第11話 第二試合2
「っし!!」
「くそっ!」
俺の声と先輩の声がこだましたとき、ピーィッ!と、笛の音が鳴り響いた。当然だが、転んだ拍子に全身が床に触れているのでモップ掛けをしてもらう必要がある。かろうじて義足は外れていないし、ダメージも少ない。
とはいえ、一人で立ち上がるのはちょっと苦労する。
「おい、一人で立てるか?」
「あはは、ありがとうございます。手を貸してもらっていいですか?」
左手を差し出してくれたのは、意外にも島田先輩だった。差しだされた手を握って、グッと立ち上がる。「大丈夫か?」と心配そうに確認をしてくれて、軽く飛んだりハネタリしてみたが、特に異常はなさそうだ。
「ええ、これからも本気でぶつかり合えますよ?」
「そりゃあ、いい事だな。なら、俺も全力でぶつかることができる」
先輩の好戦的な視線を一身に受けて、俺はなお「楽しみです」と挑発的な笑みを浮かべた。
俺たちの個人的バトルはさておき、試合は残念な方向に進んでいく。特に1Qでは島田先輩と火花を散らせると思ったのに、なぜかそれ以降オフェンスでも、ディフェンスでもボールが回ってくることはなかった。特にディフェンスでは、島田先輩でも8番の稲荷崎先輩でもない、知らない人。徹底的に俺をコートの中心から追い出すことが目的のようで、仲間のフォローも期待できない、自由に動くことができない現状。おとなしくフェードアウトするしかなかった。
重たい義足をもって、ただひたすらに往復するだけの退屈な時間。メンバーの観察なんて終わっているし、プレー中に相手のプレーの分析なんてできることが少ない。外から見ていた時とのズレは、もう修正できた。
正直、ただ走るだけなら家に帰って練習したほうが何倍も有意義だなって考えつつ、1Qが丸っと終了した。
「おい、どういうことだ?」
「どういうこって、何ですか?」
「なんで禅定を使わない。お前らがボール運ぶより、攻めるより、圧倒的に有意義だ。2Qからは禅定夏樹を中心に攻める。いいな」
「「ハイっ!」」
満点な返事をするが、きっと彼らは俺にボールを預けてはくれないのだろう。なんでか知らないが、俺に攻め立てる権利を与えてくれないみたいだ。
嫌われ者って、こんな時でも面倒なんだなぁ。
そんなことを持っていると、突然目の前が影った。いや、実際には俺の隣のPGを代理でしている人だったんだけど。
「おい、お前」
「ひゃ、ひゃいっ!」
底冷えするような、聞いただけで素足で逃げ出しそうになる、怒りの声。今にも人を殺しそうなその声に、バッ!と顔を上げると島田先輩だった。
え?なんでこんなところに。
「なんでお前は、邪魔するんだよ。戦う気がねぇんなら、消えろっ!邪魔なんだよっ!ここは、全力で戦い抜く意思と覚悟がある奴だけが許されるベンチだ。コートに立つってことは、その覚悟をしているっつーことだろうが!私情を優先すんなっ!そんなことしてる暇があるなら、勝つために最善を尽くせっ!てめぇらみてぇな腑抜けの雑魚を相手するために、俺たちは時間使ってきてんじゃねぇよっ!!」
乱暴に床を踏むつけると、ドダァァンッッ!!と大きな音を鳴らして、先輩は去っていった。本気で怖かったのはどうやら俺だけではないようで、近くにいた部員全員が震えて、真っ青な表情で去っていく背中を見た。
本気で勝負をしている中で、負けムードを出すのはまだ許せる。すでに、13点ビハインドだし、無理もないだろう。とはいえ、だからと言って私情を優先して、試合を投げるのはまた違った話だろう。
「あはは、ごめんねぇ、うちのエースでキャプテンが。今燃えてるんだよねぇ。でも、うん。舐めてると、俺たちも帰るよ?特にお前ら、やる気ないんなら邪魔なんだよ、練習試合?じゃあ、いつになったらお前らは真剣勝負してくれるんだ?どうせ、練習を練習だと思って適当にやっている奴に、チャンスなんて来ねぇんだよ」
「「「は、はいぃぃ」」」
「はぁ」
溜息以外、どんな回答ができるというのだろうか。二人の先輩に睨みつけられただけで、だらしなく返事をすることしかできない。城崎さんじゃないけど、こんな人たちとバスケをしなければならないのは、なんだか屈辱だな。
ああ、なんかそう思ったら全部がどうでもよくなってきた。うん、チームプレイとか、勝ち負けとか、どうでもいいね。というか、この人たちと仲良くするとか、バスケさせてもらっているとか。
そういう邪魔な感情、捨てよう。いらないよね。
「監督、2Qは全力で行かせてもらいます」
「あ、ああ」
何やら監督もおびえた感じになっていたけど、なんかあったのだろうか?
