第39話 夜中のワンオンワン
先行をした俺のシュートを見て、彼も完全いスイッチが入った。迫力が違うとか、気合が違うとか、そんなレベルではない。これは殺気だ。
絶対にお前の上から決めてやるという、彼の放つ殺気だ。
「どうぞ」
「死ぬ気で守れよ」
「当然」
ワンオンワンでは普通、受け取ったボールを保持して始まる。だが、彼には保持するための腕が一本だけ足りない。それは、重々承知した居た。
だから、油断なく構えたつもりだった。
「っ!」
「っは!」
深い!
一歩が、一突きが、踏み出しが、圧倒的に深い。
彼の練習をみて、シュートはないとわかっていた。だから、腕一個半話した距離で、マージンを取って構えていたのに。十分、対策ができていると思っていたのに。
なのに、なぜ一瞬のうちにそこにいる!?
「っら!」
「っち!」
バックチップを狙ってみたが、指先が微かに掠る。
その一瞬でドリブル自体は乱すことができたが、そんなの大した障害にはならない。右足に無理を言わせて、思い切り瞬間で加速しなんとかその隣に並ぶ。だが、あくまで並んだだけだ。
「甘いなっ!」
「くそっ!」
鮮やかなダンク。俺を引き連れたまま、決して体が衝突しないようにコントロールして、空中で腕を躱してそのまま一本。
豪快な音を立てて、彼はハーフコートから全力ダッシュで決めてしまった。
「すげぇ、ぜんっぜん止められる気がしなかったぞ」
「はっ、テメェもなかなか面白れぇもん持ってんじゃねぇか」
「うん、だから次は要注意だよ?」
「はっ、同じ手に二度もひっかかるかよ」
互いに鼻で笑い、リスペクトをし、笑いあう。
挑戦的な笑みではない、これはもうただの獣だ。バスケが好きで、それ以外のすべてがどうでもいいと思っている獣たちの祭典だ。俺は、今この目の前にいる、ちょっと違うけど、おそらくは似たような境遇にいる奴に、負けたくないんだ。
「じゃ、行こうか」
「来いよ!」
スピードでは圧倒的に負けている、どうやっても勝てない。今の一回の勝負で、それはハッキリと理解できた。この片足では、天地がひっくり返ろうとも、彼の速度には追いつけないだろう。そして、ドリブル技術も、俺は一級品だと周りに褒められていたが、トリッキーさでいえば彼のそれにはと及ばないかもしれない。
自由自在、変幻自在など、そんなありふれた言葉で処分できるものではない。あれは、オンリーワンのドリブルだ。
つまり、彼は最強の矛。だが、盾はどうなんだろうな。
「はぁ!?」
「っち」
僕は全力で、斜めにダックイン。左サイドから、容赦なく抜きにかかる。が、当たり前のように反応されてしまう。
ロールバック、ビハインド、ステップ、バック、ターンアラウンド。コート中を、
それこそ無制限に駆け回るが、欠片も速度で上回ることができる気しない。
「クッソ!」
「はっ!あめぇなっ!」
仕方なく、俺はシュートモーションを取る。16秒ルールは守らなければならない。これは、俺が俺に課したルールだ。試合では、実質その時間内で攻める必要があるからな。とはいえ、こんなにコート中を縦横無尽に駆け回り、今更って話だけどな。
「いや、これは俺の勝だ」
「んだとっ!」
彼が声を上げた時にはもう遅い。俺は、片手のみを高く振り上げ、優しく手首のスナップだけで放り出す。それは、ブロックにジャンプしている彼の左腕の、僅か数センチ上を通り、見事にゴールインした。
「んだよ、ちゃんとできるじゃんか」
「いや、実質負けみたいなもんだからね、これは。俺は君を抜けなかったから、仕方なくブロックがいても決められるシュートを打ったに過ぎない」
「謙遜もしすぎると、俺の神経を逆なでするって覚えとけ。この糞バカ」
あれ、怒らせたかなぁ。でも、事実だしなぁ。
「そんな言葉はなぁ、俺を抜くことを諦めてから言いやがれ!」
「確かにっ!じゃあ、絶対にもう言わないっ!」
「っザケんな!抜かす訳ねぇだろっ。それよか、俺が先にテメェのシュートを叩き落としてやるよ」
「いいや、その前に俺が絶対にブロックするからね」
「ああ?できるならやってみろ」
「いったなぁ?」
「ああ、もちろん!」
売り言葉に買い言葉。我ながら、馬鹿だと思う。
だが、この時間は最高に楽しい。それ以外の感情が、何も思い浮かばなかった。
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