第四話 子どもに出来ることあるかな

 ミサは少年が大好きだ。

 物心ついた時からいつもそばにいて、何をするにも一緒。

 親代わりを勤めたのは薬師の長であるオザマと少し年上のオミ。


 少年が薬師見習いになったのでミサもそれに倣い修行を始めた頃。


 少年が時々変になった。

 態度がまるで大人みたいになり、ミサのことを子ども扱いするようになるのだ。


 ミサはそれが嫌ではなかった。ミサを見つめる少年の瞳には普段とは違う愛情が感じられたから。

 そんな少年から目が離せない。

 ただ少年の視線がオミの身体へ視線を走らせるのは嫌だった。


 少年はミサの隠そうともしない好意に気づいてる。

 けどおっさんの記憶が戻ってからというもの、彼女を娘のようにしか思えなくなった。

 もちろん愛おしい。しかしそれは家族に向ける愛情であって恋愛ではない。 


 オミは女子高生〜女子大生ぐらいの年齢だろうか。

 ここでの年齢の扱いはひどくぞんざいである。「◯◯歳になったら⬜︎⬜︎に」という慣習もない。

 そもそも『き』で生まれ育ったならともかく、人買いによって集められた少年やミサ、また引き取られた孤児達の年齢は曖昧なのだ。

 元は孤児だったオミも外見で推測するしかない。


 そんなオミから溢れ出る女の色香に少年は無意識に目が奪われる。見惚れることもある。

 そんな時オミは少年を抱きしめ耳元で、


「わかるけどぉ、ダメよ」


 と優しく諭すのであった。

 それを見るミサは口をへの字に曲げて少年を睨みつけていることに、彼は気がついてない。


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 耳長族の一件から一月後、海を支配する部族『み』を平定した報せが届いた。

 俺は海産物の干物が入ってくることに期待を寄せる。

 味覚は日本人なんでね。

 海の魚が恋しいのよ。


 それと同時に大巫女より俺に呼び出しがかかる。オザマとともに、大巫女のいる屋敷へ出頭し、そこで驚くべきことを聞かされることになった。


「昨日の占いによると北の良くない気配が濃くなっておる。場合によっては戦となろう」

「戦ですか」


 オザマは目を閉じたままため息を吐くようにこたえる。

 俺はこのような席になぜ自分が呼ばれたのかと疑問が湧き上がる。 

 そして大巫女さまは自分に“別人の記憶があること”を知ってるのではないかと。


 それならばと俺は決意する。隠し事をいつまでも抱える生活とおさらばしたい、いっそ正直に伝えた方があとあと動きやすいだろうとの打算もあった。


「大巫女様!お話があります」

「わかっておる。魂はひとつになったな?」

「え?」

「元々お前の魂は二つに分かれておったのが見えていた」

「知っていたのですか?」

「そうでなければ巫女なぞつとまらんよ」

「俺には記憶があります。こことは違う場所で生きた記憶が」

「ほぅ?」


 そこから俺は説明を始めた。恐らくこことは違う星で人生を送っていた男の記憶。

 ところどころは曖昧であるが、ここで役立てそうなことを少しばかり知っていると。

 だからそれを元に『き』に貢献したい。

 自分を引き取ってくれ、育ててくれたオザマやオミ、そしてミサを守りたい。

 だから薬師の仕事とは別のことにも手を付けることを許してほしい、と。


「構わんよ。もとよりそのつもりじゃ」


 大巫女は微笑みながら、


「そういうことか。わしも構わんぞ」


 オザマは得心がいったような顔でこたえた。


 俺は大巫女の後ろ盾を元に戦士長への発言権をもらい、軍議にも参加出来ることになった。


 耳長族の不審な侵入。


 あれがどうにも気になって大巫女さまへそれを伝えたところ、このような許可が貰えたのだ。


 昔の怪獣特撮映画を思い出す。軍の指揮所内へ当たり前のように出入りする子ども。それどころか怪獣の命名までやってた。

 俺はあれと同じ立ち位置になる。もうちょっと役に立ちたいが。


 というわけで戦士長の天幕で行われる軍議に参加することになった。

 戦士長の配下に当たる各部隊の長も集まってる。

 なんだこいつ?みたいな視線が痛いが、企業研修とかやってた経験もあるから慣れっこだ。


 簡単な自己紹介。


「俺にはこことは違う世界で生きていた記憶があります。ここの生活様式、社会制度、俺が生きていた時代より二千年以上昔のものに似ています。国と国が争い合って大きくなろうとする、それはどこでも同じでしょう。でもここには血生臭さがあまりない」


 この国、特に『き』は国の剣としての力を振るっているものの、例えば略奪をしたりとか、陵辱や虐殺をしない。攻め滅ぼした相手に禍根を残さないようにしている。


 戦った相手を飲み込み、国力を増やしたい。そこに恨みを残すと後々面倒な火種になる。

 恨みってのは想像以上に長く長く受け継がれていくからな。


 それを考慮しての戦略かは不明だが、少なくとも『き』に暮らす人々を見て、そういう性質の人達ではないかと思う。

 無血とはいかないまでも、犠牲を少なくおさめる『き』の方針は他の部族の規範ともなっている。

 文明の発達はまだまだだが、ここの人々を蛮族とは思わない。


「そうではない者達もいるんだな?」


 戦士長が俺を真っ直ぐに見て問う。


「はい。将来に起きるかもしれない反乱を恐れて相手、特に支配者層を根絶やしにするのは基本で、民族ごと滅ぼそうとした例もあります」


 地球の歴史を振り返れば枚挙に暇はない。


「戦士長、『き』の戦士は何人いますか?」

「戦をするのは……ざっと四千だな」


 この国はシンプルだ。

 十人単位の部隊の集合体。


「影は?」


 影とは諜報活動をする部隊。直接の戦闘はほぼ行わず、情報収集が主な役目だ。


「四百だ」


 影の長が答える。


「戦士がその十倍の四万、さらに十倍の四十万という敵が攻めてきたら?」

「あるのか?」

「今はまだわかりません。でもここより遠く離れた地や海を隔てた大陸にそういう国があってもおかしくないのです。あの遺跡、俺もはっきりとは言えませんが少なくとも数百年は昔のものでしょう。もしもその長い時を経て滅びずに続いた国がどこかにあったら?と考えみてください」


 戦士長を始めその場にいる長達が少し動揺したのがわかる。


「俺もそんなに詳しくはないけど、千年以上続いた大国もありました。それとは別に数十年で俺たちがいるこの国よりもずっと広い土地を支配した国もありました。次から次へと国を攻め滅ぼし、拡大していったんです」


 戦のノウハウがどんどん蓄積していったら、そりゃもう手強い国になるだろうし。


「そんな国が北にあっても不思議でもなんでもない。俺はそういう『出来上がっていて野心に溢れる国』が攻めてくることが、怖いんです」


 伝わったかな?と見回す。

 ローマ帝国とかモンゴル帝国と同じようなのがあってもおかしくない状況。

 外の世界に強大な敵がいるって認識するだけでも、考えたこともないってのに比べたら全然違うよ。


「お願いがあります。俺とミサ、それとオミ達で耳長族の国へ偵察に行かせてください!」

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