第15話 変化は唐突に

練習試合が終わり、一週間程度は三軍の意識も高い時間が続いたが、結局すぐに鎮静化された。監督に関しては、あの試合から三週間がたった今でも高い意識を維持しているが、その労力に見合った成果が出ているとはいいがたい。

三軍に所属している女子バスケ部の部員だけはまじめに練習をしているが、男バスはむしろ「エースとの差」を前に心がおられてしまったらしい。かわいそうに。


俺といえば、試合後に病院に行くと速攻でドクターストップがかけられた為、しばらくバスケと疎遠の生活が続いた。二週間前から練習に復帰しているものの、今は筋トレをメインに練習をし、ボールトゴールの感触を養っている。


「で?君はそれで満足なの?」

「え?まぁ、みんなのやる気がないのは悲しいかもしれないけど、問題はないでしょ。むしろ、バスケできる環境を無料で貸し出ししてもらえるだけ助かるよね」


「前向きだなぁ」としみじみつぶやく彼女だが、そもそもいつの間に俺の筋トレスペースに来たんだろうか?もうすぐ、パス練したいから、いてくれると助かりはするけど。


「城崎さんはこんなところでサボってていいの?」

「サボってないよ?私、君の担当だから」

「どうやら、そうらしいね」


練習試合後、いろいろとあったことを思い出して監督に聞いてみると、彼女は俺のサポートをメインにしてくれるらしい。彼女が一軍ではなく三軍のマネージャーをしているのは、自分で立候補したかららしい。ほかのマネージャーの方に関しては、自分の時間を優先したいから、というのが大きな理由だ。

当たり前だが、二軍一軍と上がっていくにつれて、練習時間は伸びるし厳しさは増えるし、何なら練習後には当然のように自主練習があるのだ。正直言って、まじめにサポートをすることを考えると、青春の大部分を支える必要がある。それは、相当な覚悟が必要だ。


「それで、夏樹君。これからパス練するの?」

「うん、相手を頼んでもいい?できれば、ハイペースなパスの練習をしたいけど、大丈夫だよね?」


確認の意味を込めてそう言ったのに、舐められていると感じたのか「当たり前でしょ!」と、バシンッと肩を思いきりたたかれた。うん、痛いからやめようね?

お互い数メートル離れて、パス練習を始める。最初はダイレクト、次にバウンド、その後は再びダイレクトでパスを回していく。特に難しいことは必要なくて、真正面に立って、互いに取りやすいと思うパスを淡々と。


「うん、やっぱりレベル高いね」

「そう?」

「うん、城崎さんもちゃんとPGやってて、有名だったといわれても納得だよ。俺、自分がパスが下手って自覚あるからかなぁ。上手な人を見ると、勉強になるって思えるんだよね」


城崎さんのパスは、ひたすらに丁寧なパスだった。狙ったところなのか、それとも偶然なのか。でも、きれいに俺の手に吸い込まれるように届くボール。若干強弱には

揺れがあるものの、しっかりと俺の構えたところに帰ってくる。

バウンドさせると、回転が若干乱れることが気になるが、それでもしっかりと手に届く。これは、パス出しをする時のスナップの問題だな。


「むぅ、褒められるのは嬉けどさ。目の前に手本のようなしっかりとしたパスを出す人がいると、説得力がなぁ」

「俺のパスなんて、微妙だろ。狙ったところからは逸れてるし、10回に1回は、城崎さんの手元に届いてない時がある」

「そう?私的にはしっかりと手元に来てるし、パワーに関しても抑えられててすごいなぁって思ってるけど。というか、私のパスなんて正確なだけで他にとりえないでしょ」


悲しそうに言うが、「はぁ?」という声が即座に漏れた。当たり前だ、俺からしたら狙ったところにキチンと届くっていうのは素晴らしいことだからだ。PGとして、ドリブルセンス、コートビジョン、ゲームメイキング、パスセンスは非常に重要だ。その中で、自分の実力がはっきりと表れ同業者からみられるのは、ドリブルとパス。ドリブルに関しては、ある程度限界値があるため、パスの正確さと速度は重要だ。

狙った場所に、構えられた場所に、ピンポイントで速攻でパスが出る。


「こんな正確なパスをこの速度で出し続けて、しかも強弱が少ない。確かに時折乱れているけど、パスを出す速度やボールの速度に問題はないし。十分、すごいことだと思うよ」

「そ、そうかな?君に褒められると、うれしいよ」

「あっ、乱れた」

「むぅ~、ミスした」


剥れてしまった城崎さんを煽りながら、俺はボールを拾って投げ渡す。その後、バンッ!と強力なパスを受け取り、俺は小さく息を吐いた。


「あはは、ごめんって」

「まぁ、いいけど。私がミスしたことには、変わりないんだし」

「休憩が必要?なければ、この間の練習試合で見つけたディフェンスの穴をふさぎたいんだけど、いいかな?」

「それは構わないけどさ?足、いいの?」

「大丈夫、そのために一週間休んだんだから」

「そっか」


足は問題ない。ただ、バランス感覚などの問題を、自主的に抱えているだけだ。とはいえ、俺は自分が思っているほど体が頑丈ではないらしいが。

そこら辺のことはしっかりと注意しつつ、できることをしたらいいのだ。


「今日は何時までするの?」

「用事があるから、7時30分までかなぁ。そのあと、身支度整えて行かないといけない所があるから」

「へぇ、女の子?」

「そうだよ」


そう、会わなければならない。今日は、俺の義足を用意してくれた人たちに。再び、こうしてバスケができるようにしてくれた人たちに、感謝を告げに行かなければ。まぁ、その原因を作ったのもその人たちなんだけど。これに関しては、自業自得だから文句はないけどね。


「って、どうした?そんなに、驚いたというか変顔して。何か問題があったか?」

「……へ?い、いいいやいや、な、なな、何でもないよ?うん、別に、本当に。な、何でもないから。へぇ~、でも、そっかぁ~。そっか、女の子なんだぁ。へぇ~、そおぉかぁ」

「いやどうした」


何とか浮かべた笑顔はぎこちなくて、挑発気味にしている発言はどこか迷子で弱弱しい。道を見失った迷子で、今にも泣きだしそうな相貌は、俺を真正面から捉えることはできず、どこか辛そうに伏せられてしまっている。


その後の練習も、どこか上の空。すぐに訪れた練習時間終了まで、俺たちは少しかみ合わない不思議な時間を過ごしたのだった。

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