第24話 三軍という問題
「先生、三軍の人間の意識向上は難しいですか?」
「うぅぅん」
職員室から面談室へ移動し、俺は開口一番先生にそう質問していた。ただ、先生は難しそうに眉を顰めるばかり、その行動がすでに答えであることは明らかだった。
つまり、現状の三軍の在り方は間違っていないということ。
「確かに、君の言う通り今の三軍はやる気がない。あたりまえだが、三軍はやる気のない部員や、事情を持つもの、または著しく実力が低いものの為にあるからだ。別の部活動なり、青春行為なり、何か別の価値を見出す場所であるからな」
「確かにそうですが、このままだとマネージャーの皆さんにも申し訳がないじゃないですか。いつも練習はサポートしてもらっているのだし」
「いや、それも問題はないんだ。彼女たちも同様に、毎日の練習に来てサポートしているわけじゃないだろ?」
「え?」
いわれて思い出してみると、確かに城崎さん以外の人はみんな惰性的というか、どこか手抜きだったな。毎日来ている城崎さんを見て、皆そうだと錯覚していたがよく考えればそんな人、誰もいなかった。
「さて、折角頼ってくれたわけだし。いま、禅定が抱えている問題が何かを明らかにして、それを解決していこう」
「あっ、はい。よろしくお願いします。早速ですが、三軍のみんなのやる気がない態度が本当に気になります」
「だが、それで禅定に何か問題があるのか?お前のやる気はそれ程度で下がるものか?」
「いえ、俺は問題ないですが。なんというのでしょうか、三軍メンバーの一人として、一回も公式戦に出れずに、使いつぶされる感じで終わるのは勿体ないと思うんですよ」
「まぁ、それはわからなくもないが。お前の意見は、もっともだよ」
ですよね、と言おうとしたとき、先生は手を上げて俺に待ったをかける。俺の意見に関して理解は示してくれるのに、賛同はしてくれないということだろうか?
「だが、それをどれくらいの人間が望んでいる?」
「いや、それこそクラスメイトの三軍も、バスケ部であることにある程度の自身も誇りもあるようですよ?クラスの中で自慢するくらいには、ですけど」
「だが、それは純粋にバスケプレイヤーとしてのものなのか?邪な、無駄な感情はなく、一人のプレイヤーとしての向上心なのか?」
「それは………ちょっと、違うかもしれません」
彼らは、結局「バスケ」というものを手段にしているところはある。それは否定できないし、バスケ部に入部しているのも話題作りなのかもしれない。
先生に詰められてしまえば、心の中でかすかに湧き出たその疑問を、俺自身が否定する事ができなかった。
「であれば、三軍として諦めさせるという意味を全うしているのだから、問題ないだろ?」
「ですが、三軍のみんなもまじめに練習しています」
「それはみんな一緒だろ?お前もそうだし、二軍や一軍の連中は三軍の倍近い練習をしている。そんな奴らを前に、頑張っているから仲間にしてやれなんて、俺は口が裂けても言える立場じゃない」
「それは、確かにそうですけど。でも、最初から諦めることを強要されて、その中で頑張るのなんて無理ですよっ!希望も何もない」
「では、仮に二軍の練習に入れたとしよう。三軍ごときの練習で根を上げている連中が、ついてこれるのか?そのせいで、二軍の連中の士気が下がったらどうしてくれる?」
「それこそ、二軍の人たちの問題ですよね?足手まといがいても、自分をトコトンまで追い込むことができるかどうかは重要です」
「いや、それ以前にそいつらがいることで練習の質が下がるんだよ。レベルが下がってしまうし、そんな奴らに気をかけられるほど俺たち教員も暇じゃない」
「っ!」
まずい、なんもい返せなくなった。確かに、先生が言っていることは正論で最もだ。うちのバスケ部は強いし、練習量だって生半可じゃない。上位の連中は、普段の練習に加えて自主練もするし、自分で情報を集めて自主的に行動している。三軍で遊び感覚で部活をしている人からしたら、其れこそ異次元に見えるだろう。それは仕方ない。
でも、だとしても。俺はこんなところで、終わりたくない。
「あのよ、禅定」
「なんですか」
「お前、正しく欲が出てきたんだな?」
