第31話 なぜか人溜まりに……

城崎さんは俺の弟子に賛成的だったけど、どうしたらいいんだろうか?俺個人としては、正直そこまで乗り気ではない。人に教えたって言っても、加奈ちゃんと雪さん、それに城崎さん程度だ。しかもアドバイスしたくらいで、ほとんど丁寧に教えるなんてことをしていないし、実験台になってもらうにはなぁ。

ちょっと難しいような気がする。


「今日は集中力がないね」

「あっ、うん。ごめん。切り替える」


そうだ、今は練習中だ。今は、城崎さんから一本取ることを真剣に考えて実践しないと。今日の城崎さんは、これまでと違って本気でプレーしてくれている。俺にも情け容赦ないドライブ、指先まで神経を使っているのがよくわかる。そして、両足のばねを存分に活用したプレーで、当たりも強い。

なるほど、小手先のテクニックだけじゃないのか。しっかりと体を使たプレーを織り交ぜて、自分の強みをしっかりと生かしている。長身のガタイが良いPGとしては、ある程度完成していると思う。

後は、どこまで自分をパーフェクトな形に持っていけるかだけかな。


「はっ!」

「んッ!」

「まだっ!」

「あぁあっっ!」


何度も練習しあって、何となく理解していた弱点。シュートモーションが遅い、一瞬だけ溜ができてしまう悪癖。片足の俺でも、狙っていればバックチップ以外なら、結構簡単に誘い出すことができる。


「む、またこのパターンだ。狙ってるね?」

「狙ってるというか、隙を作ってプレーを誘ってるが正しいかな。抜かせる方向、タイミングを誘導できれば、その後のプレーはある程度は限定されるからね」

「私がシュートモーションに入る時の隙?」

「狙いはそこかな」


自分でもちゃんと自覚しているのは、素直に称賛する。自分の弱点って、認めたくない心半分、気が付かない心半分で、あんまり認められないからな。自分を客観視するって表現することが多いが、実際に重要なのは素直さだと思う。


「何回も同じやり方で取られてるからなぁ。認めるしかないよね」

「とはいえ、すぐに治るものでもないけどな」

「うぅん、大丈夫。すぐに修正できるよ」


この時、俺は冗談だと思った。だが、それは即座に覆されることになる。


俺の頭上を通過したボールが、パサッと、情け容赦なくリングのネットをボールがくぐった。俺の狙っていたタイミングは完全にずらされてしまい、ボールを取る事はおろか、シュートブロックに飛ぶこともできなかった。


「すっげ、そんな簡単に修正できるもんか?」

「今回の指摘に関しては、ね。私も気が付いていたから」

「そうなのか?気が付いていたら、早く修正すればよかったのに」

「どれくらいのタメなら許容できるのか分からなかったからね。でも、今回の勝負で大体のタイミングは掴めたからね」

「溜めの量を探していたのか。不思議なことを考えているんだなぁ」


不思議だ、俺の感覚ではシュートなんてクイックリリースなほど良い。特に3Pなんて、超クイックで打てば打点が低くてもカバーできるだろうし。それ以外にも、シュートの速度が速いと、ブロックを回避するだけではなく試合を円滑に進めることもできるし、体力がなくて飛べないときでも使えるからなぁ。

まぁ、最後のやつはノージャンプだから筋力が必要だけど。


「さて、今日も負けないよ?」

「ふっ、今日こそは勝つ。フェイクの回避方法も何となくつかめてきたんだしな」

「そういえば今日は、フェイントに引っかからないね」


そう、今日の練習では先日の女バス交流会の成果があり、フェイントに殆ど引っかからなくなっている。当然だ、リズムの違いに気が付いたんだから、そこに注意すればいい。リズムのずれ、プレイスタイルの違いは、かなり重要な情報だった。


「フェイクじゃないのに、もうフェイクって勘違いはしてくれないんだ」

「んだよ、気が付いていたんだ」

「あたりまえじゃない、逆なら多分フェイクに見えるんだろうなって気がしていたんだよねぇ。私からしたら、ただのピボットだけどねぇ」

「はぁ、ばれてたんだな」


はぁ、もう少し早く気が付くべきだったなぁ。完全に利用されていたらしい。

くっそ、負けん!




「じゃあ、今日もお疲れ様。今日は負けたけど、明日からは、また勝たせてもらうよ」

「うん、こちらこそありがとう。いや、こっちも負けないぞ」


今日の死闘に関しては、なんとか勝つことができた。フェイクに引っかからなければ、基本的には対処が遅れることはない。処置が遅れなければ、この片足の体でも、バランスが悪い体でも、なんとかなる。

ただ、この綱渡りのような勝負は早く辞めないと駄目だな。


「さて、明日に備えて今日は早く帰ろう」


バスケの自主練もそこそこに、俺も早く帰宅した。普段は、城崎さんと別れてから一時間半は自主練するが、今日はクールダウン程度に抑えておく。体の汗が引いて、疲れがある程度取れたら、カツカツと音を鳴らしながら一人で帰寮した。


はあ、明日は雪さんと加奈ちゃんのコーチングかぁ。いい機会だから、もうちょっと本腰を入れてやってみようかな。

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