有りげな様子でこう言ってくれている。

ユリウスに仕事を押し付けてしまった形になり、なんだか悪いなという気持ちになった。

それでも報酬の話ははっきりさせておかないといけない。お金の問題は揉め事になるのが常なので。


そう思い、俺はユリウスに報酬について話を切り出すことにした。


「報酬だけどさ、あまり僕は手伝えないから、ユリウスがたくさんもらうべきだと思う。」

「アシュルが作り方を教えてくれて、販売先まで見つけてくれているのだから、レストランフリーに売る分はこれまで通り半分ずつで大丈夫だよ!」

「でも僕は何もしていないのに・・・。」


ユリウスは俺の提案に対して、すぐさま首を横に振った。


「アシュル、ユリウスがいいって言っているんだし、もらっておきなよ。それに私もオリーブオイルの改良とかも手伝っているし。」


カナディはユリウスの親切を受け入れるように進言する。


「本当にいいのかい?休息日は学院も休みになるから、一緒にオリーブの実を森に取りにいこうね。」

「了解!」


ユリウスはなんともいいやつだ。親友というのは利害関係を度外視して寄り添ってくれる。

前世ではこういう友達がいなかったので感慨深い。


こうして学院生活で忙しくしている間は、有り難くユリウスに活躍してもらおうとオリーブオイルづくりを一任することにした。

それからしばらく学院の雰囲気などについて談笑をし、ユリウスは帰っていった。


ついに学院生活が始まった。明日からはいよいよ講義だ。

学院でもプリビレッジとの問題は起きてしまいそうであるが、それを差し引いてもこれからの学院生活がどのようなものになるのか、どんな知識を得ることができるのか今後が楽しみである。


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