第6話 職業見習い

私の名前はカナディ、もうすぐ13歳になる。

アシュルは私の3歳年下の弟。すごく素直でかわいい。


アシュルが生まれて10年、兄弟仲良くずっとそばにいたのでアシュルのことは何でも知っているつもり!

だけど、アシュルは少し不思議なところもあって、普通の男の子とはなんだか少し違っている気がするの。


アシュルはわがままを全然言わないし、妙に大人っぽいところもある。

近所の男の子は、イタズラしたり、駄々をこねたりするのに、アシュルは一度もそんなことしたことがない。

たまにどっちが年上かわからなくなることがあるくらい。


アシュルはとっても頭がよいの。でも、なんでそんなに頭がよいのかは分からない。たまに同じ兄弟なのかって心配になるくらい。


この前、母さんに頼まれて、アシュルと山菜を買いに商店にお使いに行ったときもすごかった。


「おばさん、このレンカソウって一束30キルスだけど20キルスに値切ってよ。」

「そう言われてもね、アシュルちゃん。」

「来週は記念祭だから王都外からたくさん物資が集まってくるので、レンカソウも供給が一気に増えてくるよ。しかも今年は豊作のようだし、レンカソウも長持ちする野菜ではないから、在庫を抱えておくと処分に困るんじゃないないかな。今値引きして叩き売ってたほうが良いと思うよ。」

「そうね・・・去年もこの時期に売れなくて、たくさん廃棄する羽目になったわね。分かったわ。」


お店のおばさんをあっという間に言いくるめちゃった。おかげで20キルスでレンカソウを買うことができちゃった。

それにしても、アシュルは難しい言葉をよく口にするけど、どこでそんな知識を覚えてきたのかな?


後日、お店のおばさんから「早めに売り切っていて正解だったわ。今年はレンカソウたくさん余って困っているお店が多かったわ。」ってお礼言われたもん。

さすがアシュル、感心したわ。


それに、アシュルは背が小さいのにすごく勇敢なの。


私が10歳の頃、森にアシュルと二人で遊びに行ってたとき、森の奥に入りすぎちゃって普段出くわさないニューオオカミの群れに囲まれてしまった。

ニューオオカミは大人の人なら大したことはないようだけど、私たちはまだ小さな子供だったから、10匹ものニューオオカミに迫られて本当に怖かった。


それでもアシュルは震えて動けなくなった私の前に立って、ニューオオカミから守るように立ちふさがってくれたの。

それに気づいたら、アシュルは木の棒と石を手に抱えていた。


少しの間、膠着状態が続いたけど、突然アシュルが持っていた石をニューオオカミの一匹に向けて投げつけ、そのままニューオオカミに忽然と向かっていったの。


「あー!」という雄叫びをあげて。

あっという間にニューオオカミの1匹の頭に木の棒を思いっきり振り下ろしていた。


ニューオオカミ群れはアシュルから石を投げられて怯んだ様子はあったけど、まさか自分からニューオオカミに向かっていくなんて思いもしなかった。

私は唖然とその様子をみていたのだけど、ニューオオカミはアシュルの迫力に萎縮したのか、みんな逃げていってしまったわ。


「カナディ、さぁ戻ろう。」


ニューオオカミがいなくなったのを確認して、アシュルはそう言い、私の手を掴んで街の方向に走って戻った。なんであの状況でも冷静でいられるのだろう。


街にもどったとき、アシュルに「なんでニューオオカミの群れは1匹しか叩かれていないのに逃げていったの?」って聞いてみたら、「群れのボスを叩いたからだよ」って。

一瞬、「えっ?」と思ったけど、アシュルのことだから初めからうまくいくことが分かっていてあんな無茶な行動に出たのだと思う。


アシュルはまだ7歳の子供だっていうのに。どうしたらあんなに頼もしく立ち振る舞うことができるわけ。

こんな勇敢なアシュルの姿を見たら、女の子なら誰でも好きになっちゃうと思うわ。


だけど、アシュルはちょっと無謀なところもあるから、心配が尽きないわ。

平民の子供は、大人からプリビレッジには近づくな。危険だからとあれだけ教わるのにアシュルったらそんなのお構いなし。

プリビレッジは人を殺しても、罪に問われないって聞いているのに。


ある日、私がお菓子を買うために人気のお店で行列に並んでいたら、プリビレッジの人が割り込んできた。それを見て、アシュルはすぐさまプリビレッジの人に注意をしていたわ。

