第4話 公証人


プリビレッジから暴行を受けた鮮烈な記憶がなかなか抜け消えない中、翌朝を迎えていた。


朝早くから家のドアをノックする音が聞こえた。こんな朝っぱらから誰かが訪ねてきたようだ。


ナーディアがドアを開けたところ、そこに立っていたのはシュフィーロであった。


「ナーディアさん、昨日の件、アシュルから聞いていますよね。」


シュフィーロは開口一番このように言葉を発した。

その声を聞いてか、奥の方からトシュルがシュフィーロの応対をし始める。


「はい。聞きました。ユリウスの体は大丈夫ですか。」

「ユリウスは左足の骨を折っているので、かなり重症です。それよりアシュルはいますか?」

「はい。いますよ。」


このようなやり取りが聞こえていたので、おそらく呼ばれることは予想していた。そして、用件は昨日の件で何か大切な話をするのだろうと。

トシュルの呼ぶ声が聞こえたので、すぐに二人のいる入口付近に駆けつけた。


「実は、ユリウスとともに公証場に行こうと思っている。公証場で今回の件を訴えてプリビレッジに謝罪してもらおうと考えている。」

「公証場ですか・・・?」


俺は公証場という言葉に聞き覚えがなかったので、シュフィーロの発言に少し当惑してしまった。

俺がポカンとしている様子をみて、トシュルの方から説明してくれた。


「アシュル、公証場というのはプリビレッジとの揉め事があったときに、仲裁してくれる場所だ。」

「そんな場所が存在するんだ。」


これは初耳だった。王国にも司法機関のようなものが存在しているとは思わなかった。

大変興味をもたせるものだ。それもそのはず。だてに大学で法学を専攻していたわけでない。


「シュフィーロさん、ユリウスを公証場に連れて行くことは賛成です。話を聞く限り、いくらなんでもプリビレッジの子供といえ、度が過ぎていますから。」


トシュルは少し慎重に言葉を選びながらも話を続ける。


「ですが、アシュルは幸い怪我にまでは至っていません。子供のアシュルにはプリビレッジとの生々しいやり取りをまだ見せたくはないです。」

「私としては、どうしてもアシュルに来てほしいです。友達のアシュルがいればユリウスも心強いでしょうし、それにアシュルの証言も必要としています。」

「しかし・・・」


トシュルはシュフィーロの口調に少し圧倒されていた感じであったが、それでも俺を公証場に連れて行くことにあまり気が進まない様子だった。


まだ10歳の子供に汚い世界を見せたくないという親心は理解できる。けれども、俺の気持ちは既に固まっていた。


「父さん、僕はユリウスの立場を守りたい。それにたまたま僕がユリウスから離れていたからこんなことになったんだ。僕も責任を感じるんだ。それに、ユリウスにあんなにひどい暴力をふるった人たちを許せない。」


