第二話 父親と母親代わり

「出来てるか?」


 入り口から初老の男が顔を出す。

 俺とミサの育ての親でもあり上司でもあるオザマ。薬師の長。髪に白いものが混ざってるが筋骨隆々。『き』は国民皆兵のスイスと同じ、全員が戦士なのだ。


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 さてここでオザマの記憶を垣間見てみよう。

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 この少年、今年に入った頃からオザマに色々と質問をしてくるようになった。

 目を輝かせて。


『オザマ、地図ってある?』


 なぜ子どもが興味を持つのか?


『……見せてもらえないんだ』


 ひどく失望している様子だ。


『ねぇあの山の向こうはどうなってるの?』

 

 これはまぁ普通か?


『この服ってどこから?ふ〜ん部族『い』が作って商人が持ち込んでるんだね』


 だからどうして子どもがそんなこと気にする?


『他の部族について教えて?』


 子どもらしい好奇心だ。


『この国が出来たのっていつ頃?王は初代?若い国だなぁ』


 子どもの言うことじゃない。


『やっぱ弓と槍、近接は剣なのか』


 やはり男の子だな。


『古代ローマ風でもないんだねぇ』


 何を言っている?


『日本在来馬みたいな馬……』


 何か知っているのか?


『青銅器時代ぐらいかな』


 それは何だ?


『あ、そうか森林戦がメインかぁ。平原で大軍同士の激突は無し、と』


 この年頃の子どもとは思えないことに興味を持つ上に、時々わけのわからない独り言を話すようになった少年。

 まるで人が変わったようにも感じられ、オザマは森に住まうという悪霊でも取り憑いたかと慌てた。

 姉でもある大巫女に相談したところ、


「あれの魂は二つ分かれておる。そのうちひとつになるから気にするな。あれが何かを進言した場合、真摯に検討し、出来るものは採用せよ」


 と言われてますます困惑したが、そのうちオザマも慣れてしまった。

 確かに変だが、仕事には熱心に取り組むし、薬草や調合を順調に覚えていってる。新しい薬も考え付く。

 薬以外にも何やら珍妙な仕掛けを職人に頼んで作ってもらってたりもする。それならまぁいいかと。


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 変な子どもではあるが、オザマも慣れた。

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「出来てるか?」

「出来てるよ。はい、これ」


 袋をいくつかオザマに渡すと、中身を確認した後、俺へと戻す。ちらっと一緒に置いてあったモノに視線を送る。気になるよな。


「よし」

「いつ取りに来るのかな」

「昼の鐘が鳴る前には来るだろう」


 二度寝するかと考えた俺へ告げられるのは、


「オミ達に同行するよう大巫女様に言われてる。

 準備しておけ」


 という大巫女さまからの通達。


「えっ?!何それ!」

「それの運用含めてお前がいた方がいいとの判断だ」


 薬を入れた袋の横に置いてあるモノを指差すオザマ。


「いきなり?前もって言ってよ〜」

「わしもさっき通達を受けたんでな。七日間の同行となる」


 大巫女さまの命令は突然だ。そして絶対。

 この傭兵部族『き』の最高権力者には逆らえない。ましてや俺、元リーマンだし。


 オザマが出てしばらくしてからオミがやってくる。今回、中央から来た部隊と共同作戦をする隊のリーダーであるケモノつきの少女。俺たちの母親代わりでもある。


「出来てるぅ?」


 その身体能力は凄まじく、一人で戦士数人を相手にしても圧倒する。しかし見た目は細身の少女だ。オリンピックに出場したら全種目で金メダル取れそうだよなぁ。


「出来てるよ。おかげで寝てない」

「オザマから聞いた?」

「今さっきね。相変わらず突然だよなぁ」


 ブラック企業だもんな。しゃーない。


「あんたが来たら助かるからねぇ。それに実際使ったとこを見た方がいいでしょ?」

「そりゃまぁ……。でも俺、オミ達の足でまといにしかならないよ」

「大丈夫よぉ。うちの隊が、いや私があんたを守るから」


 オミの話し方とは裏腹に、俺は不安で仕方ない。


「それはよろしく頼むよ。死にたくないから」

「任せて。ミサはまだ寝てる?」

「昨夜は遅くまで作業したんだ」


 まーた寝たふりだよな。


「ふぅん。ミサ、心配ないからねぇ。ちゃんと無事に返すから」


 ミサは答えない。オミの相手は去年戦死しており、彼女は次の相手をまだ選んでいない。

 早く相手を見つけるようにと周囲からせっつかれているが、


「そんなにすぐ見つかるもんじゃないよぅ」


 と、俺から見てものんびりしているように見える。オミは袋を軽々と持ち上げる。


「じゃ、昼の鐘が鳴ったら広場へ来てねぇ」

「わかった。準備したらすぐに行くよ」


 そして俺は野戦装備の準備を始める。


 昼の鐘が鳴る。準備を整えた少年が広場へ行くとオミ達が待っていた。

 総勢十人の精鋭部隊だ。中央から派遣された部隊も十人。

 結構な大所帯に少し安心する俺。


「何も聞いてないけど、すぐに行くの?」

「うん、そうだよぅ」

「どこなのかな?」

「山向こうの遺跡だねぇ」

「あそこかぁ…まぁ待ち伏せには向いてるかな」

「そうそう。だからあんたの新しいモノが役に立ちそうなんだよねぇ」


 山一つ越えたところに石造りの都市が存在している。

 石は雨風に晒され風化、植物に侵食され森に埋もれるように存在する古代遺跡。

 この国の北側に広がる大森林には、こういった遺跡が点在している。

 俺も好奇心にかられて、そのうちの一つに行ったことはある。同い年の戦士に付き合ってもらって。

 古代遺跡はロマンだから!


 隙間なく積まれた石垣、上下水道としか思えない構造物、外側は風化してるが、建屋の中は滑らかに研磨されており、緻密な装飾が施されている。


 そして見たこともないオブジェ、使い方もわからない道具の成れの果てみたいなものが点在している。高度な文明の発達した国があったのだろう。素人目でも明らかだ。


 その遺跡は傭兵部族『き』の管轄エリアなのだが、たまに他国から遺跡を荒らす者達がやってくる。

 オミ達は戦がない時はそこの警備を任されていて、今回のような討伐も仕事のひとつ。

 俺はなるべく荒事にならないよう祈った。怖いものは怖い。

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