第43話 全力だからこそ

それは、東雲を交えて練習していたときに起こった。


加奈ちゃんや雪さんを交えて、これで何度目かの練習だ。普段通りシュートドリブルパスの、基礎的な練習をしたのち、俺たちは実戦形式でとにかく練習をする。

経験を積むことで、もっと幅が広いプレーができるようになるからだ。みんな、当たり前だが、真剣に練習し、時間の無駄を作らないようにしていた。


「おいっ!どういうことだっ!」

「ご、ごめんなさいッ!」


だが、ついに東雲と加奈ちゃんが衝突してしまった。というか、一方的に東雲がキレているのだが。


「なんでこの角度、この位置でフリーで外すんだよっ!練習しろっ!」

「うぅ、はいぃ」

「練習はサボってねぇみてぇだが、なんで外すんだよ?あぁぁ?」

「そ、それは、その………」

「黙ってても分かんねぇだろうが!」

「ちょ、東雲くんっ!シュート外しただけじゃない。加奈、大丈夫?」

「もう、少しは言い方を考えなさい!」


サッと加奈ちゃんのことを守るように、雪さんと城崎さんが立ち塞がる。それでも、血の上った東雲は、前が見えていないのか声を荒げて詰め寄ろうとした。

これは流石に、まずいな。


「おい、東雲」

「なんだよ!テメェも、そっち側かよ!」

「違う、だが前を見ろ」

「あぁ!?………っ!」


ここにきて、初めて気が付いたんだろう。目の前にいる、小さな女の子のことに。

相手はまだ小さく、年齢だって俺たちより下だ。そして、バスケの経験だって甘い。練習だって、必死にしていることは、ほかでもない東雲が一番理解している事なんだ。


「初めに言っておくが、俺はお前の意見が間違っているとは思わない。俺も、楽しくすることを優先しすぎて、上達という面ではおろそかにした所がある。それは、申し訳ない。すまなかった、城崎さんは別として、二人のレベルが高くないことは、俺の責任だ。すまない」

「っち!」

「だが、そのうえで言い方があると、言わせてもらう。別に、女は泣けば許されるとか、泣かしたからお前が悪いとか。そんな話じゃない。単純に、人に意見するときには、相手にも最低限の礼儀を払えってことだ。ましてや、相手は年下だぞ?プレーが思うようにいかなくて困っているのは、お前だけなのか?」

「……………はぁ」


東雲は、口先は悪いけど性根は腐ってない。言い方に問題があるのは確かだ。感情をそのままぶつけるだけの、ガキみたいな行為には俺は賛同できない。折角本音をぶつけるなら、もっと効果的に意味のある衝突にしてほしい。

そうしたら、コーラ片手に観戦するのに。


「ちょっと、頭を冷やしてくる。なんだ、悪かったな。俺の態度が最悪だったわ」

「あ、えと……」

「おー、ロードワーク30分なあ」

「ああ」


タタタッと駆け出していく背中を見送りつつ、俺は雪さんと向き合う。ちょっと頬を上気させて「私怒ってます」とアピールしていた。横にいる城崎さんの視線も、結構いたい。いや、本当に、あの。すみませんでした。


「で?なんですぐに止めなかったんですか?」

「いや、何か化学反応的なものがあるかなって思って」

「化学反応?そんなことの為に、加奈を?」

「いやその、はい。ごめんなさい」


だよね、というか完全に加奈ちゃんの気質を読み間違えた俺の責任だし。

もう少し早く、初めの声が響いた時には駆け寄るべきだった。そうでなくとも、俺が仲介しないと、直にダメージを負うのは加奈ちゃんだしな。


「雪さん、ちょっとごめんねぇ」

「え?」

「化学反応って、何を期待してたの?」

「その、加奈ちゃんが歯向かってくれるかなって思って」

「は?」

「え?」


お、おお。俺、殺されるかも?


「その、ですね。うんと、加奈ちゃんのシュートが入らないのは、俺たちに言えない何か原因があるのかなって。ただ、動きを見てる分には体調不良とかわからなかったし。フォームとかで悩んでるのかなって、なんでもいいから現状打破の一手が欲しかった」

「なるほど、喧嘩させて引き出したかったって?」

「はい」

「できる筈がないでしょ、馬鹿なの?」

「面目ない」


加奈ちゃんのシュート力強化は、彼女の実力アップには大きく貢献する。そしたら、もっと楽しくなると思ったんだけどな。ただ、早すぎるよね。何も、そんなことしなくても、普通にプレーして楽しいって思ってもらえるだけで十分だよね。

雪さんと城崎さんから問い詰められていると、涙を拭いた加奈ちゃんが唐突に口を開いた。


「あの!」

「「ん?」」「なに?」

「わ、私のシュートが入らないのは、ダメなことなの?」


駄目かどうかって言われると、正直何とも言えないな。競技的にはだめだけど、遊びとしては許されていると思うし。でも、チームである以上試合で勝たないと、何も面白くないしなぁ。

何より、勝負ごとに負ける事には慣れたくない。


「駄目なんてことはないよ」

「そうよ、加奈」

「おねぇちゃん、ありがと。でも、今は夏樹さんに聞いてるのっ!」


え、俺?う~ん、困るけど、ここで辺に優しくるすることが正解なのだろうか?仮に、ここで頷いたとして、それは先ほどの東雲に対する発言を覆すことになる。

一方で、ここで否定すると、二人から殺されると。

まぁ、本気で向き合おうとしている加奈ちゃんには悪いが、ここは相応の対応をするか。


「そうだよ。シュートは、頑張って入れるために練習して、努力して、血が滲む研鑽を積んで、手に入れるもの。一石一丁じゃ無理だけど、ペイントエリアギリギリ程度なら、なんとか入ると思うんだよね。それは、俺も感じている。ただ、何か微妙に変なところがあって、そのせいで入っていない状況が、ずっと続いてるでしょ?だから、東雲はキレたんだよ」

「なんで、そこで彼が怒るのよ」

「そうです、別に私たちで……」

「その、私たちが教え続けてきた結果がこれだからでしょ。良くも悪くも、俺たちは加奈ちゃんの成長の機会を奪ったんだ。嫌な役目を、東雲に押し付けただけなんだよ、俺が」


そう、これは俺の責任だ。もっと早く、加奈ちゃんに聞くべきだったしできることはあった。もっと勉強して、考えて、観るべきだ。その全てを怠った俺が悪くて、アイツは、東雲はそんな俺の代わりに勝手に汚れ役をしてくれただけなんだ。

いい奴すぎて、心が痛い。


「そう、何だね」

「うん」

「わかった、私もロードワーク行ってくる!」

「え?」


困惑する俺たちをよそに、加奈ちゃんは勢いよくコートを飛び出して、東雲の跡を全力で追いかけて行った。


「どうしよう」

「「さあ?」」

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その翼はまだ羽ばたけるか 鹿目陽 @ryuzu_

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