大人の人たちはみんな何も言わないのに。

あの時もプリビレッジから何をされるかとヒヤヒヤした。


「並んでるんだから割り込まないでよ!」なんて元気よくいうもんだから、「おい小僧。プリビレッジに向かって舐めた態度とっているのか。」って言われてしまった。

それでも、アシュルは「そんなの知らない!ズルする人間に注意して何が悪い!」なんて無謀にも言い返していた。周りの人たちもあんなに怯えていたのに。


このときはアシュルがまだ9歳の子供だったからなのか、プリビレッジの人にげんこつを1回されて済んだけど。とんでもないことにならなくてほんと良かった。

アシュルはとても悔しそうな顔をしていたけど・・・。


でも、この前はそんなアシュルもプリビレッジにひどい目に合わされちゃった。


あの日、アシュルが公証場から帰ってから、そっとアシュルの様子を覗いてたら、暗い部屋の中でぶつぶつとおかしなことを言っていた。


「プリビレッジってなんだよ。この世界には正義や法の下の平等ってないのかよ。」とか、

「プリビレッジ同士は癒着しているようなものだから、あんな制度、公平さのかけらもないじゃないか。これでは裁判を受ける権利も有名無実じゃないか。」って。


「アシュル、何言っているの?」と聞いてみたら、「うんん、何でもない。」ってはぐらかされちゃった。


あんなひどい目にあっても、あまりこりていなかったみたい。ずいぶん長いことよく分からないことをつぶやいていたし。


アシュルは平民の子供と比べてもなんだか変わっている。でも、すごく優しいし、それにかわいい顔をしているのにたくましい。


私はアシュルのことがとっても大好き。もちろん、父さん、母さんも優しくて大好き。みんな私にとって自慢の家族。このまま家族仲良くずっと一緒にいたいな。


この前、アシュルに悩んでいた職業見習いのことを相談してみたの。


王国では子供が13歳になると、みんな職業見習いにいくことになる。そして、2年間職業見習いをして、15歳で成人して正式に働き出すことになる。

一度選んだ職業は変えることが難しいから、13歳までに自分にとって最適な仕事を選ばなければならない。

だから、小さい頃からなりたい職業を一生懸命考えているのだけど、私は最後まで2つのお仕事で迷ってたんだ。


一つは服飾のお仕事。もう一つはレストランの調理と給仕のお仕事。


服飾のお仕事は、私を産むまで母さんがやっていた仕事だし、母さんは今でも家で内職のお仕事として服飾の仕事をしているの。私も遊びがてらときどきそれを手伝っていたし、素敵なお洋服を作るのは何より楽しい。


レストランは、料理が好きということもあるのだけど、昔家族みんなで行ったレストランカルワインというお店の雰囲気が忘れられなかった。華やかな雰囲気でたくさんのお客さんがいて、そこにいた人がみんな笑顔だったの。

平民の家だからレストランなんて高級な所に滅多に行くことができないけど、私は叶うことならこんな場所で働いていたいなと思い続けてた。


どちらの職業も私の中でとても魅力的だから、一つを選ぶことが本当に難しかった。13歳になるまでもう残された時間はなかったのに。


私は決めきれずすごく悩んでいたら、急にアシュルの顔が浮かんできて、アシュルに悩みを聞いてもらうことにしたの。


「カナディが本当に好きな仕事を選んだほうが良いけど、もし同じくらい好きことなんだったら、僕はレストランの方がよいと思うよ。」


「どうして、レストラン?」って私が聞くと、「僕は食を研究したいんだ。だから、カナディがレストランで料理の技術を身につけてくれたら、一緒に新しい料理を生み出すことができるんじゃないかなと思って。」って。


またまたアシュルならではの変わった発想だと思ったわ。


アシュルに、「新しい料理ってどういうこと?」って聞いてみたら、「食べられていない食材を試してみたいんだ。それに調理法も色々と試してみたいことがあるんだ。味付けもね。カナディと全く見たことのない美味しい物をたくさん食べたいな。」だって。


どうしたらそんなことを思いつくのかしら。知っている食材以外で料理してみようなんて普通の人は考えないわ。


でも、アシュルにこんなことを言われたから、もう私の中の迷いが消えてしまった。あんなに何年もずっと迷っていたの。なんだか馬鹿みたい・・・。


アシュルがそう言うんだから、私はレストランしか選べないじゃない!


