第13話 三年生練習試合終了

パシュッ!


本日、何度目かわからない。数えるのも億劫に感じるほど聞いたリングのネットをボールが通過する音が体育館にこだまする。絶望の音とも、歓喜の音にも聞こえる音は、今回に関しては俺に、俺たちに絶望を与えた。


三回。たった三回の音で、嫌というほど理解させられた。

俺と先輩方の絶望的な力量差というものを。


フェイントに引っかかろうとも、即座に修正できる対応力。一瞬で状況を判断し、最適解を選び、チームプレーでの連携を視線だけで行って見せる。更には個々人の能力が高く、簡単には崩されない陣形に攻撃力。

総合して考えるのは当然として、個人同士で考えた時でも俺たちの、俺の実力は徹底的に足りない。何一つ、それこそ体力ですら十分だとは言えない。


「はぁ、はぁ、ぁっ…………はぁ、はぁぁ」

「んだよ、禅定。疲れてんのか?」

「いや、まだまだこれからですよ、先輩。一分で三回もノー得点で反撃食らったんですから、やり返しますよ!」


から元気をかろうじて絞り出して見せた俺に、「期待してるぞ!」と言って先輩はタタタッとディフェンスに戻る。とはいえ、呼吸が途切れ途切れなのも、足が重いのも、体が痛いことも、全身が悲鳴を上げていることも、一歩踏み出した足が二歩目を拒むことも、走ろうと足に力を入れることが難しいことも。

全部どうだっていい、大丈夫だ。


「絶対にやり返す……」


仲間から変な奴を見るような生暖かいような、おびえるような視線を向けられる。だが、今更関係ないし俺の全力バスケをするのに障害とはなり得ない。今は取りやすいパスが来るし、スペースもある。2本、見事にブロックされたけど、残り時間二分で絶対に、むしろ今!

ここで点をもぎ取ってやる。


「いい目するじゃんか」

「………ふぅ、ええ」


正直、この人は俺以上のバトルジャンキーだ。その実力も研鑽も、俺ごときが比較するには申し訳ないほど差がある。もちろん、努力や才能だって同じことだ。

俺は、俺が優れていると思ったことは一度もない。むしろ、才能には恵まれなかったと思う。この身長だしな。


でも、だからと言ってバスケで負けを認める理由には、諦めて挫折する理由にはならないだろ!


「っ……!」


右足の負荷を無視した切込みは、若干のリズムとドリブルを崩しながらも先輩に一歩で並んだ。完璧にタイミングをずらしたけど、完璧に対応して見せる。

僅かに一歩、されど一歩。


やっぱりうまいなぁ。


心の中で、最大限の称賛を送りながら、俺はさらに一歩踏み出した。そのままリングに向かうはずの足は、少しだけ逸れた方向を向いている。俺の意図ではなく、今も横にピッタリとくっつく島田先輩のせいだ。

なら、もう一回!


「っは!」

「甘めえぇぇぇっ!」


左足を使った無理やりの切り替えし。ペイントエリアに侵入した瞬間の強引な切り返しは、島田先輩を無理やり引きはがし、俺にリングを見る余裕を作り出す。3Pラインとペイントエリアのラインの中央程度のところで立ち止まった瞬間だった。


「っ!!」

「っだとっ!!」


ギリギリで振り返り、ノールックでボールを狙ってきた一撃。ファウルになることばかりのバックチップを、このタイミングでっ!


「っぶ!」


弾かれる寸前に、ぎりぎりボールを上に持ち上げ、弾かれたボールが真上に行くように調整。狙い通りバックチップで弾かれたボールは見事に上に上がった。とはいえ、真上ではなく、伸ばした手の勢いが乗って俺の方に向かってくるが、そのまま真上から殴ってドリブルにする。


「っくそがぁ!」

「「「はぁぁ!?!?」」」


周りの驚いた声と、先輩の濁った罵声のような怒号のような。感情のこもった声が響く。でも、今の俺にはそんなものは雑音だ。


ダァァァァァンッ!!!


