第21話 試験終わりと二人の練習
テスト終了のチャイムの音を流し聞きしながら、俺は回答を書いていたシャープペンシルを机の上に投げる。今回のテストの結果は帰ってこなければわからないけど、たぶん問題はないと思う。
計算通り解けていれば、ちゃんと勉強の面で特待生を獲得できるはずだ。
「いやー、やっとテスト終わったなぁ~。なぁ、この後どうする?」
「ああ?今日から部活あるんだぜ?」
「マジ?サッカー部はすげぇな」
「お前もバスケ部だろ?なら、練習ねぇのか?」
「俺は三軍だからなぁ。今日は練習休みなの」
「へぇ、じゃああっちのグループ混ざって来いよ。あっちのグループはこれからカラオケで打ち上げするらしいぞ?3組の生徒もくるって言ってたから、もしかしたら城崎さんも来るかもしれないから」
「まじかっ!?っつーか、なんでお前がバスケ部三軍のアイドルの存在を知ってるんだよ」
「はぁ?勝手に彼女をバスケ部のものにしてんじゃねぇよ!あれは、一年全員の共有財産だっ!」
いや、人を勝手に共有財産にするなよ。
というか、城崎さんが美人なことは自覚していたけど、その人気はすさまじいな。他クラスでも、結構有名人なんだなぁ。生きるの大変そうだ。
「今日も一人で自主練していきますかぁ。いや、久しぶりだな」
中間試験期間中は、簡単な体力トレーニングしかできなかった。少しランニングして、筋トレをする程度。自分のそれらが劣化しないように、維持するだけのメニューをこなしていたが、もう少し頑張りたかったところだ。
具体的には、ボールに触って色々と練習したかった。
「あっ、ちょっと待って!禅定君!」
「はい?」
バスケの道具をまとめてルンルンと教室を出ていこうとしたら、クラスメイトの女子生徒に声をかけられた。なんだろう、話したことはないと思うけど。何か、委員会に入ってる人かな?
「あの、この後お時間って空いていますか?」
「ごめん、用事があって」
「そ、そうですか……。そ、それは、学校で……ですか?」
「そうだね。これから部活に行こうと思っているんだ」
そう、早くバスケをしなければ。体育館と、スキール音とバスケットボールが俺を待っているのだから。
「えっ!?でも、さっき田崎君が、三軍は練習はないって……あれ、えっ?…………あと、え、その……」
「あははっ!慌てすぎだってっ!ねね、今日は三軍の練習ないでしょ?一緒に打ち上げいかない?私たち、ファミレスに行こうかなって話しててさ~」
テンパっている彼女の後ろから、ニョキっと生えるようにクラスメイトがもう一人顔をのぞかせた。名前は、なんだっけ。まぁ、いいか。
二人もクラスでは人気者だった気がするけど、俺を誘ってくれるのは馴染んでいないことを機にかけてのことだろう。とはいえ、正直これに関してはあきらめているからいいんだけどなぁ。
「誘ってもらえることは非常にうれしいんだけど、ごめんなさい。今日は練習なんだ」
「いやいや、さっき田崎の奴が練習はないって言ってたよ?ってことは、それは嘘でしょ」
「ん?ああ、確かに三軍としての練習はないけど、俺の個人練習があるんだ。先生から許可も貰ってるしね。思い切り練習できる、貴重な時間だからなぁ。それに、約束もあるから、練習なしにはできないんだ。ごめんね?」
そう、今日の自主練からはもう一人参加者が増えることになっている。三年の二人も誘ったんだけど、「馬鹿が」と言われて一蹴されてしまった。テスト後の振り返りが重要らしい。なるほど、道理だ。
「そっかー。それ、どうやっても無理って感じ?」
「うん、今日は俺はバスケが優先かな」
「だって、残念だけど今日の打ち上げには無理に誘えないよ。ほら、行こっ」
「え……いあ、うん。あの、急に呼び止めてしまって、ごめんなさい」
「こっちのほうこそ、せっかく誘ってくれたのに申し訳ない。ごめんね、参加できなくて」
ぺこりと頭を下げて俺は、体育館に向かった。後ろから、なんか声が聞こえたような気がしたけど。
「あっ!やっと来たーー!」
「ごめん、城崎さん。抜けるのに想像以上に時間がかかった」
「もう!私は準備できてるから、早くしてね?」
プリプリと怒りながらも、すでに完璧に準備を終えている城崎さんからボールをもらって俺もアップを始める。言葉の通りすでにアップも完了して、手首の感覚すらチェックしている彼女に見られながら、俺も淡々とアップをしていく。
「そういえば、夏樹君はテストどうだった?」
「ん?多分、平均で9割はあるから問題ないと思うよ?」
「へ?」
タン、タタン……
力なく、ボールがコートに落ちて転がる音が響いた。どうしたんだろう、なんか変なこと言ったか?