確信をつくような先生の発言に、「欲?」と俺は半ば整理しきれない頭で答えた。欲、とは何の話だろうか?俺はいつだって、バスケ欲が全開だからな、今更そんなことを言われても困る。
「お前、もっと上のレベルで練習したいって思ったんだろ。今の状況だと、限界を感じてるんじゃないか?」
「それは、確かに………そうかも、知れません」
「その欲は正しいものだから、別に恥じることはない」
いわれてみて、初めて気が付いた。確かに、そうかもしれない。なんだかんだ理由はつけているが、俺は今の練習内容に満足していない。まだ体力も完璧には戻っていないが、できるプレーは増えてきた。ぎこちなさも徐々に減っているし、思い描いたプレーは7割くらい実現できている。全盛期と比べると、半分ちょっとの実力は安定して出せていると、城崎さんに太鼓判を押してもらえている。
その城崎さんとの練習を通して、俺はもっと自分の可能性を試したいと感じるようになったんだ。
「禅定、君の価値観は間違っていない。練習し、努力し、頑張ったものは上に。さぼり、遊び、適当に過ごしたものは、トコトン下に。それは、ある意味で結果主義であるといえるだろう。でも、その結果主義を用いるのであれば、正しく使う必要がある」
「正しく、ですか?」
「ああ、数字だ。結局、努力した量なんていくらでも言い訳できるだろ?でも、数値化された、定量的な結果は違う。それはすべてのものを公平に比べることができる。その上で優劣をつけることが重要だろ?」
「それは、確かにそうですね」
何時間練習した、何本シュートを打った、何本パスを出した。そんな練習よりも、何度サポートしたのか、何度得点したのか。そうして、正確に数値化されたものでなければ、判断として透明性もなく、曖昧な脆弱な物であるという外ない。
「であれば、今の三軍の状況は何も問題がない。問題なのは、その最底辺でも常に上を見て努力を続けることができる存在だ」
「………それが、俺だって言いたいんですか?」
「いや、時折いるんだよ。お前以外にも何人もいるし、中には一軍で活躍できるまで練習したやつもいた。二軍に上がるやつは少なくないし、むしろ三軍で終わる人間はレアだ。だが、奴らは皆、自分で自分の為に練習し、上昇していったぞ?」
「確かに、自分で練習するのは重要です。でも、バスケは個人技ではなくチームプレーです」
「なるほどなぁ、確かに君の言う通りかもしれんな」
先生はポンと手をたたくと、「なるほど、なるほど」と深く頷くことを繰り返す。それは、俺への反論を探しているのではなく、俺に対して本当にその回答でいいのかと確認をしているように聞こえる。
気まずい沈黙、嫌な静寂、先生の感情のない冷たい瞳が、眼鏡越しに俺の目をジッと見つめて来る。まるで祭壇の上で、生贄にでもささげられているような気がする。
それくらい、変な気まずさがある。
「だがしかし、その判断で本当にいいのか?」
「どういうことでしょうか?」
「その判断で行くと、俺たち評価者は平等に評価するしかない。わかるか?練習しているかしていないか、関係ないんだよ。モチベーションもなんも要らない状態で、試合に勝ったか負けたかだけで判断する。それは、本当に優秀な選手が埋もれる可能性がでかいだろ?」
「それはそうですが、そこまでは言ってないです。極論すぎますよ?」
「だが、それは理想論だ。サポートなどの数値的評価と試合の勝ち負けを含めて評価するなんて、無理だろ。試合に負けるのは、一人が強くても意味がないからだ。もちろん、全体の息が合い、阿吽の呼吸で視線誘導も必要としない完ぺきな連携ができるのなら、それは武器だ。その場合などは、アシスト数がすごいことになることで、おそらくだがチーム単位での昇格があり得るだろう。だけど、それをするにはそもそも全員が文字通り血反吐を吐くほどの練習をしていることが前提だ」
「それは、そうですけど」
「それくらい、練習しているのか?」
「…………」
カチャッ!と、小さく眼鏡を押し上げて、俺をキリっと見つめる先生を前に、俺は乗り込んだ時の勢いを完全に失い、沈黙するしかなかった。
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