トシュルは俺の言葉を聞き、少し思考を巡らせている様子であった。しかし、俺の言葉に押されたのか、これ以上は何も言わず、しぶしぶであったが、申し出を承諾した。


結局、トシュルとシュフィーロの間でシュフィーロが責任をもって俺とユリウスを公証場につれて行くということで話がついた。

そして、一旦シュフィーロの家に立ち寄り、ユリウスを拾って公証場に向かうことになった。


ユリウスと合流したとき、ユリウスの姿は痛々しいものであったが、ユリウスの顔は引き締まっており、昨日の出来事は吹っ切れたようだった。

ユリウスの足が悪いので、ゆっくりとした足取りで公証場に向かい、到着したのは1時間ほど経っていたころであった。



ー スレリル地区公証場 ー


白を貴重とした建物で、平民の家とは明らかに異なる外観であった。堅固で屋根が高く、厳粛さが表にでている。


ここが公証場という場所か・・・。


その建物の中に入ると、さらに重苦しい雰囲気の内観であった。


シュフィーロが早速、受付係にここを訪れた趣旨を伝え、ハーモス家の子息による不当な暴行を受けたので本人に対し、謝罪を求める旨具体的に説明をした。

ハーモス家は有名なプリビレッジということもあり、自分で名乗っていたため、すぐに加害者を特定できたとのことであった。


受付係の話によると、魔法で召喚状を送付することで呼び出しをすぐに行うことができるため、1、2時間待つようにと待合室に通された。


白基調の壁に囲まれた殺風景の部屋でしばらく過ごすことになり、少し重苦しい空気であった。

待っている間、3人とも口数は少なく、とりわけ横目に映るユリウスは先ほどの引き締まった様子からは徐々に緊張してきている様子だった。


重苦しい時間が2時間ほど続いた頃だった。


コンコン


部屋のドアが叩かれた。おそらく迎えが来たのだろう。


「相手が出頭してきましたので、仲裁を始めます。部屋を移動してください。」


このように受付をしていた女の人の呼びかけがあったので、案内に従ってこの部屋から移動することにした。

先導する受付の女の人がある部屋のドアを開けると、そこはなんとも不思議な空間とも感じる部屋だった。


白髪混じりの帽子を被った小太りの男の人が一段高い場所に座っている。まるで神父さんのような格好だ。その佇まいからして、この人物が公証人ということが一目でわかる。


公証人の後方は、神を祀る独特な壁画となっている。

公証人からみて右側に俺とユリウスが座り、左側に先に部屋に通されていた昨日の加害者が一人で座る形となった。


加害者は少しムッとした様子だ。


「まずそちらから名前を述べなさい。」

「ユリウス。」「アシュル。」

「ではそちらは。」

「ウィル・ハーモス。」


互いに名乗りあった後、間髪を入れずに公証人から指示があった。


「まず宣誓をしなさい。また、私が発言を許したときだけ、双方発言するように。」


公証人の発言に合わせたように黒縁メガネの30歳くらいの男がこちらにやってきた。


「神の庇護のもと、何事も偽りを述べることなく、公証人の裁定結果に従うことを宣誓し、この書類に血を少し垂らしてください。これは虚偽の証言をしないこと及び裁定結果を遵守することを魔術契約として約するものである。」


このように少し難しい言葉を告げられて書類を差し出されたので、俺は言われたとおりのことを口に出し、手渡されたピンセットのようなもので小指を軽く突き、書類に少量の血痕をつけた。

ユリウスは不安なのか、ワンテンポ遅れたが、俺の様子を見てこれを真似るように行った。


その後、その人物は同じように反対の席にも同様の説明をし、同じ書類に血痕をつけさせた。


「では、仲裁を開始する。」


公証人が高らかに宣言し、審理が始まった。


「申し立てによると、ユリウスはウィルから仲間とともに一方的に暴行を加えられ、その後アシュルも暴行を加えられたということだが、ユリウスとアシュル、この事実に間違いないか。」

