第37話 ワンハンドの可能性
今日一日に限らず、加奈ちゃんはかなり長い時間ツーハンドでの練習をしてきた。ただ、そのシュートを見ても問題はなさそうなのに、一向に確率が上がる雰囲気がなかった。シュートの回転などは問題なくても、時折ボールが右側にそれてしまう。
それが大きくそれた時には、リングにすら掠らない。
「何が悪いのかな、私才能がない?」
「いや、才能の有無を感じるほどの事でもないよ。反復練習しまくれば誰でもできるんだけど、雪さんの成長が正直想定外なんだよね。あの速度は、正直俺も驚いてる」
「そうなんですか?」
「うん」
練習初めてひと月もたたないのに、連続で5本や六本もフリースローから決められたら困るって。しかも、それ以外もしっかりと練習してて、ドリブルだって右手だけなら、手元を意識せずにできるようになってる。
これに関しては、俺だけではなく城崎さんも想定外。同じツーハンドラーとして、雪さんにアドバイス貰っているし。う~ん、二人と加奈ちゃんの違いかぁ。
「ねぇ、ワンハンド挑戦してみる?」
「え?良いのっ!?」
「うん、何となく君はそっちの方が向いてるんじゃないかな」
早速構えて、見様見真似で打ってみる加奈ちゃんだが当然のようにエアボールだった。だが、そのシュートを見て俺も、そして本人も確信した。
この子、絶対にワンハンドの方が伸びる。
「何これ、打ちやすいっ!」
「今のはフォームがひどかったけど、うん。練習したら、モノにできるかもね。多分、ツーハンドよりも向いてると思うよ」
「うんっ!わたし頑張る」
張り切るのは良いけどほどほどに、という思いとは裏腹に早速ゴール下へ向かう。ペイントエリアの45度から、とにかくシュートを打たせる。時折雪さんや城崎さんのボールと接触するが、其れすらお構いなし。
ひたすらにシュートを打っては、フォームと打点の見直しを行う。時折、体が流れている時は、ハンドサインや掛け声を使用して注意していく。
変な癖が絶対に付かないように、できるだけ修正する。そのうえで、小柄な加奈ちゃんのスタイルに合った、リズムのあるフォームに仕上げないと。シュート感覚自体は、そこまで悪くないけど、一級品じゃない。そこだけ念頭に入れて、しっかりと指摘をしていく。
「加奈ちゃん才能あるけど、上半身がブレる癖があるね。陸上関係?」
「ううん、違うんだ。実は、陸上でも先生に注意されているから、わたし頑張って直さないといけないんだけど………その、胸がね」
「あ、あーー」
それはどう反応しろと!?
確かに胸が大きな女性は、それだけ大変だと思うけども。確かに、見ていて阻害しているなって感じてはいたけどもっ!ぱっと見ではわからない大きさってものがあるのか。
「うーん、それは俺だと指導しようがないしなぁ。さらしか何か巻くって手段もあるけど、其れだと結局胸がつぶれて痛いだけだしね。ごめん、力にはなれそうもない」
「い、いやいやいや、これは私が悪いんだからっ!」
「悪いことはないでしょ。自分の体なんて、どうしようもないんだからさ。その状況でどうなるのか、まじめに考えるしかないんだけど………。うん、まずはジャンプなしで打ってみようか」
「ふえ?」
ワンハンドシュートの最大の利点は、正直言って自由気ままにシュートが打てることだ。ツーハンドの場合は、体がリングに向いている必要がある。ただ、ワンハンドなら体が斜めだろうが、それこそ横向いていても自由に打てる。これは圧倒的な利点だけど、体が流れたら無理だからね。
「ジャンプして足が固定されていないことが原因なのか、そうじゃないのか。ジャンプした後の姿勢とか、ボールの持ち方とか。考えれることは全部試していくしかないね」
「で、でも……。時間かかっちゃうよ?」
「いいよ、それくらい。いくらでも付き合うし、一緒に探していこう」
「うんっ!」
この日、俺はできるだけ加奈ちゃんのシュートフォームを矯正した。正直、俺が考えているよりも男女の体の違いは大きかった。運動神経抜群の加奈ちゃんだが、実は男子と比べると一段以上劣る事。体がしなやかな分、筋肉質ではないこと。力の出し方が僅かに違うことや、腰回りの骨格の違いなどを実感した。
が、その甲斐あって二日である程度の問題点が浮き彫りになってきた。
一週間ほどの練習で、問題点を詰めて彼女のシュートは安定して決まるようになった。
「うん、加奈ちゃんはまずは筋トレだね」
「うぅ、私筋トレできないんだよなぁ。続かない」
「じゃあ、私も一緒にやろうかなぁ。3Pシュート打つのに、筋肉が足りなくて、ちょうど困ってたしね」
「お姉ちゃんっ!!」
二人で相談していろいろと実験していたが、雪さんにも多大なサポートをしていただいた。というのも、雪さんの方が加奈ちゃんよりも立派なものをお持ちだからね。
体の動かしにくさや、足回りに関してもかなりアドバイスがもらえた。どうしたら痛くなくて、どうしたら動きやすいのかなど。正直、これは男子が聞いていい話なのか、はなはだ疑問だったが………。
「さて、じゃあ雪さんに筋トレと柔軟のメニュー渡しときますね。あ、それと体幹も一緒に鍛えちゃってください。あるなしで、まったく違うので」
「うんっ!……ってこれ、元からインナーマッスルメインだよね?」
「流石、雪さん。気が付くのが早いですねぇ」
今回の筋トレは、正直目に見える所を鍛えてバッキバキの体にすることが目的ではない。使える必要な筋肉を、必要な分だけ増やす。そして、不要な筋肉は削いで、インナーの体の芯を作る筋肉をいい感じに残していくことが目的だったりする。
「じゃあ、ちょっとずつ頑張っていこう」
「うん、でもいいのかな?」
「え?」
「城崎さん、アブれちゃってるけど………」
「大丈夫、城崎さんは城崎さんで俺と訓練してるからね」
なんたって、毎日練習してるんだ。互いの弱点や、タイミングの悪い所は把握しきっているし、指摘しあっている。
「はぁ、あと一人見つかれば万事解決なんだけどなぁ」
「あはは、私も学校の人誘ってみるよ」
「わ、私もっ!!」
「助かるよ、ありがとう。二人とも」
いつも熱心にサポートしてくれている二人には、任せっきりになりたくない。俺も頑張ろう。
人付き合い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます