第29話 盛大な勘違い
「結局、誰も君には勝てなかったなぁ~」
「そうですねぇ」
「私も。手も足も出なかった」
「いやいや、どの勝負もギリギリでしたよ?」
初戦以降、リードを許すことこそなかったけど、正直余裕はなかった。城崎さんがどの程度の実力者なのか知らないけど、彼女たちのほうが強かった。負けずに済んだのは、本当に運の要素が強い。
そしてそれ以上に、俺の運動量が運動神経が良かった。
「ギリギリっていうけど、点差だけ見るとね?」
「試合運びも計算されてたしなぁ」
「手玉に取られた」
散々な評価な気がする。おかしい、俺は勝ったんだよね?
「勝ち負けとしては俺の勝だし、正直コントロール面でも負けてなかったと思う。手札の切り方、隠し方、戦い方。多分、どれをとっても簡単には負けないと思う。正直、片足の俺にできることは限られてるし、初めからコートを縦横無尽に走り回るみたいな荒業使われたら無理だったよ」
そう、片足がなくて速度の遅い俺に勝つには、フィールド全体を使えばいい。振り切ることなんて簡単で、真正面からの戦闘から逃げればいい。そうすれば、勝つことはできる。
でも、彼女たちは誰一人としてその手段を講じることはなかった。故に、俺が勝つことができただけだ。
「それは絶対にしないよ、だって勝負にならないでしょ?少なくとも、今は練習だよ?」
「そうそう、練習にならない練習も、価値のない勝利も。私たちには絶対に必要ないことだからねぇ。君に無理を言って戦ってもらったのはこっちなんだし」
「手段を択ばないなら、先に滅多打ちにしてけが人にする」
「あはは、それは手段選ばなさすぎじゃないか?」
滅多打ちにされるのは、もう御免だ。できれば、このまま優しい感じで試合してほしいけど、この人たち試合をすると豹変するからなぁ。例外なく、ある程度強いバスケプレイヤーは、バトルジャンキーになる。
少なくとも、こうして男バスの体育館に乗り込んでくるくらいには。
「うん、でも今日の練習はよかったと思う。少なくとも、俺ができることは精一杯やったし、お互いに見えていなかったものが見えたんじゃないか?なんだろう、自分の弱点と強みを改めて確認できたって感じがする」
「そだね、それに私は自分の先を見れた気がするよ」
「先?」
俺の問いに「うん」とうなずくと、女バスでエースをしている彼女は、淡々と言葉を紡いでくれた。
「私は足回りのスキルに頼りすぎてると思う。もちろん、女バスではそれが当たり前だけど、速度がなくてもちょっとした小手先のスキルでできることがあった。足に頼らず、もっと上半身を使って頭を使ってみると、できることが増えるんじゃないかな」
「確かに、そうかもね。あんたのピポットとか、強力だしターンの速度に追いつくのは難しい。でも、ワンオンワンで確実に止められないかといえば、そうじゃないもんね」
「普段から練習で目撃している私たちはもちろん、試合終盤になれば相手だって目が慣れるし、足もついてきてるもんね」
言われてバツが悪そうにするが、こちらを少しだけ期待の籠った瞳で見て来る。それは、一つではなく三つ。
え、なに?
「こっちを見ても、何も出ないよ?」
「ねぇ、禅定君?一つだけ提案があるんだけどさ」
「なに?」
「私たちにバスケを指導する気はない?」
「はぁ?」
ちょっと意味が分からない。俺が彼女たちのコーチになる?そんな未来は考えたこともなかったが、確かに合理的なのか?
心理的には、「いやだ」と叫んでいるが理性が全力でブレーキをかけている。プレイヤーであることに一定の拘りはあるが、それはどうなんだろうか。どうせこのまま練習したって、僕は試合に出ることはないし、むしろ迷惑をかけることが多い。
「きつい居方になるけど、練習しても、君が試合に出れることはない。それは、一級の部活であるこの部だからではなく、最終的には審判からブレーキが掛けられると思う」
「それは、多分そうだね」
否定できない。練習試合だから、この前の試合では止められなかったけど、片足が吹き飛ぶようなプレイヤー危険すぎて止めに入るしかない。それに、相手だって初見であれば気を遣うし、僕なんていつ血が出るのか、歩行不可能になるのか。それがわからないから、審判だって神経質になる。
それに、まだ高校生だ。高校生の僕がこの先の未来すべてをかけるには、重たすぎるのだろうか。
「だから、バスケにかかわり続ける一つの方法として、どうかなって思うんだ」
「私としてもそうしてくれると、うれしいなぁって思うけど。でも、無理は言わないよ」
「個人的には大賛成なんだけど………ダメ?」
バスケのコーチか。誰かに教わることは考えたことがあるけど、誰かに教える立場になろうと考えたことはなかった。そうか、俺のプレイスキルを俺が磨くだけじゃなくて、誰かに託すって方法もあるのかあ。
う~ん、ちょっとだけ考えてみよう。
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