第3話 特権階級

「せぇの、お誕生日おめでとうー。」


声を揃えて、家族がお祝いの言葉をかける。そう、今日で俺は10歳になったのである。

この国では10年周期で祝う風習があり、10年間無事に生存したことを称えるという意味合いを持つ。

王都の衛生状態は比較的よいのだが、それでも流行り病は一定の周期で起こるし、また、医療水準は低いため、病死の割合も死因としてある程度高止まりしている。

10年間生き残ったということだけで大変立派なことなのだ。


「今日はアシュルのために、アグールの肉を買ってきたんだから。」

「祝ってくれてありがとう。」


この記念すべき日に家族からのお祝いに、素直にお礼を述べた。


アグールの肉は、イノシシに類似する動物の肉であり、年に数度食卓に上がる贅沢品である。動物の肉を食べる機会も少なく、まるでベジタリアンのような食生活。

だから、タンパク質は明らかに足りていない気がする。

平民の多くが痩せ型であるのは肉を口にできないということも要因だと思われる。


誕生日ケーキはこの世界にないが、それでも今日はご馳走がテーブルに並べられている。

肉を豪快に焼いたもの、いわゆる漫画肉と呼ぶことのできる料理を主役として、肉がゴロゴロ入ったシチュー、それにパン。

このシチューはモウルというヤギに似た動物からミルクを取ることができるようで、それを利用した味付けである。


久しぶりに淡白でない味の料理。これは本当にご馳走だ。うん。

どの世界でも食べ物を豪華にすることで人を祝うのは、人間の食欲本能からみて妥当なところだろう。

しばらくこのご馳走を堪能した。家族皆この日ばかりは笑顔だ。


普段通りの家族団らんの食事。その際、ふと気になっていたことを質問してみた。


「そういえば、子供は外で勉強する機会ってないのかなぁ、学校みたいな。」

「平民の子はそんなのいかないよ?」


カナディが真顔で返事をする。

3歳年上のカナディが学校に行く様子はなかったから、きっと学校のような教育システムは存在していないものだと予測していた。でもいざ真実を知ると、がっかりな気持ちもある。