「そんなに勉強できたの?」
「え?まぁ、学校のテスト程度ならね?それ以外のことは正直ほとんど意味が分からないけど」
「そうなんだ、でも9割とれるって凄くない?私には無理だなぁ~」
「まぁ、得意不得意はあるよね」
俺も記憶系の科目は非常に苦手なため、結構時間がかかる。結局集中して何回も繰り返し勉強を続けるしかないんだけど。それでも、その苦行を意識的にできるかどうかは、結構個人差が強く出てくる。
「まぁ、テストなんて帰ってくるまでは反省しても仕方ないよ。今はバスケに集中しようよ」
「そ、そうだよね、うん!私も、気にせずに今日はバスケ楽しむことにするよっ。ずっと楽しみだったし、夢に見てきたことだからね」
「そうなの?」
「そうだよ、一回でいいから夏樹君と体育館でバスケをしたかった。試合をして、実力を見せ合って、鎬を削りあって支えあう、そんなライバルになりたかったんだ」
恋する少女のように頬を染めて夢の中頃といったように話す城崎さんは、なんだかこの世界にいないような。まるで、物語の中から突然沸いて出てきたのかと、そう錯覚してしまうほどに、幻想的できれいだった。
確かに、クラスの男子が「共有財産」と言ってはしゃいでしまうのも、この表情を雰囲気を感じてしまえば、納得できる。
「あっ……、うん」
「どうしたの、いつもみたいにハッキリしゃべらないで」
「あ、ああ。ごめん、ちょっとだけ考え事をしていた」
「そ?」というと、彼女は再びシュート練習に戻ってしまった。165cm程度の身長に似合わないジャンプ力から繰り出される高打点シュート。あれ、女子で止められる人は結構少ないんだろうなぁ。リリースも早いし。
それから少し練習をして、「じゃあやろっか?」という声に従って、俺たちはハーフコートラインを基準にしてワンオンワンを始める。
今日の練習というか、今日からの練習だ。今日からは、徹底的に実践ベースで練習していくことにした。そして、先日のストリートでの動きを見て、しっかりと彼女のレベルを確認した。
話を聞いてみると、今は地元のクラブチームで男子に交じって練習しているようだ。ちょっと浮いてしまうことが問題だが、シュートやパス、ドリブルの練習は十分できるとのこと。普段の部活動の間は、俺の動きを観察して練習をパクッて、何を意識しているのか観察していたらしい。
大学になれば、再びコートに立つのだろうか、彼女は。
「じゃあ、私が先行で」
「うん、先にディフェンスするよ」
「行くね」
俺が構えたと同時、即座に踏み出された右足は俺に並ぶには一歩足りない。ただ、しなやかな動きで繰り出される連続的な動きのドリブルは、タイミングがとりずらい。ちょっと無防備に感じるドリブルだけど、手を出そうとしてもとれる気配がないし、こちらのタイミングをうかがってきている。
超至近距離で真正面から向き合う。お互いに細かいフェイントを入れあいながら、時折意図的に隙を作って行動を誘ってみるが誘いに乗ってくれない。簡単に誘いに乗ってくれたら、早く終わるのになと思いながら、その視線の動きを捉えることに神経を集中させる。
「っ!」
「なっ!」
一瞬、ほんの一瞬だけボールが浮いたタイミングで右手を突き出す。そのまま、城崎さんの下に滑り込ませた手は、見事にボールを奪取することに成功した。
タイミングが難しいとはいえ、目の前でリズムを崩すことなく一定の間隔で、しかも意識が散漫になればとれる。まだ、ちょっとだけ甘いね。
「うん、甘いね」
「くっそーーー」
悔しがる彼女をよそに、俺はハーフラインに戻るとボールを構えた。
今日は、たくさんやりあおう!
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