今日一番のドリブル音。暴れて今にも何処かに飛んでいきそうな、暴走気味のボール。それを、何とか再び自分の指先で迎え入れると、そのままもう一度手を出し、同時に前に進む。


「ふっ!」


バックチップの姿勢から戻り、回転した影響で完全に半歩出遅れる島田先輩を抜き去り、ゴール下数メートル手前に佇む稲荷崎先輩の守るゴール下を攻め込む。Cの先輩がいい感じにゴール下にいることもあって、勢いよく飛び出してきた稲荷崎先輩との本日何度目かのワンオンワン。


「こいっ!」

「っ!!」


発せられた声に反応する体を、飲むように呼吸することで何とか自制を保つ。熱く、マグマのように、溶け出す鉄のように心は熱く。燃やし続けて、今にも踏み出したくなる目の前への一歩を我慢して、歩幅を小さくする。


真正面から戦っている余裕なんてない。抜き去った先輩は即座にヘルプで、2vs1の体制が一瞬で整う。いくら何でも、前後から挟まれたら勝ち目なんてない。先に、パスコースを見つけるべきっ………。


「っ!」

「ぁぁ………あああっ!!」


対面した瞬間、視線を誘導してボールを動かしたフェイクを入れて、即座にロールで回避。反応してついてくる稲荷崎先輩にバレないよう、僅かにボールの位置を防御位置から、前に突き出す。


「んぁあっ!!」

「りゃっ!」


ロール中に確認した味方の位置、敵の配置にタイミング、身長。その全てを選択肢に添えたまま、俺はロールエンドと共に、ボールをキャッチする。が、予想外の事態が発生した。


パキンッ!ガンッ!カランッ、カランッ。


「っなっ!!」

「関係ないっ!」

「ああっ!!」


俺の重心移動に耐えられなず、負荷限界を迎えた義足が外れて地面に転がった。一瞬だけ気を取られた稲荷崎先輩の意識を呼び戻し、俺はそのまま左足のみで飛んだっ。


「マークっ!3番っ!!」


俺が飛んだ瞬間に一緒に飛んでブロックしつつ、先輩は直前に俺が確認してシュートが打てる体制を整えている3番を声出ししてマークするように指示した。

これだと、もうパスは無理だろう。この状況、タイミング、そして俺の空中姿勢から後ろを再確認してパスする余裕はない。


正直、さすがだと、心の中で思う。プレイヤーとして、状況判断能力、指示力の二つが優れていて羨ましい。でも、だからと言ってこの勝負に負けるわけにはいかない。

一つだけ、先輩の読みに誤算があったとしたら、俺の心境だろう。パスフェイクに見せていた右腕の位置を、脇を閉めることで更にズラして準備する。


「忘れんなよっ!」

「知ってましたっ!!」

「誠也っ!!」


下に僅かに下げたボールを狙う島田先輩を、一瞬の交錯で回避。そのまま振り回した右腕でリングを狙う。

下から掬い上げるようにボールを持っていき、一瞬だけレイアップの体制をとりながら右腕を無防備に差し出す。


「っ!!」

「くっ!」


差し出した腕をはじいた稲荷崎先輩の腕が、微かに触れた。タイミングを合わせて体も横から衝突し、バランスが崩れたように魅せる。その瞬間、俺はフックシュートの要領でボールを天高く弧を描くように放った。


ビィィィーーーーーーーー!!


鳴り響く審判のブザー、落下していく俺とは対照的に天高く舞い上がるボール。無造作に、悪あがきのように、無意味に投げられたようなボールは、最高点を超えるとゆっくりと落下してくる。


「おっと、っとっと………とと、ありがとうございます」

「ったく、無茶しやがるな」

「あはは」


ボールよりも先に落下した俺は、当然だが着地を失敗して稲荷崎先輩に抱き着くような形で支えられた。先輩も着地前から備えてくれていたようで、一歩引いたもののしっかりと支えてもらうことができた。それに、後ろから島田先輩もビブスを引っ張ってくれたし、何とか押し倒す悲劇は回避だ。


「ボールはっ!」


未だ中を舞い、まっすぐに落下してくるボールは、ボードの上部中央を掠めて微かに軌道を変えると、十数センチだけボールを手前側へ押し出した。


ガンッ!パサァッ!!