「よぉ、いい感じの顔つきになったじゃないか」
「ええ、もうどうでもいいかなって。せっかく先輩が相手してくれるので、先輩の相手を全力でしたいと思います」
「はっ、やって見せろよ」
「望むところです」
1Qが相手ボールで始まったから、2Qは俺たちのボールで始まる。2Qの始まりは、静かに行こうかなって思ってたけど、ボールが回ってきたんなら関係ない。スクリーンバックも何もないけど、デフォルトでハーフコートを割れているのは有利な状況だな。
「こいっ!」
あはは、いい目するなぁ先輩は。でも、関係ないかなぁ。先輩がどれだけ本気でも、俺は負けたくないし、一歩も引く気はない。
ドリブルを徐々に細かく早くしつつ、先輩の目が完全に慣れる前に突き出す。左右への激しい揺さぶりなんて必要ない。右に行くと見せかける視線と姿勢のフェイントを入れて、即座に左に切り返し抜き去る。
「まだだぁぁぁぁ!!」
「くっ!」
「「粘るっ!!」」
完全に抜き去ったと思ったのに、一瞬で隣に並ばれてしまった。でも、すでに3Pエリア内には侵入している。そのまま数回ドリブルをついて、先輩と隣り合わせのまま、仲間を押しのけてペイントエリアを目指す。
「なめんなぁぁぁ!!」
「くっ!」
見方は速攻で逃げていくのに、先輩サイドはしっかりとフォローが成り立っている。島田先輩を引き連れたまま、目の前に稲荷崎先輩を迎える。このまま正面衝突すると俺のファウル間違いなしだけど、今回俺が狙うゴールに関しては関係ない。
「なっ!」
「待てっ!」
稲荷崎先輩は雰囲気で察したのだろう。だが、すでにもう遅い。フリースローラインでボールを手にした俺は、そのまま二歩だけ歩いて左足で踏み切る。
「なっ!」
「うそ、だろ?」
「ははっ!まじかっ!」
先輩方の驚く声を聴きながら、俺はゴールめがけてリングの少しだけ横から入る。滑り込むように体を入れて、レイアップと同じ要領で手を伸ばす。ただ、その手の先はがっちりとボールをつかんで離さない。
ガコンッ!
「「「おおおお~~~~!!!!!」」」
「マジでかっ!!」
右手で握ったボールはすでに宙を舞い、ボンッと音を立てて地面を転がる。ただ、その代わりに俺の右腕は赤いリングを力強く握りしめ、俺の体を宙にぶら下げていた。
「「「「おおおおおおーーーー!!!!!!!」」」」
遅れて、チームメイトや先輩方からの賞賛が、耳に届いた。久しぶりのダンク、久しぶりの試合、久しぶりのリングからの景色、久しぶりの鉄の感触。
何もかもが久しぶりだけど、このコートとこの足は真新しい。なんだろう、やっぱり今日の俺、なんか調子がいいぞ。
「おまえ、その身長でダンクできんのかよ」
「そのために、俺は体重も調整していますからねぇ。この身長だと、必要な努力ですね」
「いや、ダンクできる必要はないだろ」
あきれたように、あきらめたように言う先輩。まぁ、俺も相手が同じくらいの身長でダンクしてたら驚くけど、不思議ではない。球技をするには、高身長は基本的に大きな武器になる。ただ、俺にはその武器が存在しない。
だから、飛ぶのだ。誰よりも高く、誰よりも早く、だれよりも綺麗に、可憐に。そして、堂々と、この小さな空を羽ばたいてみせるのだ。
「さて、先輩?また、俺の勝ちですね?」
「面白れぇ!」
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