第2話 餌付け

「絶対嫌われた。もう無理ぃー!」

「ほらシャキッとする。何、死ぬの?」

「うぅー。いや透君のために生きる!」

「うん重、じゃなくてその調子。嫌われたら餌付けでもして手懐けなさい」

「いや、ペットか」


若干涙目で弱音を吐くと隣の菫ちゃんが頭を撫でてあやしてくれた。

菫ちゃんとなっちゃんは小学校からの友人で、偶然にも高校のクラスが同じだった。菫ちゃんは名前の通り、菫の花のように大人っぽくてクールだ。一方なっちゃんは体を動かすことが得意で、距離感という概念がない。私は…努力家?だと思う。自分のことはよくわからない。

そんな性格も好みも全く違う三人だけど、なんだかんだで大親友の私たちはお互いになくてはならない存在だ。そんな大好きな二人に私はよく透君の話をしている。もちろんライクではなく、ラブの意味で。

何を隠そう、かれこれ私は十年くらい幼馴染に片思いしている。気持ちも伝えられないまま、これくらいで諦めるなんて私らしくない。

うん、そうだよ。苗字が変わっても透君そのものが変わった訳じゃない。私が長い間見つめてきた彼は言葉は少し冷たいけど、誰よりも温かい心を持っている優しい人だ。今日だってさりげなく、忙しかった私の代わりにクラスの提出物を先生に届けてくれたし、昨日はイチゴのチョコレートをくれた。


「よーし、気合いだぁー!絶対負けないからー!」

「何と戦ってんの」

「考えるだけ無駄よ」

「でも、透も春奈のこと好きでしょ?春奈にだけ微妙に優しいし」

「気づいてないのは当事者たちだけよ。面白いから放置してるけど」

「うわぁ。性格悪」


二人がコソコソ言っているが、やる気に満ち溢れた私には聞こえない。

私は立ち上がって、フェンス越しに遠い未来に向かってお腹の底から叫んだ。物語のヒロインは、きっとどんな困難が訪れたとしても最後まで諦めないし、負けないのだ。

爽やかな気持ちの良い風がまた桜を散らし、いつかの風に飛ばされて屋上に辿り着いた花びらが軽く舞った。

いきなり大声で叫び出した私に大親友たちは驚いた様子だったが、すぐにいつものことだと呆れたように、けれどもどこかホッとしたように笑った。


「とりあえず、明日クッキーで餌付けしてみる!」

「それ、嫌われてる前提じゃん」

「だって、そう思わなきゃ立ち直れな、い」


サーッと血の気が引いて背中に汗が流れた。

透君がいるであろう教室を指さして言うとそこには、まさかの本人がいたのだ。

いつからそこにいたのか、友達とベランダにいる透君は目が合うと意味深に笑った。

先程の絶対負けない宣言がフラッシュバックする。

…え、うそ。もしかして、聞かれてた⁉︎

羞恥心が込み上げ、血の気が引いた頬へと今度は一気に熱が集まっていくのを感じる。私は逃げるように勢いよく身を屈めた。


「え、何やってんの」

「あそこ。愛しの透君がいたみたい」

「あちゃー。タイミングが良いのか悪いのか。とりあえず手振っとく?」

「ほら、春菜立って」


菫ちゃんに手を引っ張られて渋々立ち上がる。できればこの場を立ち去りたかったが、二人が先回りして両サイドを固めているので無理そうだ。

私たちの視線の先にはやっぱり透君がいて、りっちゃんに促されて手を振ると彼は仕方なさそうに手を振り返してくれた。

その姿に思わずキュンとしてしまう。え、好き。幸せ過ぎて天まで昇りそう。こんな些細なことでいちいち昇天してしまっては、想いを伝えるなんて出来そうにない。今年もなんの変化もないまま年齢を重ねるのかもしれないと思うと、変に怖気付いてしまう。いや、カッコ良すぎる人が悪い。

早速困難が訪れてしまったことに、私は頭を抱えたくなる。


「やっぱ負けるかも。どうしよう⁉︎」

「意思弱過ぎだから!」

「まあまあ。これが恋する乙女なのよ」

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