第33話 観察と実感

何本か動画を取っては、その動画を見て動きの齟齬をなくしていく作業を始めて1時間。雪さんは徐々に自分の認識のズレを自覚し、少しずつだけど修正できるようになった。

途中からは加奈ちゃんも入り始め、俺も気が付かなかった場所に自分で気が付いて自ら修正している。


「私、想像以上にダメダメなんだね」

「ダメっていうか、慣れていないだけでしょ。むしろ、一時間でシュートが20本も入るようになったんだから、十分だと思うけど」

「そうかなぁ」

「うん」


正直、フリースローラインとはいえここまで入るようになるとは想像以上だ。もう少し外し続けるものだと思うけど、彼女の安定感は素晴らしい。フリースローだけなら、もう数時間練習すれば80%近く入るようになるんじゃないか?

連続でも決められるようになっているし、これは早く成長しそうだな。


「ねね、お姉ちゃん!どこ見て打ったら入るの?」

「うーん、私の場合はやっぱり手前?かな。力が弱いから、遠くまで飛ばせないの」

「確かにボールが弾き飛ばされても、私みたいに遠くまで行かないよね。私はいっつも先まで行っちゃうんだよねぇ。やっぱり、力が強すぎるのかな」

「加奈は大人しく板を使えば?」

「それはそれで、意識しすぎると難しいんだよぉ~。むうぅぅ、夏樹さん!お手本見せてくださいっ!」


練習を始めて結構立つのだが、未だ二人ともシュートを黙々と打てている。雪さんの方は小休止を何度か挟んでいるが、加奈ちゃんに至ってはずっと練習だ。腕が付かれてこないのかな。

でも、その楽しそうにずっと笑顔で練習する気持ちはわかるな。俺も結局は、同じことだし。


「うん、いいよー」


ボールを受け取ると、そのまま右手のみで参考にはなりそうもないシュートを放つ。型も何もない、適当に投げるだけの糞シュート。ただ、何年も下積みを受けて、何時間ものリハビリにより手先の感覚はほぼ現役時代と同じ。

外すわけがない。


「「っ!!!」」


二人があまりの適当さに驚くのが分かる。ただ、口を開くよりも先にガンッ!という、シュートとは思えない音が鳴り響く。リングの淵をかすかにかすめつつ、板でバウンドしたボールは、リング内を暴れながらネットへ吸い込まれて行った。


「えーー!!そんなのありなのっ!!」

「入ればいいからなぁ、俺からしたらシュートフォームは自由なんだよね。で、入れる方法も適当でいいんだ。だから、板に当てない方法に拘る必要はないよ?これでも同じ2点だしね」

「いやいや、私の言ってるやつとは迫力も難易度も段違いだからね?」

「私も、そんな入れ方があるなんて思ってもいなかったよ。NBAのシュートをたくさん見たけど、そんなの一本もなかったよ?」

「まぁ、これは公式戦じゃあ使わないよね」


俺は使ってたけど、とは口が裂けても言えない。二人とも、物凄く納得した表情をしているし、無駄な技術だからな。


「まぁ、今のは冗談だけどっ…………ね?」

「おお、ちゃんとやってもきれいに入るねっ!」

「加奈ちゃんは少し狙いどころが低いかも。ちゃんとシュートが入ったところを覚えておいて、毎回そこを狙い続けるイメージかな。もちろん、バランスを崩したりすることはあるけど、今は誰もブロックしてこないんだから」

「うんっ!」


手本を見せてあげれば、直ぐにボールを回収してシュートフォームを形作る。即座に打つのではなく、毎回ちゃんとフォームを自分の中で確認しながら、呼吸を意識してリズムに合わせてシュートを放りだす。

そのシュートは、高い弧を描くときれいに板にバウンドして、そのままリングに吸い込まれて行った。


「おっ、ナイ」

「ちょっと、静かにしてください~」

「え?」


綺麗に決まったところに声援を送ろうとして、雪さんに止められた。シャッと出てきた手に従って、口を閉じて加奈ちゃんの方向を見てみる。

なるほど、これは邪魔したら駄目だな。


「………………」


そこにいたのは、一人前のプレイヤーだ。そうだったな、彼女も違うスポーツとはいえ一級品のプレイヤーなんだ。邪魔されたくないときはある。

黙々と自分の手の感覚を忘れないようにボールに触り、しっかりと狙う所をにらみつける。そして、グッと膝を沈めては軽く開放する動作を繰り返して、今の自分の最適解を瞬時に導き出せるように調整していく。


「加奈は、こういう所があるんの。なんていうんだっけ、ゾーン……というんだっけ?急に、超集中状態に入ってその後は黙々と一人で、ずっと。でも、その時に習得したことは忘れないから、安心できるよ。きっと、この先の加奈は早々外さないし、見ものだよ」

「稀にいましたね、プレイヤーで。試合中に急に変化するプレイヤーが。対戦経験はあるし、何度も手を焼かされたけどまさかこんな身近にいるとは。しかも、ハイレベルだ」

「ですよねぇ、私は全く分からない感覚なんだけどね。ちょっとうらやましいね」

「だね」


俺も、ゾーンに入った経験はホボない。自覚がないし、表現としてゾーンと用いるけど、自覚した瞬間に外れているような気がする。ただ、相手がその状態に入っていることは、目の前にすると一瞬でわかる。

違うんだ、雰囲気が。圧倒的に。


「さて、私たちは反対側のゴールで練習しましょうか。私も、映像で確認した感じと自分で意識している位置が、未だに数センチずれているんですよ。だから、そのずれを修正したいです」

「お、おーけー」

「どうしました?」


数センチって、そこまで調整できるのか?え、俺が適当すぎるだけなんだろうか?手先が掠ればある程度どうにかできると思っているから、そこまでこだわった事はないぞ?

数センチ単位で微調整されたシュートなんて、そんなの芸術品の領域だろ。


「いや、だから雪さんのシュートフォームもシュートもきれいなんだなって」

「ありがとう、それはうれしいな。やっと思い通りの回転もかかるようになったし、フォームも自分好みの理想的な形になってきたんだ」

「なるほどねぇ。じゃあ、あとちょっとだ」

「うん!」


楽しそうに笑ってくれるからいいけど、雪さんは俺の想像の10倍はストイックだった。




この話を加奈ちゃんにしたところ、「でしょ!意味わかんないよねっ!」と非常に嬉しそうに、誇らしげに語っていた。

この姉妹は何なんだろうか

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