第2話 魔法の存在する世界
この世界に生を授かってから早6年の月日が経っていた。
俺はようやくこの世界の言語が理解可能となり、コミュニケーションに支障がなくなっていた。
「さぁ帰ろう。アシュル。」
今日はカナディに連れられて、街中をぶらついていた。
夕日が沈んでいき、街中をオレンジに色付かせていた。街は人々の往来が盛んであり、賑わっているという印象を与えた。
以前聞いたことがあるが、この街は王都カウデンシティーという名称で、人口は100万人以上いるそうだ。規模感としては日本の政令指定都市と遜色ないものである。
建物や敷設されている道を見る限り、15、6世紀の街並みという印象である。
建物は二階建てが5割で、後は平屋である。全体として建物に高さを感じない。建物の造りは木、石、土を材料にして建てられており、古典的な建築用法に見える。家々の形もばらばらで通り沿いも整然としていない。
しかし、15、6世紀の街に似つかわしくないものも存在している。
「ねぇ、カナディ、あの飛んでいるじゅうたんは何?」
「あれはね、魔法で飛ぶことのできる乗り物だよ。」
「僕も乗ることってできないのかな?」
「うーん、それは難しいかな・・・」
「なんで?」
「魔法が使える人の乗り物だから。」
そう言うと、カナディは微笑みながらもほんの少しだけ握っていた俺の手を強く握りしめた。
高さ2メートル程度で浮遊している。見る限り、スピードはあまり出せない乗り物のようである。せいぜい時速20キロほどだろうか。
街中に大いに溢れているというわけではない。だが、たまに目撃すると、その異様さがものすごく目立ってくる。
俺はじっと空飛ぶじゅうたんを目で追い続け、観察していた。
前世でもこのようなテクノロジーは存在しなかった。21世紀でもおそらくオーバーテクノロジーだろう。
しかし、この世界にはそう思わせる物は他にもたくさん存在している。
好奇心からいつも以上に注意深く街の様子を見渡していたが、ふと違和感のあるものに気づいた。
「あの乗り物って荷台が重そうなのに、なんだか軽やかに引いているね。」
ウーバーという馬と酷似した動物を利用した馬車のような原始的な乗り物であるが、荷台は鉄のような重量感のある素材が使用され、さらに名一杯の荷物が積載されていた。
それにもかかわらず、この重量感と見合っていない体格のウーバーが1頭で軽々と率いている。
「ああ、それはね、荷台を魔法石で浮かせているから、ウーバーさんも重さをあまり感じていないのよ。」
原始的な馬車のようなものかと思いきや、見えない部分で魔法という不思議な力が活躍しているのだ。
15、6世紀のテクノロジーと思いきや、途端に21世紀を超えてくるテクノロジーが存在する。俺は日々このギャップにアンバランスさを感じないわけにはいかなかった。
その後、カナディと他愛もない会話をあれこれしていたら、いつの間にか自宅にたどり着いていた。
「ただいま。」
「あらおかえり。早かったわね。」
カナディとともに元気な声で帰宅の挨拶をしたのに対し、ナーディアは落ちついた声で返事をした。
家の中では何やら香ばしい匂いがしてくる。ナーディアは食事の準備をしていたようだ。
この時間帯になってくると、屋内は少し薄暗い。
目を凝らしながら、居間に一歩足を踏みいれたところ、ぽっと部屋に明かりが灯された。
あっ、明るくなった。
これも魔法石を動力にした光のランプのおかげである。人を感知すると、どういう原理なのか不明だが、自動で点灯する。
これにはいつも驚きである。センサーのチップでも入っているとでも言うのだろうか。
しかし、こういう意味不明なところがこの世界に対する知的好奇心を大きく刺激してくれる。
この光のランプの存在はこの世界の人々にとって貴重だ。
これが家庭に普及しているおかげで、日が沈んだ後の暗闇の中でも人の活動が可能になる。
この世界の人間も特に夜行性動物のような視界能力はない。
月明かりもなく、漆黒の闇の中では身を守るためにも大きな存在なのだ。
前世で人類は長らく火を利用して夜の闇と戦ってきた。火を熾すにも大変な労力が必要であり、ときに危険でもある。どれほどの人間が火事で亡くなったかは誰もが知る歴史的事実だろう。
安全で利便性の高い電力という優れた発明が登場したのは人類の歴史でも比較的最近の話だ。
だが、この世界では既に電力と遜色のない力を手に入れている。
