第28話 男女差

「はぁっ!」

「ふっ!」

「んっ!」

「やった!」


ルールを明確に決めて居なかったので、結局は20分間のゲーム形式になった。何度もお互いに点を入れあう激しい展開。でも、どうにも違和感がぬぐえない。

これは、城崎さんとしている時にも感じた違和感だ。なんだろう、試合運びの店舗が違うことは当然だけど、悉く自分の想定外の行動をされる。

なんだ、何が違う?


「いやー、一歩で並んで並走、そこからダイナミックジャンプで得点とかすごい」

「俺なんて大したことないよ、トッププレイヤーたちは並走すらさせてくれないからね」

「そうなんだ、男子ってすごい」

「ね」


他人事のように合意しつつ、何が違うのかを冷静に探していく。彼女のディフェンスと俺のディフェンスではそこまで差がない。彼女の一歩目は若干の遅れをはらんでいる事には間違いないが、致命的にならない。俺も、その遅れを認知できてはいるが、利用できていないので、どちらが先に適応できるか勝負どころか。

でも、オフェンスは違う。小手先の技術というか、攻め方がなんかこう、微妙に違うのだ。攻める所で攻めず、引くところで引く。いつ攻めるのかと考えた瞬間、意識の合間を縫うように攻めて来る。


「行くね?」

「こいっ!」


テンションは最高潮。頭の方はどこまでも冷静に。彼女の一挙手一投足に全神経を注ぎ込んで、一瞬一瞬のフェイントを見逃さないように注意する。ピボットを駆使したボール保持に、時折入れ込まれるフェイント。男子と比較して僅かに突き出しの遅いドリブル、流れるようなステップワーク。

どれも一級品だ。だからこそ、小さな隙があればついていくことができる。


「なっ!?」

「ちいっっ!」


弾き飛ばしたボールは数舜宙を舞うが、その着地地点に俺はいない。俺の手もなければ、足もない。ただ、彼女の手を離れて少しだけ後方に落下したに過ぎなかった。

ボール保持自体は解除させることができるが、僅かにリズムがそれたに過ぎない。


「まさか、手が出て来るとは」

「隙があったから。でも、毎回できるものでもないし、君レベルなら一瞬で修正できるでしょ?」

「ひどいこと言うね」


挑発すれば、好戦的な笑みを浮かべる彼女。正直、今とれたのはただの対格差だ。俺のほうが腕が長くて、彼女の想定を超えていたにすぎない。たったそれだけのことでも、絶望的な差になるのが対格差だ。俺と彼女では彼女のほうが身長が高いけど、腕の長さは俺のほうがあったらしい。


「うん、でも負けない」

「いいね」


城崎さんよりも熱い、今にも鉄を溶かしてしまいそうな程に燃えている。その両目をまっすぐ正面から見つめ、俺は最悪の一手を繰り出した。


「ごめんね」

「えっ!?」


彼女の驚くような声が聞こえたが、もう遅い。試合終盤、ここまでずっと温存してきた秘密兵器。3Pライン2m後方からの、ノーモーションシュート。無駄なフェイントも、警戒心を煽る闘争心も、狙いを定める仕草もすべてが要らない。

これは、一瞬の虚を突くためだけの攻め。


「入るんだ、それで」

「ああ」

「もう、油断しない」


ここで挑発の一つでもできればいいけど、今は俺のほうが負けているのが現状だ。点差は徐々に開き、詰め、今はガード成功からの3P獲得で一気に詰め寄れた。後、4点。残り時間、4分。

まだいける。


「負けないっ!」

「当たり前だろ?」


けが人だからなんだ、相手が女子だからなんだ。知るか、そんなこと。

それに、違和感の正体だってやっとつかめてきたんだ。理解できつつある。それは、運動量の差だ。俺たち男子と女子のバスケプレーは、基本的に変わらない。しゅーほフォームがダブルか、シングルなのか、それくらいの差はある。ただ、それが違うことは、打点の出方が低いだけで他には害をなさないはずだ。

では、何が違うのか?運動量だ。男子が一気にダンクやドリブルで一気に切り込む場面でも、彼女たちは冷静にピボットやステップを利用して抜いてくる。

それが、圧倒的なまでの違和感を生み出す。停止直後に繰り出される様々なステップは、こちらの行動を毎回停止させるし次の行動を読ませない。また、ボールを奪取する隙が無いだけではなく、徹底的にガードされたボールなんぞ容易に奪うこともできない。

というか、本当に慣れないっ!どれだけ、城崎さんが俺に合わせてくれていたのか理解できる!後で絶対に本気の彼女ともう存分やりやってやる!


