第22話 翼の生やし方

城崎さんと二人で練習している途中のことだった。


「ねぇ、夏樹君はどうやってジャンプ力を強化してるの?」

「ジャンプ力?」


聞き返してみれば「うん」と言って、不思議そうにしている彼女。まぁ、確かに自分よりも身長が低い人間が、最高到達点で3m30超えてれば気になるか。


「簡単だよ、真上に飛ぶ練習を死ぬほどしたらいい。毎日、何十回何百回とジャンプだけを練習するんだ。その後に、飛び方も矯正してく必要があるんだ。まぁ、今の城崎さんに必要なのは、飛び方かな」

「飛び方?でも、そんなのバスケだと限られてるよね?」


城崎さんの最もな問いに「確かにそうだね」と返しつつ、俺は立ち上がって大きく手を振って見せる。


「こう、体育の教師とかはこれで体が浮くとか不思議なことを言うんだけどさ?実際にはそこは関係なくて、全身の運動を連鎖させればいいんだ」

「運動の連鎖?」

「そう」


大事なのは、シュートと一緒なのだ。結局、人間が蓄えることができるエネルギーの総量は同じで、生み出すことができる総量にも限界がある。その生み出したエネルギーを全部きれいに使い切る、生かすことが大事なのだから。


「腕を振る時に大事なのは、真上に上がるようにしっかりと後ろから振ること。前にではなく、真上に上がるように。そのタイミングに合わせて、しっかりと屈伸運動をして、できるだけ高く飛べるように背筋を伸ばして、上空ではやや反り気味にする。なお、踏み込みに関しては両足が理想的で、しっかりと母指球に力を入れて全力で地面を踏み込めばいい」

「な、なるほど」

「まぁ、あんま考えたことなかったでしょ?でも、真上に確実に飛ぶことが大事なのは、変わらないの。だから、真上に飛ぶために必要なことを、一つ一つ丁寧に神経を使って補助していけば、飛躍的にジャンプ力ではなく到達点が上がるよ」

「ちょっと練習してみる!」


すぐさまリング下まで走って行って、アドバイスしたとおりに腕を大きく振ってジャンプする。それは、ちょっとだけ不格好だけどさっきよりは勢いがあるように見えた。とはいえ、空中姿勢に関してはまだまだで、折角の勢いを空中に上がる途中で殺してしまっている。あと、まだまだ踏み込みが甘い。


「まだ踏み込みが甘いかな。もっとブレーキしないと駄目だと思うよ」

「ブレーキ?」

「うん、走りこんだ勢いを完全に殺しきるための踏み込み。しっかりと自分の全体重を支えて、そこまでの速度も完全に殺しきる。殺した勢いを、ちゃんと上の方向に向けられるように意識して飛んでみて?」


ジャンプするとき、ここまで完璧にフォームを作って飛べることは少ない。それこそ、アリウープをするかソロリバウンドをするか。そんなタイミングでしかできない荒業だけど、基礎ができていれば応用も可能だ。


「おっ」

「おぉぉぉ~~~」


再度アドバイスをしてから、三回目のジャンプ。大股に開いた踏み込み、最後にはきっちり両足を揃え、一気に踏み込む。ドンッ!という大きな音を鳴らし、即座に飛び上がる城崎さんは、先ほどまでと比較し、明らかに高く飛んでいた。


「と、飛べたっ!」

「うん、いい感じだね」

「すごいすごいっ!!」


俺の手を握って嬉しそうにクルクルと回る城崎さん。満面の笑みを浮かべて、本当にうれしそうだ。

ダンクできる程のジャンプではなかったが、これまでより飛べるのは明らかだ。高く飛ぶことができれば、あとは空中姿勢を練習して、助走のバリエーションを増やすのみだな。


「じゃあ、もっと練習していろんなことができるようになろうか」

「うん!」


それから俺たちは、3時間みっちりと練習をした。最終的に先生が乱入してきて、「練習終わり!いつまでやってんだ、一軍ももう帰ってんぞっ!!」とお𠮟りを受けるまで、互いに笑顔を浮かべながら練習を楽しんだ。





「いやー、私でもまだまだ飛べたんだね?」

「ん?まぁ、もう少し筋力は必要だけど、空中姿勢もうまくなればレイアップとかジャンプシュート系で困ることはないんじゃないかな」

「そっかー」


嬉しそうに、「クフフ」と含み笑いをしている城崎さん。そんな彼女を見ていると、本当にバスケが好きなんだなってわかる。昼間の喜びようも、その時に浮かべた笑みも、本当にきれいで尊いものだった。それくらい、彼女は純粋に楽しそうにバスケをする。俺もバスケバカだと思うけど、彼女程ではないだろうな。そう思うと、ちょっとだけ悔しい。

誰よりもバスケが好きなんだと思っていたのに、こうして目の前で俺よりも好きなんだろうな。そう素直に認められる存在が出てくると、グゥの音も出ないな。


「なんだろう、なんか悔しい」

「なんで?夏樹君、もしかして私が追いつきそうになって焦ってるの?」

「いや、君のほうが俺よりもバスケが好きだから。俺は、誰よりもバスケが好きなのかなって、ずっと思ってたんだけどね」

「あはは!そんなことで、君も落ち込んだりするんだ」

「そんなことって………」


個人的に落ちこんでるのに、結構本気で悩んでるんだけどなぁ。今気が付いた事だけど、今しか考えてないけど。心が支配されて、こうして無駄に悩んでしまうくらいには、悔しいのに。


「あはは、だってさ。君はどれくらいバスケが好きなのかって、どうやって決めるの?人には好きなものがたくさんあるのに」

「いや、でも俺にはバスケしかないから。だから、少なくともほかにもあってとか、それは難しいかな。それに、バスケしかないからこそ、ほかの人よりも楽しんで真剣になれると思ったんだけどなぁ」

「あ~、なるほどぉ」


なんだか、物凄く嫌な予感がする。その予感が的中していることを示すかのように、彼女はニンマリとゆかいそうな笑みを浮かべる。ただ、楽しそうにしている反面、ちょっと恥ずかしそうな感じもした。


「私の笑顔に惚れちゃったんでしょ?」

「………っえ?」


ん?どういうこと?


「確かに君の笑顔はきれいだなって思ったけど、惚れたのかな?」

「くっ!この鈍感め!」

「え?」


しばらくポカポカとたたかれながら、僕らは寄り添うように仲良く駅まで向かった。

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