この世界で10年間生きて、俺は素直で真っ直ぐな人間になることができた。

結城佐久という人格からはとても考えられない。


俺が真っ直ぐな人間になれたのは、この世界における子供の育て方が関係しているように思える。

子供は閉鎖的に各家庭の環境で教育をされるが、その教育は生活に必要な知識を教えるようなものにとどまり、必要以上の成果を子供に求められることはない。

また、学校での試験なども存在しないため、競争という概念はなく他の子供と比較されることもない。

加えて、王令で13歳で職業見習いに出るまでは子供を労働力とみなすことも禁じられており、それまで全くもって自由な時間を過ごすことができる。

それゆえ、家族に愛情をもって育てられていると、子どもの性格がネジ曲がるようなことは考えにくい。


前世ではこれと対照的に、厳格な両親のもと、幼少のころより過剰な教育を受けて育って、常に偏差値という数字に踊らされていた。

どんなに成果をあげても、永遠に終わらないループに精神をすり減らし、学校での人間関係にもギスギスしてしまった。


この世界で生まれ変わって、10年間という時間は結城佐久の内面を変えるうえで十分過ぎる時間であった。


しかし、本当にこれが正しい教育のあるべき姿なのだろうか。


平民の大人たちは、知識の幅が極端に狭く、物事をあまりにも知らない。知の喜びもなく、現状に疑問を持たない、いや、持てないという印象だ。

与えられた仕事をこなし、押し付けられた規律のもと淡々と生きていく。生活レベルも豊かなものとは言えない。


無理強いする教育システムには疑問を感じるが、それでも最低限の教育システムは必要でないかと思う。

生きるうえで知の喜びは必要だと思うし、この世界の理を知りたいと思うのは知性を持つ人間として重要なことではないだろうか。


それに13歳まで学校もいかず、ただ家にいるというのもかなり暇だ。


「そういえば、来週、アーステルド記念祭だね。楽しみだなー。」

「そうだね。もう1年経つんだね。」


カナディが年に一度のお祭りを心待ちにしている様子で話題をふってきた。


このアーステルド記念祭とは、国の建国を祝い、年に1度行われるお祭りである。

この国は建国300年を超える歴史があり、記念祭もずいぶん長く続いているイベントだ。


王都中が飾られて、色鮮やかな街並みに変貌し、この特別な日を街全体でお祝いする。記念祭に合わせて、各地方都市から王都に人や物が集まってくるため、出店も多い。


「アシュルは今年もユリウスとお祭りにいくの?」

「うん、その予定。」


ナーディアがニコニコしながら聞いてくる。


ユリウスは近所に住む同い年で、いつもハンチングの帽子を被っている少年だ。ユリウスは活発的で少しやんちゃなよくいるタイプの少年である。

ユリウスとの出会いは3歳くらいのときだった。いつの間にか顔見知りになり、友達になっていた。

この世界で初めてできた友達である。いつも森に遊びに行く仲だ。


この世界の生活はスローライフで穏やかなものであるが、いかんせん刺激が足りない。この記念祭は数少ない刺激をくれる場ではあるので、個人的にもを楽しみにしている。



記念祭の当日、俺は約束の時間にユリウスと合流した。


「アシュル、どこいこっか。」

「とりあえず、隅からみてみようよ。」

「じゃあ、いこうぜ。」


ユリウスは第一声から感情を抑えきれないほど興奮した様子で、早く街を回りたそうだった。

そのため、合流後間髪を入れず、ユリウスが先導する形で小走りに王都の東方向に進んでいった。


街を歩いてくと、王都外からやってきたと思われる普段見慣れない容姿の人も多く見る。道いっぱいに人、人、人、すごい数だ。

出店も多くあり、珍しい物を風呂敷の上に並べている。


「次、あそこ行こうぜ。」


ユリウスも普段見慣れないものに興味津々の様子だ。俺もまた新たな知に飢えており、記念祭は本当に刺激的だった。


数時間は街中をウロウロ歩いていた。子供の体力とはいえ、さすがに少し疲れてきた。


「ユリウス、そろそろ休まないか。」

「そうだなー。なんか買って食べるか。少しはお金もらったし。」

「だったら、珍しい物食べてみない?」

「あそこにいってみようぜ。」


ユリウスと話をして、珍しい食べ物を売っている露天に向かった。

たまたま目についた露天では、魚の干物のようなものを売っていたのだ。


「これって何?」


露天を構えている中年の男にユリウスが話しかける。


「これはね、海で取れた魚を干したものだよ。」


見たまんまだった。

王都は海と距離があるので、魚を見るのは珍しい。確かウーバーを使っても3日かかると聞いたことがある。俺自身もここで生まれて一度も生きた魚を見たこともなかった。


独自の匂い、薄っぺらい草履のような見た目、ユリウスは初めて見る干物に目を丸くしている。


「魚を天日干して水分を抜くと、しばらく持つようになるんじゃ。1週間程度は大丈夫かな。この魚はヒルマという名前で、脂が乗っておいしいよ。」

「いくらですか。」

「40キルスだよ。」


干物とはいえ、魚を食べられる日がくるとは思わなかった。

40キルスは少し予算をオーバーしていたが、これは一度食べてみたい。


「ユリウス、半分にして食べない?」

「分かった。」

「じゃあ、一つください。」


ユリウスにも半分負担してもらい、なんとか手持ちで買うことができた。

露天の男は親切に二等分して包んで渡してくれた。


一刻も早く味見をしてみたい。


干物を受け取ると、ゆっくり味わえる邪魔にならない場所を探した。

表通りは人でごった返しているので、少し入った脇道には入ることにした。案の定、こちらは人があまりいなかったので、適度な脇道でユリウスと向き合って、立ったまま、干物を食べることにした。


「まぁまぁだな。」

「そうだね。」


確かに干物から魚の脂を感じ取れる。この魚を焼き魚や刺身として食べたらきっと美味しそうだ。

色々と妄想しつつも、ユリウスと笑いながら、感想を言い合っていた。


ちょうどこのタイミングで俺は急な尿意を催してきたため、トイレのあてを頭の中で考えていた。


いかん。これは少し急を要しそうだ。


「ごめん、トイレに行ってきてよい?」

「おう、俺ここにいるから。」


ユリウスにこう言うと、手に持っていた干物をユリウスに預けて、人気のないところを探しにさらに奥に足を進めた。


この世界では、公衆トイレというものは整備されていないし、民家に入ってトイレを借りるのも微妙なので、用を足しても迷惑にならない場所を探した。


その後、5分ほど探した頃合いで、適度な木の陰を発見したので、無事用を済ますことができた。


あまりユリウスを待たせると悪いな。急いで戻ろう。


俺は少し早歩きでユリウスの待つ場所に戻っていった。

そして、ちょうどユリウスがいた場所が視界に入るくらいの距離にたどり着いたとき、何やら異変を察知した。


ユリウス・・・?


目に入った光景はユリウスが見知らぬ少年3人に袋たたきされている姿だった。

あまりにも予想外の光景だったので、俺は少し固まってしまった。


近くに大人らしき人も1、2人いるが、明らかに見て見ぬふりをしている。

なぜ、子供の喧嘩を止めないのだろうか。いや、子供の喧嘩というレベルでなく、リンチに近いものがある。こんなことが目の前で起こっているのに、大人が放置していることに理解が追いつかなかった。


いや、そんなことよりもユリウスを助けなければ。


俺は我に返り、「ユリウス!」と声をあげて、ユリウスのもとに走って駆け寄り、そのままユリウスの体に覆いかぶさった。


しかし、加害者の少年はそれでもお構いなしに、俺の体にも殴る、蹴るの暴行を加えてきた。


ぐっ。・・・痛い。


俺は背中から腰あたりまで6,7回の強い衝撃を受けた。これは容赦なく殴っているな。うまく声もでない。


ちょうどその頃、ようやく騒ぎに気づいた人たちが多数、周りに集まってきているのを気配で感じた。


「プリビレッジに歯向かうからこうなるんだ。」

「それもよ、ハーモス家に逆らうなんて、とんだマヌケだな。」

「平民はプリビレッジにもっと感謝しろよ。」


俺がユリウスの腹部に顔を埋めて耐えている中、それぞれ別の加害者のものと思われる声が聞こえてきた。

しかし、そんな彼らに対して、集まってきた人間はざわついている様子であったが、それでも誰一人割って諌めてくれる様子はなかった。


「もういこうぜ。」


その声が聞こえ、加害者3人はこの場を立ち去ることにしたようである。彼らも人が集まりすぎて周りの視線も意識してのことだろう。


それから、30秒、いや、1分経ったくらいだろうか。

俺は加害者3人がこの場を去ったことを確認して、ユリウスに呼びかけた。


「おい、しっかりしろ。ユリウス大丈夫か?」


ユリウスの肩を持ち揺らしながら、問いかけた。

ユリウスは自身の顔を左腕で覆いながら、しばし沈黙を守った。ユリウスは悔しかったのか、その体は小刻みに震えていた。


それから5分が経ったころだろうか。仰向けになっていたユリウスがようやく少し落ち着いたのか、起き上がろうとした。


「痛っ・・・。立てない」

「ユリウス、足が痛いのか?」

「もしかしたら、足が折れているかもしれない。」


ユリウスは左足を引きずりながらもようやく落ち着いた様子だったので、明らかに見せ物になっており、歩きながら事の顛末を聞くことにした。


「一体、何があったの?あいつらは誰?」


俺がユリウスに質問をすると、ユリウスは悔しそうな表情で話し始めた。


「アシュルがトイレにいってから、少ししてあの三人が脇道に入ってきた。あいつらは話に夢中で俺がすぐ前にいるのを無視して、そのまま直進してきたんだ。立っている俺を避けてくれると思っていたけど・・・。その3人のうちの1人とぶつかって、持っていたアシュルの干物を落としてしまったんだ。」

