第40話 飛べない鳥

バスケをしていると、どうしようもなくIQが低くなる時がある。それは、どうしようもなくテンションが上がり、自分でも湧き上がってくる様々な感情たちを制御できないからだ。わかっている、本当は自分でどうにかしないといけないことくらいは。

でも、仕方ないじゃないか。楽しくなってきたんだから。

ほら、ちょうどこんな感じで。


「そんなもんかよっ!」


俺の渾身のドリブルを、本日30回目のジャストカット。彼はただの一度も抜かせてくれないまま、俺はずっと苦し紛れのシュートを決め続けていた。

そして、毎回の挑発に対して、情けないことに声を荒げて反論する。


「んなわけないだろっ!!」

「はっ!そう来なくっちゃなぁ!!」

「君こそ、だんだんと俺が抜けなくなっているようだが?」

「っち!安心しろ、これからぶち抜いてやるからよ」


ここは、深夜のバスケットコート。住宅街のはずれにある公園で、俺たちはひたすらにバスケを堪能する馬鹿だ。

誰も止めなければ、一生こうしてバスケをしているようなバカだ。


「クッソがっ!」

「リズムさえわかれば、なんとかできるっ!」

「んな簡単な話じゃねぇだろっ!」


まぁ、相手からしたらそうなのかもしれないけど。俺、これでも試合経験だけは豊富なんだよねぇ。

リズムをつかんで、あとは自分の限界値を把握していればちゃんと対処できる。大事なのは、相手が仕掛けてくるタイミングに合わせて、こっちから動けばいい。必要なら、動くだけじゃなくて相手を誘導すればいいだけだ。

ただ、それでも止めるのは難しい。


「誘導されようが、関係ねぇなぁぁああ!!」

「クッソ!」


それでも、彼のシュートは止められない。真正面で打たせることはできていないが、体制を崩しても、シュートコースを塞いでも関係なしだ。予想外のところから手が生えて来るし、想定外の高さ、角度でシュートを打ってくる。

ストーリート上がりのバスケは、これだから厄介なんだ。


「ちっくしょうがっ!」


まぁ、俺も同じことができるんだけどね。


「ぜってぇ、テメェよりも一本多く決めてやる」

「なら、俺は三本多く決めてやろう」

「ああっ!?」


馬鹿だ、馬鹿だなと思う。

ただ、そんなことはどうでもいいくらい、俺たちは白熱していた。汚い言葉を吐き、互いのプレーにはリスペクトをしつつも「絶対に負けない」という無駄な意志だけで、ひたすらにシュートを行い得点を量産し続ける。

どれくらいの時間、俺たちは戦い続けていたんだろうか。よく覚えていないし、わからない。


ただ、終わりの時間は唐突に訪れた。


「なっ!」

「はっ!」


左足が、突然ゆうことを聞かなくなった。

ジャンプして放つ予定だったシュートは、無様にも彼に止められてしまった。


いや、当たり前だ。どれだけトレーニングを積もうと、どれだけ体力を身に着け、筋トレをしようとも。俺の体には、限界がある。

まだまだ発展途上、鍛えがいのある肉体で、回復力も相応に早い。とはいえ、俺の体にガタが出てしまうのは、目に見えていたことだ。


「これで、俺が決めれば勝ちだな」

「ああ、そうだな。でも、負けない」

「止められる訳ねぇだろっ!!」

「っ!!」


ここにきて、一段と鋭いドライブ。というか、ドリブルも今までの比にならないくらい強い。片手だけで、このドリブルを誠意しきれるって化け物かよ!

っつ、一歩引け。大丈夫、まだ半歩並ばれただけだ。いける、まだ俺の右足が残ってる。


「っらぁあぁ!!」

「そう来なくっちゃなぁ!」


ギリギリ体制を戻した瞬間のクロスオーバー。体重が前にかかり、それを義足である右足で無理やり耐える。接触部位が悲鳴を上げて、義足が既に限界ギリギリまで酷使されている事、俺の生身が限界であることが嫌でも理解できる。

だが、ここで引くわけにいは行かない。


「っだああぁぁぁっ!!」

「くそがっ!」

「負けねぇよ!」


紙一重で転倒を回避し、真正面に再度張り付く。彼が振り向き、俺を背中で押してくるが、むしろこっちからあたりに行く。片手と片足、どっちもパワープレーになると非力なものだな。

ちょっと押せば、お互いにプレーが乱れてしまうのだから。だが、それでも俺たちはバスケを辞めず、がむしゃらに頑張ってきた。


そんなどうしようもない、馬鹿なんだ。


「はっ!あめぇんだよっ!」

「知ってるさ!」


クルっと回転してジャンプした瞬間、彼は左手で高くボールを構えてシュートモーションに入る。ネタ技で使われる、回転ジャンプシュート。

だが、ペイントエリア内程度であれば彼のシュート率は100%を誇る。つまり、弧のシュートも入るし、過去一度入れられた。


「でも、もう見た!」

「なっ!」


俺は、ボールを叩くのではなく、積極的に取りに行く。体が接触しないように、その左側を掠めるように、前にジャンプした。若干の最高到達点が下がるが、そんなことは問題にならない。だって、彼だってボールを持っている分、それにしゃがめる量が少ない分、高さは落ちているのだから。


「っちぃぃぃ!!」

「っく!」


だが、俺はボールには触れることができなかった。いや、打つ直前に小指が僅かに掠って、ボールの位置は変更できた。だが、彼がシュートを放つことを完全に止める、邪魔することはできなかった。


そして、無残にもそのボールは、リングに弾かれた後一回転して、リングの中に納まったのだった。


「あはは、負けたよ」

「はっ、俺の勝だ」


すがすがしいほどに、完敗だった。

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