「だから今、君を超えていこう」

「え?」

「なんでもないよ」

「そう、でも楽しそうだね」


この慣れないリズム、感覚、読みあい、そして高レベルな技術。すべてを飲み込んで、自分の物として歩く。プレーの質を意識して、後の先をとれるように頑張ればいい。

大丈夫、冷静になればいいだけだ。一歩稼ぐだけでいい。


「へぇ」

「いいよ?」

「絶対に抜く!」


ここにきて、更にギアが上がる。一段階ではなく、急激に二段階。一気に加速する彼女を、俺は補足しきれなかった。あっさりと抜かれた俺は、ほとんど抵抗することもできず、レイアップシュートを許してしまった。


「どうする?また開いたよ?」

「大丈夫、俺は三点ごとに詰めていく。時期に追いつく」

「そう簡単にさせるわけないでしょ?」


互いにニヤリと笑いあうと、獰猛な笑みだけを携えて突撃する。ただ、俺が宣言通り3Pを打つと本能的に納得しているのだろう。彼女は抜かれることを前提に、ディフェンスを徹底的に詰めて来る。


「っ!!」


細かなドリブル、彼女のプレーを真似するかのようなステップ、ダブルドリブルスレスレのボール保持。ギリギリの場所で、綱渡りをするように俺はリングとの位置をミリ単位で微調整する。フェイントも要れる、時折シュートモーションに入ろうと画策する。

その全てをおとりにして、パサッというネットの音を体育館にまた一つ響かせた。


「負けない」

「いいや。もう、俺の勝ちだよ」


さっきはおいて行かれた。一瞬で加速した彼女を前に、成す統べもなく。でも、負ける理由にはならない。それは、三年の稲荷崎先輩や島岡先輩に比較すれば圧倒的に遅い。日本高校生トップクラスと比較すると、残念だがまだ遅い。

さっきのは、俺が甘えていたからだ。心のどこかで、女子だと見下していたからだ。

相手は、トップクラスの最高レベルのプレイヤーだぞ?


「なっ!」

「………」


感動も、喝采も、何もいらない。俺は、今目の前のプレイヤーの敵として、最大の敵として立ちはだかることができれば、それでいい。

勝利も敗北も、拘りも、今は不要だ。ただ、勝つために、俺の最前手を繰り出すだけでいい。



そこからは、淡々とした試合が続いた。それは、一方的な蹂躙劇ではなかった。ただ、点を取ることはお互いにできるのだ。でも、互いの攻撃を止める手段を持たない。僅かな隙、微かに見える細い糸を手繰るように、手札を出したり戻したり、時にはカードを裏返したりしながら、俺たちは互いに得点を重ねていった。

だが、これまでとの違いは俺が毎回3Pを決めている事、彼女の攻撃を俺が止めることはあるが、その逆がないことだ。


「なんでっ!」

「簡単だ、俺も女バスを見ることに慣れただけだよ」

「慣れ、た?」


違和感の正体、城崎さんから違和感を感じずに済んだ正体。

簡単だ、男子が女子の試合を見ることが少ない。男子が女子のプレーを本気で分析することが少ない。女子のプレーを参考にしていない。普段から見慣れていない。

ただそれだけで、その逆は成立しなかっただけだ。


「女バスのすごさは理解した、そのテクニックもね。なら、その状況に慣れればいい」

「私が取れない理由は?」


不思議そうにしている彼女に、俺はフッと笑って一つだけ答えた。


「俺のボールは、引退した3年生も取れなかったよ?簡単には」

「納得」


その掛け合いを最後に、俺はセンターライン一歩前からシュートを決めた。エース様との対決は、無事に俺の勝利で終わった。

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