第38話 隻腕のバスケバカ

俺がその人と出会ったのは偶然だった。本当に、たまたま。

夜中、寝つきが悪くてシュート練習をするために、隣町のリングまで足を運んだ時の話だ。

もうすぐで12時を回り、日付が変更される時間帯に、一人の大柄な男が黙々とシュートを打っていた。ただ、その男には一つだけ特徴があったのだ。


「腕が、ない」


彼には、四肢に欠損が見られた。その欠損部位は、右腕。しかし、彼はその隻腕で、ドリブルもこなすしシュートもできる。オフェンス練習しか見ていないが、正直言ってそのレベルはわが校の3軍よりも上だ。

散々やる気がないなどと批判しているが、地方に行けば注目されるようなプレイヤーたちだぞ?そんな人たちと比べても遜色がないほどに、ドリブルもシュートスキルも洗練されていた。


「な、なあ!少しいいかっ!」

「あ?」


だから、俺が思わずこうして声をかけてしまったのは、仕方ないだろう。

彼の技術は、俺が喉から手が出るほど、チームに欲しいと思ってしまったのだから。


「あ、ごめん。邪魔をして、その、あと。うん、申し訳ないが、少しだけ、時間を貰えないだろうか?」

「あ?リングをかせって話なら、断るぞ?」

「いやいや全然、むしろ使ってもらって構わないんだけど。うん、俺が逆サイド使えばいいだけの話だろ。いや、そうじゃなくて」

「はぁ。それで?」


ああもう、なんでこう話が要領を得ないんだ俺はっ!あほか!!

面倒だ、率直に行こう。


「俺と、ストリートチームを組んでくれ!」

「馬鹿なのか、お前は?」

「だよなぁ」

「第一、お前目が付いてないのか?俺は隻腕だぞ、使いもんになんねぇよ」


その一言に、彼が今シュートをこんな時間にここで打っている理由が全部込められていた。なるほど、彼も俺と一緒なのだろうか。

欠損の限界を感じた、自分だけでできない領域を見て諦めたのだろうか。


「いや、わかってるさ。そして、そのうえでプレーを見て、欲しいと思った」

「馬鹿だろ、お前。第一、こんな足手まといがいたんじゃ、話になんねぇだろ」

「いいや、足手まといにはならないさ。だってほら」

「なっ!!」


俺がズボンの裾を上げて見せれば、彼は驚愕に目を見開いた。夜だからだろうか、それとも身長差からか?超怖いんだけど、その姿勢で凄まれると。

ちょっと、一歩下がってもらっていいですかね?


「俺も片足でさ、一条高校ってところで三軍してるんだ。でも、俺が試合に出ることはできなくて、いろいろと考えてみたけどプレイヤーはやめられないんだよ。片足がない選手なんて、ごみに等しいからな」

「だろうな、その足じゃ足手まといにもならねぇ。ふざけてんのか、テメェ」

「いいや、まじめだ。俺は今、俺が楽しく最高のバスケライフを過ごすために、俺だけのチームを作ろうと思っている。もちろん、試合には勝ちたいがそれ以上に楽しく

、笑ってプレーがしたい。その為には、大柄な選手が一人、必要なんだ。インサイドで戦える、矛盾がいる」

「なんで俺が、お前の作るチームなんぞに………っはぁ。もういいや、この問答に意味はねぇな」


意味がないって、どういうことだ?話し合いをしなければ、何もわからないだろうに。チームメンバーも何も、そもそも互いの名前すら知らないんだけど?

これに関しては、完全に俺のミスなんだけどさ。


「お前、俺のプレーを見てって言ったな。いつ見た」

「今、この公園に足を踏み入れて、実は3分くらい見とれてた。左腕だけで、見事の物だし、俺と同じくらいボールに触れている選手は初めて見たよ。君、正直言ってシュートフォームを揃えて打つの苦手だろ?」

「っま、まぁそうだが」

「だが、シュート率は悪くない。毎回左腕のみでボールを確保して構えるから、保持するタイミングと位置が微妙にバラバラなんだ。そのせいで、シュートフォームが統一できない。だから、君はそれを前提としてシュートを作り上げた。ドリブルだってそうだ。見ていたけど、君は左右から抜くことを想定して、半々で抜けるようにしている。それに、右側からか抜くときは、しっかりとインナーに飛ぶボールが守れるように細かいフェイクもあったし、腕の取り回し、手先の感覚もばっちりだ。しかも、センタープレーだって抑えている」


彼の練習は、奇妙なほどに対人を意識していた。そんなの、あたりまえの事なんだが、ここまで高レベルなものを見たのは久しぶりだ。正直言って、俺と同レベル、それ以上にイメージが固まっているし、敵のレベルも高い。

見ていてわかる、この人はバスケバカだって。


「なるほどなぁ、ただの阿保ではないらしい」

「いいや、ただの馬鹿だよ」

「ちげえねぇ、俺もお前も。五体満足でなくとも、バスケをしたいバカだったな」


どちらからともなく、俺たちはセンターコートに向かった。彼の瞳を見て、それ以上の言葉も必要ないし、無駄に争う意味もないことはわかった。

ただ単に、俺は彼からボールを受け取って攻めればそれでいいだけ。逆もまた叱り。


「専攻は譲ってやる、話はそれからだな」

「了解!」


ボールを受け取って、手のひらで回す。目の前には、隻腕でも十分に迫力がある彼。ただし、その距離は少し遠いと言わざるを得ない。


俺は、アップも済ませていない体に鞭を打ってその場でボールを付くと飛んだ。


「はぁ?」


驚くような彼の声が夜中の公園に響く中、パンッ!とネットを揺らす音が木霊した。


「これで三点だね」

「面白れぇ!」


俺たちの夜は、始まったばかりだ。

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