第14話 次の目標
試合後の片付けを行い、簡単にクールダウンと足の手当て、その他諸々を済ませて全員を見送る。誰もが体育館を後にしたことを確認して、俺はその裏手に回って花壇へ腰かけた。
「はぁぁぁぁ、負けたぁ」
勝負は、あまり好きじゃない。それ以上に、負ける経験ってやっぱり好きになれない。嫌いだけど、嫌だけど、嫌悪感が強いけど、憎めないこの感情。
なんだか、自分の努力とか研鑽とか、全部が無駄なことだったんだと。無意味で無価値なことでしかなかったのではないかと。名も知らない、誰かに笑われたような気がする。そんな、意味の分からない劣等感にも似た変な感情。
でも、それは気のせいである事を俺は知っている。それは、本当に下らない一時の気の迷いだ。
だって、俺は確かに相手と戦っていた。でも、それは自分自身がバスケを精一杯楽しむ為でしかないのだから。成らばこそ、そんな無駄な気持ちは捨てたほうがいい。
「いつか、絶対にリベンジだな」
「はぁ?なんでお前がリベンジなんだよ、っざけんな!」
「そうだぞ、この野郎。てめぇ、勝ってる癖して負けたような表情をしてんじゃねぇよ。俺たちが惨めになるだろうが」
いや、なんであんた達は自分たちの戦いを優先しているんですかね?普通に考えて、俺が言ってるのは試合に勝ったのか、負けたのかって話なんだけど。
というか、その勝負だって手加減していたくせに。それに、なぜここにいる。帰ってなかったの?
「その勝負だって、先輩たちの勝ちじゃないですか。両手足を使われた瞬間、手も足も出ませんでしたよ?まぁ、マグレシュートは入りましたけど」
「はっ、あれがまぐれだと?」
後頭部をかきながら、ちょっと下手に出たら青筋浮かべて怒られた。え?なんで?
「そーだよ、夏樹君。君は、狙ってあのシュートを打ったでしょ?私と、少なくとも、島田先輩はわかってるよ」
「そうだぞ」
「いや、今の説明だと稲荷崎先輩だけ仲間外れなんですけど。というか、城崎さんまでいつの間に……」
なんで二人は俺があのシュートを狙っていたことを知っているのか知らないけど、バレていたのか。それにしては、二人とも驚いたような表情してた気がするけど。
「なんで二人とも、俺のプレーを知っているのですか?」
「ここまで完璧に忘れられてると、マジで悔しいな。中学で当たってんだよ、俺たちは。つってもまぁ、お前は一年の時だったけどな」
「なるほど」
よく覚えていないが、初めて出場した夏の大会で当たった中学の人だろう。うちの学校は、毎回一回戦敗退だから考えるまでもないけど。とはいえ、どこの中学が相手かなんて覚えていない。
「じゃあ、城崎さんは?女子と当たった覚えはないけど」
「私、地区が同じだったんだよ。女バスやってたからね、同年代で同じ地域だと、君は有名人だよ?」
「そうなのか?城崎さんが有名人であることは、一週間で何となく知ることはできたけど。俺は、そんな大層な人間じゃないと思うよ?」
「確かに俺も月バスで見たこたぁねぇな」
そう、俺は別に有名人ではないはずで、それは間違いない。注目選手になったことも、取材を受けたこともないしな。一体、どこ情報で有名になったと判定されたのか知らないけど。
一部界隈で人気なのか?何そのニッチな需要、満たしたくない。
「まぁ、俺は一回戦敗退の常連校でしたしね」
「確かに、俺とやった時もラスト5分でてぇぬきやがったよな。あれ、なんなんだよ」
「ああ、あれですかぁ。いっつも、夏樹君のいる高校は最後の最後で絶対に逆転されるんですよねぇ」
「というか、毎試合お前以外のメンバーが変わってたのも不思議だな」
「え。なんで先輩が知ってるんですか?卒業してるはずですよね?」
聞いてみれば、恥ずかしそうに「負かすって決めた相手の偵察くらいするだろ。スカウトもかねて」顔をそらしながら、そう教えてくれた。
しかしまぁ、意外とばれてなかったんだなぁ。
「簡単ですよ、バスケ部員は俺一人しかいなかったんですよ。だから、大会で勝たないことを約束に、レギュラー落ちした人に手伝って貰っていたんですよ」
「「「は?」」」
「いや、だから。あのチーム、バスケ経験者俺だけなんですよ、しかも勝つことが許されないっていう、やりがいのあるチームです」
「「「はぁぁああああああーーーーー!!!!!」」」
うるさっ!元気良すぎでしょ、え、なに?知ってたんじゃないの?
