第25話 その練習は誰の為に

「必死で練習して血反吐を吐いて、ほかのすべてを犠牲にして。その先に、お前たちは、一軍レギュラーの道を、全国大会優勝の道を歩くことができる。もちろん、才能という絶対的な壁も存在するだろう。だが、それは全員が全員ぶつかるものではなく、基本的は努力の質と量がものをいう世界だ。そんな世界でお前、『努力は足てないけど試合に出たいです』なんてやつを、どうして優遇しようと思える?」

「いえ、それは無理だと思います」

「だろう?だから、君がするべきことは違うんだよ」


確かに、俺がやることは今の三軍を変えることではないのかもしれない。目の前に立ち塞がる、今打ち砕くべき壁を壊すことこそが、本懐なのだ。

だが、とはいえこれ以上練習場所を変えることはできない。相手も望めない。なればこそ、意思改革が必要だと思ったがそれは難しそうだ。


「まず、君がしなければならないことは城崎花音という少女に勝つことだ」

「俺が、城崎さんに?」

「ええ、まだあなたは全力の城崎さんに勝てていない。それこそ、片足というハンデを抱えて勝つことは難しいでしょう。でも、手加減されたままの勝負に何度勝とうとも、君の成長にはつながらない。もっと、彼女に本気でぶつかってもらえばいい」

「俺は、城崎さんに手加減されていたんですか?」


それはショックだ。楽しそうに、嬉しそうに、真剣にバスケをする彼女を尊敬していたのに。なんだろう、ちょっとだけ裏切られたような気分だ。そんな俺の内心を見透かしたように「なんだ、気が付かなかったのか?」と、嘲笑うような態度をする先生。

俺は、なぜ気が付かなかった。上級生との試合で、手加減されていることにはすぐに気が付いたのに。


「君、自分がうまくなったと思って奢っただろ?目の前の相手が合わせてくれていることに、気が付かないくらいには」

「それは………」

「ちゃんと勝利をしていないのに、勝ったつもりになっている。それは、あまりに勿体ない行為だと思わないか?きちんと向き合い、真正面からまずは衝突してみなさい。彼女は、それくらいで臆するような、弱い少女ではないだろ?」

「そう、ですね」


恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。何が、意識を向上だ、可哀そうだ。恥ずかしい通り過ごして、自分が気持ち悪い。え?は?はぁ?はぁぁ?いやいや、マジでないわ。ありえないんだろ、無理だろ、キモすぎるだろ?

何時から俺は自信家のナルシストになった?今すぎ死にたい、消えたい、死にたい、はぁ~~~。本当に死にたい。


「お、おい、大丈夫か?」

「え?あ、あぁぁあ、はい。ただの自己嫌悪なので気にしないでください」

「お、おう」


先生が思い切り心配しているけど、そんなこと気にできない。マジで、キモイ。振り返ってみて、自分の発言を思い返すと今すぐに首を切りたくなる。やっばい、バスケできないときよりも、今のほうが情けなさと恥ずかしさと、自分のキモさ加減に死にたい。


「ま、まぁ。何はともあれ、お前が納得できればよかった」

「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」

「ん?」


先生は俺のことを心配そうに見つめながらも、しっかりと俺の言葉に耳を傾けてくれた。ちょっとだけありがたい。


「どうして、城崎さんは俺を相手に手を抜いてプレーしていたんですか?」

「お前が片足ってのもあるが、小手先の技術だけならまだお前から学べることが多いからだろうな。お前、事故してから上半身の動きも若干固くなってるけど、手先や腕のしなり具合に関しては、未だにピカ一だからな。正直って、全国大会には何度も足を運んでるけど、お前よりもドリブルがうまい選手は見たことないぞ、俺は。だから、勝負もしているつもりだろうが、どこかで学ぶという意識があの子の中にあるんだろうよ」

「なるほど、いつの間にか見取り稽古になっていたんですね」


言われてみて直ぐに思い当たる程度には、自覚があった。確かに、どこか攻め切れていないというか、こちらの動きを観察しているような視線は向けられていた。あれは、城崎さんの中ではただのワンオンワンではなく、俺からどれだけの技と技術を盗めるのかという、別のゲームだったのか。


「はあ、情けない」

「ま、こればかりは経験だろうよ」

「頑張ります」


情けなさを感じつつも、俺のバスケで彼女が上達してきているのも事実。ただ、それを素直に喜びつつも、俺自身が次の段階に行くにいは、俺も今の心境のままでは駄目だということだ。もっと頻欲に、貪欲に、我欲にまみれた我の強い行動を心がけていく必要がある。


「おっ、いい目をしてきたじゃねぇか」

「あはは、ありがとうございます。当面の目標が定まったので、まずはその目標をクリアしてみようかと思います」

「ほう?聞いても?」


興味深そうにしている先生に、俺は立ち上がってから答えた。今にも動き出したい、バスケをしたいと叫んでいる体を、無理やり抑え込んで。


「男女関係なく、俺は一年の中で一番上手いプレイヤーになって見せます。ドリブル以外でも、総合的にトップをとれるよう。そのあと、三年生たちに挑戦してみますよ」

「ふっ、楽しみにしている」


わくわくとした雰囲気を隠すこともなく、先生は楽しそうに弾んだ声で応援してくれた。ならば、俺はこの道を歩くだけ。

まずは、誰にも負けないようにならないと。


「じゃあ、俺はもう用済みだな」

「先生、ありがとうございました!」


俺は先生に直角にお辞儀を披露すると、バンッ!と大きな音を立てて扉を閉め、速攻で走り出した。

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