もちろん、それだけではない。
例えば、ナーディアが調理に使っていた食材を熱する調理器具もあれば、人間に必要な水を圧縮して場所を取らずに大量に保管し、かつ、新鮮な状態で維持できるような器具もある。
人にとって生活インフラに必要なものは、魔法、正確に言うと魔力とそれを動力に稼働する魔道具が活躍している。
6年という短い人生の中でも何かと目にしてきた。
部屋の中でしばらく座って待っていると、外から力強い足音が聞こえてくる。
「おーい、戻ったぞ。」
ドアを開ける音が聞こえると、野太い声が家中に響いている。これはトシュルの声だ。
トシュルが仕事から戻ってきたらしい。だいたいいつもこの時間だ。
トシュルの職業は魔導具師と呼ばれるものだ。
魔導具師とは、一言でいうと、魔力を動力として様々な効果をもたらす道具を製作する仕事である。
魔導具師は、平民の職業の中でも割と一般的な仕事である。
先ほどの光のランプも魔導具師によって製作されたものであり、魔力を注入した魔法石を組み込み、そこに蓄積されたエネルギーを利用して光を放つように組み込まれた電球のような物体である。
「ご飯できているわよー。」
トシュルが帰宅して15分程度経過したくらいだった。
ナーディアの一声で家族が集まり、食卓を囲む。いつものルーティン、家族団らんというやつだ。
4畳ほどの部屋に木のテーブルと椅子が設置されており、そこで食事をするのが日課だ。
この日の夕食は、山菜のスープと芋のようなものを煮た料理、そして、パンである。
一般的な家庭料理であり、定番メニューである。パンはこの世界でも存在し、主食だ。
前世でもパンは何千年もの歴史があったと思うが、この世界にも小麦に近い穀物が
発見されて、パンが主食となっていることには特に驚きがなかった。
また、この世界でも海が存在し、塩はとれるようなので、料理は塩味が定番である。
ただし、味付けも素材本来の味を楽しめるというと聞こえが良いが、かなりの薄味で単調でもある。
前世で贅沢な食事を知ってしまっている故、この世界の食生活は堪える。
きっと、刑務所の囚人でももっと良いものを食べていたはずだ。
食事という点で気付いたことは、前世と素材そのものは異なるが、野菜や穀物、動物の肉を食べているという点では本質的に違いがない。
そのことはおそらく、植物があって、それを食べる草食動物、草食動物を捕食する肉食動物、そして人間という生態系、食物連鎖はこの世界でも共通しているものと推測する。
また、人間の身体的特徴も前世のそれと違いを感じる部分はないので、摂取している栄養素もあまり違いがないと思われる。
これを前提とすると、この世界でも前世で食べていたものと近い食材自体はたくさん眠っている可能性が高い。
単に食文化の進歩が進んでいないというだけではないだろうか。そう考えると、今後この苦痛な食事も改善していけるような気がする。
それに、食材だけでなく、調理法も工夫の余地はいくらでもありそうだ。
前世の知識は、ある程度食事の方には活かすことができそうな気がする。
むろん、6歳の子供にはしばらくどうすることもできないのだが。
あぁ大好物だった麻婆豆腐がすごく恋しい・・・。
食事をするとき、家族で色々な会話をする。この世界でも食事の時間はコミュニケーションにとって大事な時間らしい。
他愛もない会話がほとんどであるが、それでもこの世界に無知な俺にとってこうしたコミュニケーションは貴重なものだ。
もちろん、俺がまだ6歳であることは忘れずに、子供らしい会話を心がけながら。
「ねー父さん、この国って安全?」
「安全だぞ。ただし、プリビレッジという存在に気をつければ。平民はな、王令で悪いことできないから。」
「王令って何?」
「王令というのはね、王が神の名の下、国民に禁じた法律だよ。例えば、人に暴力を振ってはならないという約束事だ。」
気になるワードは多いが、ひとまず、法学部の学生らしく王令に食いついてみよう。
「ちなみにその約束事を破ったらどうなるの?」
「王令に反する行動を取ろうとした場合、魔法が人の意思に干渉して動けなくなるのだよ。」
「干渉・・・?」
法律に違反したら逮捕されるのではないのか。いまいちこの点は理解ができなかった。
だが、今はこれを追求するのはやめておこう。
「ちょっと、まだアシュルは6歳なのだから、理解できないわよ。話ばかりしないで冷めないうちにご飯食べて。」
ナーディアは苦笑いしながら、すかさずトシュルの子供向きではない話を強制終了させようとした。
トシュルは子供であることに気をかけず、難しい話をすることも多いが、ナーディアは子供にそぐわない話の場合はいつも止めてくる。ナーディアが正しい姿ではあるが。
それでも、今日はトシュルがナーディアの制止にかかわらず、少し真剣な眼差しとなって話を続けた。
「いいか。アシュル。平民は王令があるから、滅多なことはできない。けれど、プリビレッジは違う。魔力があるから、プリビレッジには王令の存在は関係ない。だから、プリビレッジによる平民への暴力事件は後を絶たない。しかも、プリビレッジは特権階級ということもあり、不問になることが多い。」
こんな話をされても、普通の6歳の子供であればチンプンカンプンだろう。だが、俺には大変興味深い話であった。
プリビレッジとはどういう存在なのだろうか。また、王令は何を根拠として定められているのだろう。法の運用はどのような制度を持って担保しているのだろう。
考えれば考えるほど興味が出てきてしまう。
「大丈夫だよ。私がアシュルを危ないところに連れて行かないように気をつけるから。」
突如、カナディが自信満々な様子でこの話に割って入ってきたため、俺がさらなる質問を発する機会は失われ、この話題はこれで終わってしまった。
夕食が終わると、片付けと簡単な内職をするくらいしかやることはない。
いくら魔法の世界といっても、テレビがあるわけでもなく、娯楽は乏しい。
だからこそ、この世界の夜はとにかく早い。
大人、子供問わず、日が落ちて3時間くらいで皆就寝する。1日が22時間しかなく、夜は前世よりも短いことを考えれば、当然といえば当然か。
夜遅くに外の様子を見ると、王都といえども本当に真っ暗である。
光のランプがあるにしても、平民は有限で貴重な魔力を無駄にすることは許されないということらしい。
寝室は6畳ほどの広さである。いつも家族4人、川の字で寝る。いや4人だから一画多いか。
布団に入り、寝る前にはいつも考え事をする。
前世の記憶、この世界の現状、生まれ変わったことの意味。
だが、今はとにかく魔法について一番興味を持っている。
トシュルは平民であるため、魔力そのものがあるわけでないが、職業柄、魔法の知識を広く持っている。
そんなトシュルに、俺はこれまでも興味深そうに魔法の話をよく尋ねてきた。
トシュルの話をまとめると、魔法は人の体内で生成された魔力を使って、物体を介在し様々な効果を発揮させる現象をいうようである。
俺の想像していた魔法とは少しばかり異なる。例えば、「ファイアーボール」と手のひらを広げて唱えれば強力な火炎放射器のような火力を自由自在に出せるわけではなく、人が無から有を生み出すようなことはできない。
火の根源があり、それを利用して体内の魔力を伝えれば火炎放射器に近いことはできるそうだが。
基本的には魔道具が魔法の発動にとって必要不可欠らしい。
単純な物理効果を生じさせる魔法が多いが、中には特殊な魔法もある。代表例としては魔法による精神干渉だ。
例えば、魔術契約書と呼ばれるものがそれである。魔術契約書に血印を押すと、魔法の力で約定を遵守するように血印を押した者の精神に干渉が入ってくるそうだ。それがどこまでの拘束力を生むのかは現状わからない。
だが、先ほど話に出ていた王令もその類のものだと推測する。
また、魔道具を不要とする魔法も存在するらしい。それは魔法強化と呼ばれるものだ。
自身で魔力を保有する者に限られるが、自身の体内に魔力をこめると、パワー、耐久性、スピードの面で身体能力を向上の効果を発揮させることができるらしい。
まるでロボットにある機能である。そんな超人現象は前世でも似たものが思いつかない。
トシュルの話を聞いて、これまで魔法についてわかったことはこんなところである。
もちろん、全く理解不能である。
だが、前世で存在し得ない魔法という現象であり、この世界のインフラに欠かせない重要なものでもある。
純粋に知的好奇心が刺激される。なんとしても魔法の原理、理屈を学んでいきたい。これが俺の当面の目標だ。
色々と考えていたら、遅くなってしまった。そろそろ寝なきゃ。
俺は、隣で寝息を立てるカナディの傍らそっと目をつぶった。
終
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