「「「「「「「「「………ををぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおおおおおお!!!」」」」」」」」」


審判役すら歓声を上げる、ミラクルショット。もう二度と見ることも、簡単に再現されることもないシュートに、体育館を突き抜けるほどの歓声が響き渡った。賞賛と驚きと、ちょっとした恐怖心を巻き込んだ歓声に、ちょっと耳が痛かった。


「マジかよぉぉぉぉ!!!」

「スゲーっ!マジでスゲー!!」

「なんなのあいつ、なんなんだっ!!」

「マジで言ってんのか?あれ」

「ずるだろっ!」

「っざけんなぁぁ!!んなのありかよっ!」

「スゲ、スゲェェェ。え、マジでどうやったらあれが入るんだよ、アニメや漫画じゃねぇんだぞ?」

「キャアアアアアアアッッッッッッーーー!!夏樹くーーーんっ!!」

「すっっっっげぇ……ってええ!?」


多数聞こえる部員の声に交じって、ひと際大きな城崎さんの声。「うお、どうした!?」監督すら、その大きな歓声には驚き城崎さんのほうを見たが、その表情を見て何かつぶやいた。


何を言ったのか知らないけど、涙ながらに喜び歓声を上げる彼女。昨日の怖い雰囲気はなくて、年相応の少女のような、素直な姿勢。それを見ると、「俺でも、いいバスケができた」と、なんとなく思える。

いやまぁ、なんで俺のプレーで喜んでくれるのかは知らないけど。


「驚いたな、お前。こんな隠し玉持ってたのか?ほら、これ義足な」

「俺、椅子持って来たぞー」


歓声に包まれる中、未だ稲荷崎先輩に抱えられている俺はチームメイトが持ってきてくれた椅子と義足を受け取る。着地前に一瞬だけ脳裏をよぎった義足だが、チームメイトが回収しておいてくれたらしい。感謝。


「あ、ありがとうございます」

「ほれ、椅子来たからまずは座れ」

「あはは、すみません稲荷崎先輩」

「ったく、俺には男を抱く趣味はねぇからなぁ?」


冗談っぽく言ってニヒルな笑みを浮かべる先輩に、ちょっとだけ悪戯したくなる。その衝動をぐっとこらえて、「助かりました、先輩」と言いながらパイプ椅子に座り込む。渡された義足を確認し、ずれたガーゼや当て布を直して、再び義足を装着する。


「んっと!」

「おいおい、そんなすぐに大丈夫か?」

「はい」


答えつつ、足の具合を確認していく。吹き飛んだ前後でそこまで装着感に差はないが、ちょっとだけ足が痛い。多分、無理させたときに負荷が掛かりすぎていたのか、吹き飛ぶ瞬間に義足がぶつかったのか。


「そういえばっ!義足に当たった人は!?」

「それはゼロだから安心しろって」

「本当ですかっ!」


義足を持ってきてくれた人に確認すると本当に何ともなかったようで安心できる。彼の足元まで飛んで行ったとはいえ、誰かにぶつかることはなかったようだ。試合中で一応俺の方向を向いていたこともあり、何かあっても皆回避できた、とは後程言われるが、一応は気にしたい。


「ふぅ、それじゃあ。フリースロー打ちますか!」

「よろしく頼むぞー」

「休憩時間だな」


たった一本。与えられたフリースローをサッと決めてしまい、「おい、もっと貯めて撃てよ!」「休憩にならないだろっ!」「さすがっ!」なんて声を掛けられつつ、俺はノソノソと自分のポジションに移動した。


「さっ、最後の悪あがきだ」


そうして、残り時間、俺たちは全力で必死にその結末を覆そうと抗った。抵抗し、最後の瞬間まで吠えて叫び、カラカラになる喉、引きずりたい足、踏み込み過ぎて激痛の走る足裏、飛びすぎ衝撃が吸収できない膝、あるだけで無駄に思い上半身、頭痛がすごい脳みそ。全部を無視し、とまれ、やめろ、休憩しろ、酸素をかき集めろと命令する脳を、気合で無理やり押し留めたラスト二分。


だが、無情にも無慈悲にそのブザーは鳴り響くのだった。

最終的に健闘した結果、24点差で、[86-100]という非常にハイスコアな戦いは幕を閉じた。

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