というか、城崎さんまで口を開けて思い切り驚いてるけど、そんなに?
「あの都市伝説、マジだったんだ」
「え?都市伝説?」
「うん、夏樹君のチームメイトはド素人の寄せ集めだって、友達が言ってたんだ。私、夏樹君を見るために君の中学の試合がある時は全部見に行ったんだけど、確かにチームメイトがいつも違ったもんね」
「お、おう」
「おまえ、本当に追っかけしてたんだなぁ」
知らない間にストーカーができていたらしいな。「じゃなきゃ、別の高校行きますよっ!」いや、どうやって俺の進学先を突き止めた。「それ、犯罪じゃね?大丈夫か?」さすが島田先輩、いい事いう。
「ああ、簡単ですよ。笑顔で女好きそうな男子捕まえて聞くだけですからぁ~」
「腹黒だな」
「策士だなぁ」
「今後よりいっそう注意します」
「え、思ってた反応と違うっ!?」
いや、褒められるわけないでしょ。まじかぁ、ここまでしっかりと追跡されていると流石に笑う。でも、そうか。そっかぁ~、だとしたら昨日の反応も何となく理解できる。それは、なんというか。うん、謝罪の必要はないけど申し訳ない気がする。
ま、今は何でもいいか。
「先輩、俺、今日楽しかったです。久しぶりにバスケして、全力で戦って、俺雑魚くて何もできなくて。久しぶりに、手も足も出なかったです」
「はぁ?てんめぇ、なめてんのか?あれで、手も足も出なかったって、俺たちのこと貶すのも体外にしろよ、おおぉぉ??」
「ちょ、落ち着け稲荷崎」
なんか、まじめに感想を述べたら再び稲荷崎先輩がキレた。抑えていたというか、先に島田さんが反応するから忘れてたけど。どっちかっていうと稲荷崎先輩のほうが感情的というか、直情的だよなぁ。なんだろう、この二人はこうしてじゃれあってきたんだろうなって、分かりやすい。「だってようぅぉ」と項垂れる先輩を「まぁ、最後まで聞けや」と宥めてくれた。
「それで?夏樹君は、そこで立ち止まるの?」
「いいや、そんなことないよ」
挑発的な、とても楽しそうに笑う城崎さんにつられて、俺も笑う。なんだろう、目標を再確認するだけの時間だったのになぁ。人といると、思い切りペースが崩れるからなぁ。しゃーなしだな。
「俺は、ここからまた遊ぶんだ。バスケは、最高の遊び道具なんだから」
「はぁ?てめぇ、遊びだっていうのか?」
「え?はい」
「おい、こいつもういいよなぁ?やっても誰も怒らねぇよなぁ」
あれ、なんだか雲行きが怪しいんだけど……。助けを求めるような視線を向けても、城崎さんはプイっと顔を背けてしまうし、先輩方は結託して俺をどうやって海に沈めるのか議論を始めるし。
うん、先に帰ろう。怒られないでしょ。ただ、俺が立ち上がるとみんな簡単に気が付くもので「おい、遊びってなんだよ」と、俺の真意を問いただしてくる。
まぁ、部活で思い切り頑張ってる人からすると、引っかかるよなぁ。
「バスケは、遊びですよ。だからこそ、本気になれる、全力になれる、自分の時間をすべて費やして、考えて、実験して、学んでいける。俺は、バスケが好きで、バスケがずっとしていたくて、一生この思いは消えないんだろうなって、そんな気がするんです。だからこそ、全力で遊びつくして、世界で一番、バスケを楽しめる男になります。苦しんでやるスポーツなんて、意味ないでしょ?」
唖然としている三人を放置して、俺はトボトボと足を引きずるようにして校門を出た。
そう、俺にとってバスケは遊び。一生続けるだろう、人生をかけているだろう、遊び。誰よりも純粋に、純真に、真心を込めて、真剣に必死に全力に全開で楽しむためのものだ。
そうじゃないと、あんな空中でファウル貰って体制崩しながら、真上にボールを投げるようなトリックショット、練習しないでしょ。
「これからも、俺が一番バスケを楽しんでやるんだ」
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