「うんうん。」

「それで『ちょっと、何するんだよ。』と、俺が文句をいったんだ。」


元々殴られて赤くなっていたのかもしれないが、怒りがこみ上げ興奮してきたのか、ユリウスの頬がうす赤くなったように感じた。


「そしたらいきなり胸ぐらを掴まれて、右手で僕の左頬にビンタしてきた。思わず、びっくりして、後ろに下がりつつも、ビンタしたやつの胸ぐらに手をはずそうとしたんだ。そしたら、今度はグーで顔をめがけてパンチをしてきて。それはうまくかわせたんだけど。」

「いきなり?」

「俺も体が勝手に動いて、反撃のために右ストレートをそいつに打ち込もうとした。そしたら、急にめまいのような感覚に襲われて体が動かなくなって・・・。後は、逆にひたすらパンチやキックを受けて。他の2人も殴ってきた。」


俺はユリウスの話を冷静に分析していた。


急に体が動かなくなる?そうか、例の王令の存在か。

本当に人を殴ろうとすると、魔法の力で体が動かなくなるということなのか。でも、なぜそんなことが可能なのだろう。全く原理が想像できない。


それにしてもいくらなんでもひどい話だ。子ども同士の喧嘩といえ、こんな一方的な暴行を加えて、大怪我までさせて。


「父さんにあれだけ言われていたのに。プリビレッジは横暴でひどいから気をつけろって。」

「シュフィーロさんもうちの父さんと同じこと言っていたんだね。」


いくらプリビレッジということだけでこんな横暴が許されるということなのか。それに周りの大人たちも明らかにプリビレッジ相手だからか、止めに入る者はおろか、怪我を気にかけてくれる者もいなかった。


「家についたら、早くシュフィーロさんに傷をみてもらわないといけないね。」

「そうだね・・・。」


ユリウスの話を聞いてさらに憤慨しそうになったが、今はユリウスの体のことを気遣うべきだろう。

この後の帰り道は、ユリウスもいつもの元気な姿とはかけ離れて、言葉少なく少しうつむき加減であった。


「シュフィーロさん!シュフィーロさん!」

「おお、アシュルか。どうした。ユリウス怪我しているじゃないか。」


ようやくユリウスの家についたので、ドアの前で俺が大きな声で呼びかけた。幸いシュフィーロは在宅だったようで、すぐにドアを開けてくれた。

しかし、シュフィーロは目に映ったユリウスの様子をみて、驚いた様子だった。


「アシュル、ありがとうね。ユリウスを家まで連れてきてくれて。」

「はい。ではさよなら。ユリウスお大事に。」


それでもシュフィーロは事態を把握したのか、俺に礼を言ってきたので、軽く挨拶をして今日はそのまま俺から事情を話すことなく、ユリウスと別れることとした。


俺も家に帰ると、今日の出来事を家族にすぐに話した。

トシュルはすごく心配してくれたが、俺は幸いアザができたくらいだったので大丈夫であると説明した。


この後、トシュルから、プリビレッジと呼ばれる特権階級は平民のことを下の存在と扱い、数々の横暴を働いているので、絶対に近づかないことを改めて注意を促された。


今回でそのことが少し分かった。

しかし、なぜプリビレッジと平民という身分が分けられ、さらにこのような不条理が許されているのだろうか。

まずはこの世界の背景事情をよく知る必要がある。そして、知ったうえでどのように行動を取るべきか。


この世界で改めて生を授かった人間としてはそんな不条理を放置しておけない。正義感、いや、使命感というべきだろうか、そんな感情が自分の中に沸き起こる日となった。



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