それでもようやく私の中で決断ができたから、先週、父さん、母さんにレストランで職業見習いをしたいと言ったら、「カナディのやりたい仕事がみつかってよかったな。」って言ってくれた。


そして、父さんは、すぐに職業見習いを募集しているレストランにあたってくれたんだ。


レストランカルワインは職業見習いを募集してなかったみたいだけど、レストランフリトリーがちょうど職業見習いを探していたので、そちらに見学にいくことになったの。


レストランフリーは、レストランカルワインの3分の1くらいの大きさで、30席くらいはあったかな。ピンクの看板が目印の可愛らしい外観。

近所では評判のよいレストランで、お客さんはいつも多いんだって。


オーナー兼店長のシューストさんは、40歳くらいの男性で身長が父さんよりも大きくて凛々しい感じの人だった。いつも厨房でたくさんのレシピを研究して、料理を作っているんだって。


給仕の方はシューストさんの奥さんのニーミヤさんが中心となっているって聞いた。ニーミヤさんは笑顔が素敵な女性だった。

二人共、優しそうな人たちで、ここならなんとかやっていけそうな気がした。


父さんはそれでも心配なのか、シューストさんにたくさん質問をしてくれた。

レストランの料理のメニューや、就業時間、レストランの従業員などについて事細かく聞いてくれた。一番聞きにくいお給金についてもね。


そのおかげで、私はここで働いている自分の姿をちゃんと想像することができて、完全に不安がなくなったよ。

一番嬉しかったのは、職業見習いあがりで2歳年上の女の子が働いていることが分かったこと。年の近い子がいるだけでもなんだか安心。


こうして、私は13歳になったら、レストランフリーで職業見習いとして働くことが決まったの。


職業見習いの話がきまった夜、アシュルに「私を受け入れてくれるレストランが決まったよ。」って報告したら、すごく喜んでくれた。

そしたら、アシュルが就職祝にって珍しいお花を私に手渡してくれたの。そのお花は名前も知らなかったけど、鮮やかなピンクの花びらがすごくきれい。


「これどうしたの?」って聞いたら、

「今日、カナディがレストランの見学に行くって聞いて、多分そこに決まると思って。森に行って植物を観察をしてたら、珍しいお花が咲いていたので、一輪もらってきたんだ。」

って言っていた。


アシュルはこういうとき本当に気が利く。


母さんにもお花のことを聞いたら教えてくれた。


「これ、メーデのお花だね。このあたりに咲いているのは珍しい。季節も短いからめったに見る機会はないね。」だって。

アシュルらしいプレゼントだと思ったわ。

「ずっと大事にするね。」とアシュルに言いたかったけど、お花は枯れちゃうから・・・。

でも、本当に、本当に嬉しかった。


私もいよいよこれから外で働くことになるのだと思うと、もっとしっかりしないといけないと思う。それに残り2年で本当に大人になってしまうから。


家からはレストランフリーまでだいたい歩いて40分くらい。見習いだから毎朝8時には出かけないといけないわ。

朝寝坊しないか少し心配。でも、きっといつものようにアシュルが起こしてくれるだろうけど。


一つだけ気がかりなことがあるの。

それはアシュルが生まれて10年間、ずっとそばにいたのに、アシュルとの時間が減ってしまうこと。


アシュルはあんな性格だから、次々と危険なことをしてしまいそう。私がまだ見てあげていないと心配だよ。またプリビレッジと問題を起こさないとよいのだけど。


アシュルはレストランフリーに遊びに行くとは言っているけど、本当に大丈夫かな?


いよいよ来週から始まる私の職業見習い生活。

まだ不安も残っているけど、今は楽しみのほうが上回っているかな。

なんたって、アシュルが新しい食文化を探求するんだから、私も一生懸命仕事を覚えていかないと!



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