「はい。間違いありません。」


公証人の問いに対して、俺とユリウスが声を揃えて返事をする。


「では、ウィルはこの事実に間違いはないか。」

「間違いがあります。まず、そちらにいるガキが俺に食べ物をぶつけてきて、服が汚れたのに、謝罪もせずに突っかかってきました。」

「ほお、それはつまり、ユリウスがプリビレッジである君に侮辱行為に及んだにもかかわらず、謝罪もなかったから、制裁を加えたということか。」

「そうです。」


ウィルはユリウスのことを指で指しながら平然と言ってのける。

だが、なんとなく公証人がウィルの発言を誘導しているような印象も同時に受ける。


「ユリウスは何か言いたいことがあるか。」

「いや、それはだって、ぶつかってきたのはそっちだから。僕からぶつかったわけじゃない!それにいっぱい殴られて、足の骨もおりました。」


ユリウスはかなり取り乱した様子で反論した。


「でも君が持っていた食べ物がウィルにかかったのは間違いないだろう。それに謝罪はしていないのも事実ということでよいか。」

「それは・・・は、はい。」


ユリウスは公証人の問いに対し、なんて答えればよいか分からなかった様子で、少しあたふたしている。

その様子を傍聴席で見ていたシュフィーロは貧乏ゆすりをしながら明らかにイライラしている。


シュフィーロは親であるため傍聴を許されているが、発言は許可されていないと事前に通達されていた。


「アシュルは見ていたのか。」

「いいえ、私はこのやり取りは見ておりません。」


公証人から質問がこちらにきたので、俺は即座に回答する。

その後、少しの沈黙が続き、重苦しい雰囲気が一層重苦しくなっていく。


「プリビレッジによる正当な理由のある制裁であれば、王令違反にあたらないが、お前たちは他に何か言いたいことはあるか。」


公証人の言葉はなんだか結論が決まっているという言い草であった。

それでもユリウスは公証人になんとか反論したそうだったが、うまく言葉が出てこない様子であった。


このままではあっけなく、仲裁が終わってしまいそうな雰囲気だ。


俺は、さすがにこれではいけないと思い、積極的に発言していくことを決意する。


「公証人、一つよろしいでしょうか。」

「なんだ。言ってみなさい。」


俺は少し深呼吸して発言を続ける。


「まず、ユリウスにぶつかってきたのは、あちらがよそ見をして突っ込んできたことが原因です。仮にそうでないとしても、少なくともユリウスが意図的に食べ物をかけたわけでありません。」

「それで。」

「事の発端は、少なくとも不意な事故ということになります。それにもかかわらず、無抵抗なユリウスに一方的に暴行を加えて、大怪我をさせています。」


そのとき、発言が許可されたわけでもないにもかかわらず、ウィルが発言する。


「ほんの数発殴っただけで問題はない。」


このようにウィルが不規則発言にもかかわらず、公証人はウィルを特に制止させる様子もみせない。


「平民は王令の効力により、暴行することはできません。つまり、反撃をすることができず、無抵抗になります。それにもかかわらず、一方的に暴行を加え、それも1人でなく3人という集団で暴行を加えています。その結果、ユリウスは足の骨を折る大怪我を負っているという事実があります。」

「お前は何を言いたいのか。」

「つまり、ウィルの暴行は明らかに過剰なものといえるのではないでしょうか。」


俺は必死に発言を続ける。これに対し、生意気だと思ったのか、公証人が少しムッとし、俺を問い詰めてくる。


「しかし、いくら暴行が過剰だからといって、暴行自体には正当な理由があることは変わらないはずだ。」


公証人は理屈を持ち出して、俺に反論をする。

この段階で、既に公証人には公平性がないことに確信が至るが、それでも俺は再反論を続ける。


「考えてみてください。もし過剰な暴行をしていて、ユリウスが死に至っていたらどうでしょうか。たかが食べ物を服にかけられたことで、人を死に至らしめる結果になっても王令はこれを許すのでしょうか。」

「それはだな・・・。机上の空論だ!実際にユリウスを死に至らしめているわけではない。」

「僕が言いたいのは、今回のようにプリビレッジに危害を加える状況が一切ない場合において、少なくとも死に至らしめるほどの暴力は過剰であり、その場合は少なくとも許されないということです。つまり、プリビレッジによる正当な暴行であっても、これが過剰と評価できる場合は、罰するに値する場合があるということです。」


俺は少しヒートアップしてしまっている。自分でもそれが分かっていたが、高ぶる気持ちを抑えることはもはやできない。


「今回、複数人で一方的に無抵抗の者に暴行を加え、そして、足の骨を折る重症を与えています。つまり、今回の暴行はとても釣り合いが取れておらず、いくら暴行自体に正当な理由があったとしても、過剰であり、この場合王令に反するものと評価できるのではないでしょうか。」

「・・・・・。」


公証人は俺からの強い主張に対して、人目をはばからず、怒り心頭な表情をしており、不機嫌だ。しかし、それでも俺は怯まない。


「今回は、どちらの落ち度で食べ物が服にかかったかは分かりませんが、少なくともユリウスが意図的に非礼を行った事実はありません。このことが発端となっていることも含めて、暴行の過剰性が評価されるべきです。」


このような形で最後まで論理的な主張をすると、さすがの公証人も言葉を失っている様子であった。


そのとき、憤慨していたウィルが発言をする。


「俺は本気でやっていない。俺が本気なら魔力を込めて、全力で殴っている!殺すことだって簡単にできたんだ!」


ウィルがとんでもなく呆れた発言をする。


だが、公証人はこの発言に一瞬少し顔を緩め、何かを閃いたという表情をした気がした。

直感的にだが、少し嫌な感じがした。


「他に双方で言っておきたいことはないな。」


公証人は先ほどと異なり、落ち着いた声のトーンで最終通告をしてきた。だが、これ以上は言いたいこともなかったため、俺を含め、全員が「はい。」と返事をした。


「では、10分後、公証人の裁定を申し渡す。」


公証人はこう述べると、右側のドアから部屋を退出していった。

続いて後ろで傍聴していた先ほどの黒縁メガネの男性も後を追うように部屋を出ていった。


この場に残されたのは当事者とその関係者のみということもあり、すごく気まずい空気になっていたが、公証場という厳格な場であることもあって、誰一人発言をすることなく沈黙が続いた。


そして、10分後、こつこつと足音が近づいてくる。公証人が部屋に戻ってきたようだ。

公証人は席に座り、咳払いをする。


「これから裁定を言い渡す。」


公証人の第一声に対して、この場にいる全員に緊張が走る。


「平民の不当な態度に対し、ウィル・ハーモスはその権威を示すために正当な理由をもってユリウス、アシュルの両名に制裁を加えたに過ぎない。また、暴行の過剰性が主張されているが、ウィルが魔法を使用していないことを踏まえると適切な範疇のものであって過剰性は認められない。よって、ウィルの行為は王令に反するものではない。」


このような公証人の裁定に、俺は度肝を抜かれ、一瞬硬直してしまう。


「ウィルは本裁定の結果、不問とし、神の名の下、本件は解決したものとする。いかなる場合もこれを蒸し返すことは許されない。」


俺は隣にいるユリウスを見ることができなかった。ただ、ユリウスはうつ向いてすすり泣いていることがなんとなく伝わってきた。


裁定の通告から時を経ずに、公証人、ウィルはこの場からさっさと退出していく。

ウィルはニヤついている表情をしていたが、ここで捨て台詞を吐くようなことはなかった。


公証人から下された裁定は絶対的なものである。

しかし、実際に耳にした裁定内容は余りにも理不尽なものであり、俺の中にも焦燥感のようなものが残った。

ただ、悔しいのは隣にいるユリウスであることに疑いがなく、俺はぐっと唇を噛み、悔しさをこらえた。


公証場からの帰り道、俺はなかなかユリウスに声をかけることができなかった。

父親のシュフィーロも同様であった。

公証場からの帰り道はこれまで感じた中で最も重苦しい時間となってしまった。


重苦しい時間を耐え、なんとかユリウスの家につくと、ユリウスは俺と何も言葉をかわさず、家の中に入っていった。


「アシュル、今日はすまなかったね。」


シュフィーロからは一言だけ言葉をかけられた。

俺も自身も彼らに対して慰めの言葉がでてこなかったので、シュフィーロに一礼をすると、足早に家に向かった。


自分としても気持ちの整理がなかなかついてこない。この感情をどのように処理することができるのだろうか。


俺は家にたどり着くと、ドアを開けるのにしばらく躊躇してしまった。

家族からこの公証場での出来事を聞かれると思うと、すごく気が引けてしまう。


しかし、俺がドアの前にいる気配を感じたのか、ドアが意図せずに開いてしまう。


「おかえり。」


ナーディアが俺の帰りをずっと待っており、俺が戻ってきたことに気づいたのだと理解した。

俺はナーディアの母親らしい温かな笑顔を見ると、ついにこらえていた涙がこぼれてきた。

ナーディアはそんな俺をそっと抱きしめてくれた。まるで赤子として俺をあやしていたときのように。


家の中に入ってどれくらいの時間が経ったか分からなかったが、俺は少しずつ落ち着きを取り戻した。

夜になる頃には、今日あった出来事をトシュルとナーディアに報告した。


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