第36話 練習
チームを登録する必要などは特になく、僕らはいつもの公園で土日を利用して練習をする。三軍の練習は基本的に午前で終了するため、午後の時間はほぼ空く。俺は、その空き時間を利用して、雪さんや加奈ちゃんとの練習時間に当てた。
これまでは自主練をして微調整をしていた時間だが、人に教えて自分のスキルも磨く貴重な時間だ。
「じゃあ、練習行こうか」
「うん」
城崎さんに先導されて、俺はその後ろを黙々とついていく。町中を歩くときなどは、率先して前を歩いてくれるので大変助かる。急に人が出てきたり、足を踏まれたりしたら転倒するしかないからな、俺。
情けない話だけど、普通に城崎さんの方が危機感も回避能力も高い。
「そういえばさ、どういうポジションで考えてるの?」
「それが問題なんだよね」
「だよねぇ。私と夏樹君でもポジションが被るし、話を聞いてるとあの姉妹もそうなんでしょ?」
ん?俺と城崎さんはポジション被らないでしょ。
「俺と城崎さんはポジション被らないよ?」
「え?」
「だって、君はPGをするべきだからね。俺は適当な空きポジションでいいし、今のところ男一人だから、PFでもいいかなって思ってるけど」
「その足で?」
いや、ほんとそれ。この足でゴール下の競り合いをするのは、結構無理がある。でも、このポジションを女の子に、しかも素人に任せるのはそれはそれで問題なんだよなぁ。
となると、俺がやるのが一番いいように思う。というか、其れしかない。
「バスケとはいえ、ゴール下は接触も多いし選手同士の距離も近いからな。下手に、胸とか尻とか触られるのは嫌だろ。抗議だってできないんだし」
「それはそうだけど………」
「ま、この足だから不安なのはわかるけどね。最悪、ゴール下は捨ててもいいかなって気はしてるよ」
「それはなんとも、特殊なチームができそうだね」
二人して笑いあう。でも、こんな時間が個人的には好きだったりもする。結局俺は、学校に行っても城崎さんくらいしか会話相手がいないし、何故か多くの女子生徒には避けられるようになった。俺ではない何かに怯えているというか、なんというか。あのイケメン君、何かしたのかな?
あまり興味がないので、気にしていなかったが。ほかにも、バスケ談義ができる人が増えると、個人的にはうれしい。
「おっ、もういるね。おーーい!!」
コートでは、既に姉妹が集まって練習をしていた。丁度城崎さんが駆け寄る前に、雪さんがフリースローを放ったところだった。
そのシュートは、これまでとは見違えるほどきれいなバック回転がかかり、一直線に弧を描くとリングの手前を、微かに掠った。だが、そのシュートはほぼぶれることなく、リングの中に吸い込まれて行った。
すっげ、完璧じゃんか。
「え?すっご」
「俺もここまで成長しているとは思わなかった」
「あっ!久しぶり、花音さん!夏樹さんも」
口を開いて思い切り驚いてる城崎さんの奥から、加奈ちゃんが笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。少し慌てた様子で雪さんもこちらに気が付き、小さく手を振って微笑んでいる。
俺も城崎さんも小さく手を振りつつ、駆け寄ってくる加奈ちゃんの突進に備えた。
「うっ、相変わらず元気だね」
「うん!でもね、私のシュートはお姉ちゃんみたいにうまくいかないんだぁ」
「それは、もう一回シュートフォームの確認をしてみようか」
「うん!」
手を引いて駆け出す加奈ちゃんの後ろを、バタつきながらついていく。そんな僕らをちょっと頬を膨らませてみている城崎さんに、手で謝罪をする。そのまま加奈ちゃんはまっすぐに移動すると、3Pライン直前で停止した。
ん?ここは、3Pだからまだ早いと思うけど。
「加奈ちゃん?」
「みててね?」
そう言って、サッ!パッ!とシュートを放つが、そのボールはエアボールとなって消えていった。まぁ、そうなるよなぁ。
届かないでしょ、3Pは。今はまだ。
「加奈ちゃん、まずは2Pエリア内で完璧に入るようにしようか。それはもう、達成できた?」
「んーん、私はお姉ちゃんみたいにできないんだ。どれだけ練習しても、フリースローも、3本以上連続で入らないし、角度が付くと駄目なんだ」
え?もうそんなレベルなの、雪さん。早いな。
でも、そっか。そうだよね、そんな才能が横にいると、少し成長が遅いことがまるで悪の様に感じるよな。
「ふむ、ならば俺と一緒に練習してみるか」
「いいの?」
相当悔しいんだろう、涙こそ出ていないが握りこぶしが軽く作られている。目の間でグングンと成長していく姉。その後ろを、小さく追いかけることしかできない自分。
走る事や単純にドリブルをする事だったら、変わらず加奈ちゃんの方が何枚も上手だ。でも、得点ができる技術という点では、雪さんの方が目に見えてわかりやすい才能がある。
「いいよ。というか、そのための時間だからね。俺の練習にもなるし、ゴール下から順番に練習していこうか」
「うん!」
とはいうものの、彼女はゴール下に関しては完璧に決まる。徐々に離れていくと、板を使用してもばらつきが出てしまい、特に左側からのシュートが苦手だとわかる。それと、シュートを見てみれば、回転は良いが最初から狙いが反れていることも多い。
「加奈ちゃん、まずは最後にあたる指を意識しよう。どの指でもいいけど、最後にあたる指がコレって決まったら、それ以外の指で打たないようにしてみようか」
「指?」
「うん、今見てたら外れる時は打った瞬間に外れてるんだ。ゴールに向かって進んでないときもあるでしょ?それを是正するために、まずは指を固定してみようか」
「うん、わかった」
手先まちゃんと意識していないシュートは、結構バラバラになる。無意識でできるようになればいいが、最初のうちは仕方ない。それこそ、「この指のかかり具合が……」なんて考えられるようになると、結構上級者だ。
指先の感覚の気持ち悪さに気が付けるようになれば、できることも増えるからな。
「うーん、どうしよう」
「ま、悩むよね」
何本か確認でシュートを打った感想が、これである。まぁ、当然だがいきなり「これだっ!」という指が定まることはなく、加奈ちゃんとしてはしっくりくる指がないらしい。
ちなみに、迷っている指を聞いてみると中指と薬指だそうだ。定番は人差し指では?
「どっちでもいい感じな気がする」
「そっか。じゃあ、その指を決める前に一つだけ試してみてほしいんだけど、指をもっと強くかけて打ってみようか」
「?」
男子のワンハンドでは、指をボールに思い切り掛けるか、それとも指をならすのか。それは意見の分かれるところだが、女子のダブルハンドではそうもいかない。ただ、加奈ちゃんの場合はもう少し、力を入れて握ってもいいかもしれない。
「どうやるの?」
「んとねぇ。……こう、相手を威嚇するくらい思い切り肘を張って。その後、ボールは、今より1割くらい力を入れて、握る。手のひらは引っ付かなくてもいいよ。指先で、ボールを握る感じ」
「なるほど」
「で、そのまま真上に放り投げる!」
ピッと放った俺のボールはきれいに弧を描いて、そのままリングに吸い込まれて行った。
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