第34話 先の見えない道に

バスケができれば最高で、それに携わることができるだけでも幸せだと思っていた。プレイヤーになれたら文句なしで、試合に出るなんて夢物語だと、ずっとそう思っていた。三軍で、先輩方と試合するまでは。


一度経験してしまうと、あの快楽には勝てない。試合の音が、声が、においが、雰囲気が、空気が、感触が、あの感情が、ざわめきが、心臓の鼓動が、疲労感が、叫びが、俺の心の中で想起されるんだ。そのたび、絶叫する。


試合に出たいっ、と。


それを自覚しながら、今バスケができること以上に幸せなことを望むのか、もっとやることがあるだろと、俺の理性が叫んでいる。わかっている、高望みなくらい。

医者も先生も言っていた、お前の人生をかけるにはまだ早いと。でも、そうでもしないと、俺は普通になることはできない。


野球なら、代打でも代走でも出る方法はある。でも、バスケにピンチシューターなんてポジションはなく、足を失った選手は終わりだ。障害者バスケの可能性を何度も考えたが、俺はその道を選ぶことはしなかった。


なぜなら、俺は未練がましくバスケにあこがれたからだ。絶対にこのコートに立って、俺は俺のやり方でバスケをしてやるって決めた。ただ、それは難しくてキツイものだっただけ。バスケに必要な、走り続けられる体も急激な切り返しも踏ん張りも、できない。それは、圧倒的ハンデで、交代要員としても無能だった。俺が監督なら、けがする可能性も高く、まともにプレーできない俺を差し出すような真似はしないだろう。


この先の見えない道に、一本の光はある。それは、ワンオンワンの専門家になる事。でも、それはワンオンワンのトーナメントみたいな、意味の分からない大会があればの話だ。そんな大会がないから、むしろ困っているのだが。

3on3の選択肢もあるけど、あれはあれで難しいのかなって気がする。フルコートではない分、楽だとは思うんだけどね。


もう一つの未知は、城崎さんが示してくれる監督やアドバイザー。指導者としての道だが、うん。これは俺にはできそうもない。


「自分がプレーしたくなるような指導者なんて、糞だな」


もしも自分がプレイヤーだったら、それは嫌だ。それに、自分を抑えることができる気がしない。

加奈ちゃんたちの練習を見ているだけで、体がうずうずする。自分でボールを触って、気が付いたらドリブルをしているんだ。無理だな。


「何が糞なの?」

「あぁ、雪さん。いや、俺はこの先どうしたらいいのかなって。バスケできるようになって、試合に情けで出してもらえて、先輩に認められて。最初は舞い上がって、絶対にプレイヤーになるって決めてたんだけど、現実はこれでさぁ?指導者になってみないかって話を貰ってるんだけど、それは微妙だなぁって。俺は指導者には向かない性格だし、どうしたらいいのかなって」

「あのさ。学校でバスケすることにこだわりがある?」

「学校で?」

「うん」


どうだろう、学校以外でバスケできる場所ってストリートか。確かに昔はストリートで死ぬほどプレーしてたし、その選択肢はありか。そもそも、学校のバスケ部でノン練習じゃ足りなくて、そろそろ練習場所を外に移す予定ではあったしなぁ。

あれ、意外とストバスでいいんじゃないか?もちろん、コートなどの材質が違うからこの足でもいいか確認する必要はあるけどさ。


「えっと、その。私が提案したかったのとは違う方面で、答え出ちゃった?」

「え?」


雪さんが、ちょっと困った表情をしていた。

そうだった、雪さんと会話している途中なんだった。でも、ある程度は固まってしまった、というか話そっちのけで考えてたわ。


「その、雪さんの提案って何だったの?ごめん、その。自分の世界に入って考え込んでいた」

「いや、私も急だったからね。いいよいいよ。それで、私の提案なんだけど、バスケ教室っぽいことしつつ遊んでみたらいいんじゃない?」

「教室かぁ、それは面白そうだね」


まぁ、俺にはできないだろうけど。つくづく実感する、まだまだ自分が無力だし道だってこと。教えるにしても、クラスで友達一人作れない俺だとコミュニケーション的な面でも、それに伝え方や技術的な面でもまだまだ足りないからなぁ。


「教室は無理だけど、こうして二人に教えることはできるよ。ただ、俺は人とかかわるのが苦手だし、どちらかというとプレイヤーであることに拘りたいんだ」

「プレイヤーであることにこだわりがあるんなら、そうだね。教師役じゃなくて、一緒に遊べる方が良いもんね」

「………そっか、別に遊び感覚でもいいもんな」

「え?」


試合だって、別に人が集まればできるじゃんか。うん、ストバスで練習の成果を発揮するスタイルにしたら問題ないか。ただ、ここら辺のストリートバスケは大抵解散したんだよね。もう、限られるくらいしかないから、基本的にはチームが金を支払って作ってるところに入るしかないけど。

コミュニティ同士でバスケをしているはず。


「適当に集団を探してみて、俺はそこでバスケしてみようかな」

「えっ!じゃあ、夏樹さんと一緒にプレーできるの!?」

「うがぁっ!」

「ちょ、加奈っ!?」


いつの間にか後ろに移動していた加奈ちゃんが、ロケットの様に突撃して抱き着いてくる。そのまま前に倒れた俺の上に馬乗りになると、背中の上で雪さんと何かしらの攻防を繰り広げているのか、妙に揺れる。

くそ、まじめに考えていたのに…………!!!

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