第3話 作戦決行
その次の日のお昼休み、私は有言実行のため透君に手作りのクッキーを渡した。
「透君、これ良かったらどうぞ」
「クッキー?なんでくれるの?」
「え、えっと。この前のチョコのお礼だよ」
「ふーん」
…口が裂けても餌付けしようとしているなんて言えない。
透君はラッピングのリボンを解いて中のものを一つ摘んだ。
今回のクッキーは彼の好みに合わせて、甘いチョコレート風味にしてみた。形はもちろんハート、ではなく無難に丸にした。きっとここにりっちゃんと菫ちゃんがいたら昨日の気合いはどこに消えたと言われそうだが、残念ながら二人とも部活の集まりでいないのだ。
私は口に入る瞬間を固唾を飲んで見守りながら、反応を待った。
「…何点?」
「うーん。六十点」
「残りの四十点は?」
「もっと甘くして。あとチョコチップ欲しい」
「これ以上甘くしたら全身砂糖になるって」
「えーケチ。でも、ありがとう春菜」
「ご馳走様ですっっ!!!!」
「え?」
「あ、うん。なんでもない」
何この生き物、可愛いすぎるのだが⁉︎
透君が口にクッキーを入れて少し頬を緩めた辺りから、胸の高鳴りを感じていたが最後のありがとうと突然の名前呼びという無自覚な攻撃で、トドメを刺された。人は誰でも恋をすると、相手にキラキラと光がついているように見える、厄介なフィルターがかかるのだ。私は荒ぶる心臓をどうにか宥めながら安心してホッと一息つく。
六十点は辛口な透君基準では良いほうで、及第点に届いたようで何よりだ。
その時、廊下から顔を出した男子生徒の声が教室全体に響いた。
「なあ、このクラスに青柳って人いる?落とし物してるんだけど」
少し派手な雰囲気の男子生徒は、右手で水色のシンプルなハンカチを見せた。私はそれが透君の使っているものと酷似していることに気づいた。確か、誕生日プレゼントでお母さんから貰ったのだと去年話していた気がする。
隣にいる透君は、焦ってポケットに手を入れた後、もう一度あのハンカチを見た。
だからあのハンカチが透君のものだと分かったが、名乗り出る様子は感じられなかった。なんと言うか、取りに行こうか行くまいか迷っている気がする。もしかしたら、苗字が変わったことを気にしているのかもしれない。
こればかりは仕方ないので私が代わりに引き取ることにした。
「あっ、それ私の!友達から借りてるやつなんだ」
「良かった。はいこれ。失くすなよ」
そんじゃっ、と爽やかに去って行った男子生徒に頭を下げた後、私はハンカチを持ち主に届けた。
透君は普段より硬い動きで、それを受け取ってお礼を言った。その時どんな表情をしたのかは分からなかったが、キツく結ばれた唇のみが目に入った。
あまり透君は表情が表に出る性格ではないが、今まで動揺を見せた姿はそう多くない。
ここで根性を見せないで、いつ見せるのだ。私は息をめいいっぱい吸い込む。
「ねえ、良かったら久しぶりに家来ない?実はチョコレートが余ってるから、それを湯煎してクッキーにかけようと思うんだけど」
「ん。…ありがとう」
何に対しての感謝なのかは、聞かなくてもよく分かる。お互い人生の半分以上幼馴染を続けているので、なぜ私が家に誘ったのかはきっと透君はお見通しだ。向こうが両親の再婚について話さないのであれば、寂しくはあるが私がわざわざ聞く必要はない。でももし話してくれるのであれば、精一杯味方になってあげようと決めた。決して彼が孤独で押し潰されることがないように。
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