第9話 練習試合2(城崎視点)

試合に出ていない私が言っても仕方ないけど、練習試合一試合目は、始まる前から空気が悪かった。ほとんど、最悪だったといえる。昨日、夏樹君にも言ったけど、「こんなチーム」というのが、本当によくあてはまる。


「今日の先輩との試合、何点差で負けるのかなぁ」

「さぁ?ダブルスコア以内に抑えられたら十分じゃね?」

「せめて、200点ゲームだけは嫌だ。途中で手を抜いてくれないかな?」

「何言ってんだよ。ほかのことはともかく、先輩たちが途中で手を抜くことはねぇだろ!」

「ちげぇねぇなぁ」


始まる前からずっと負けムード満載で、誰も「勝とう」という意識がない。40人いるチームだが、女子も混合しての人数であり一軍と二軍から「処理場」と呼ばれるだけのことはある。

その言葉の通り、三軍選手は二軍でも活躍どころか練習についていくことができない男子を中心として作られている。もちろん、当人たちには「やる気」があるが、それを無視して、容易に黒く塗りつぶしてしまうほどの才気の山。それが、一条高校バスケットボール部なんだ。


「なぁ、城崎さん。もしも俺が今日ゴール決めたら、今度デートして~」

「あっ!てめぇずりぃーぞ!」

「知るかよ、早いもん勝ちだろっ!」


はぁ、本当にくだらない。試合でシュート決めたら?そんなの、確実に決まってるでしょ。せめて、決勝点とか試合の流れを変える一本とかさ?もっと、やる気のあるセリフが言えないのかな?

というか、一本決めたらってどういうことなの?試合するのに、シュート決める気がないのかな?はぁ、こんな人たちのメンタル管理をしないといけないって、本当に最悪。


「何言ってるんですか?私、そんなに安くないですよ?」

「「「「は、はい」」」」


うん、ちょっと間違えちゃったかなぁ、でもいいか。どうせ、すぐに忘れてくれるだろうし。


「くだらないことはどうでもいいんで、早く準備してくださいね?もう、先輩方も集まっていますから」

「りょ、了解!」

「うぃっす!」

「「「ウス!!」」」


元気のいい返事をするけど、どうでもいいかな。だって、私は君たちには期待してないし。



それは、試合が始まっても変わらなかった。やる気はある、全力でプレーはしている。でも、圧倒的に開いた実力差は、どんな奇跡が起こっても埋まることはない。1Qこそ、お互いに立ち上がりで元気があったこともあり、何とか食らいついた。でも、それだけだ。どう頑張っても、開いている点差を抑える方法はないし、ここから先輩方が全力を出して来たら、絶対に勝てない。


無力な自分が歯痒いかなと、昨日までは思っていた。でも、実際にここまでくると何も感じない。なんだろう、私も気が付かない間に堕落してしまったようだ。

最悪だ。


「ねね、花音ちゃん」

「なんですか、稲荷崎先輩」

「気軽に名前で呼んでくれていいのに。まぁ、なんでもいいけど。それで、どう?」

「何がですか?」

「今日の俺っ!かっこいいだろ?」

「そうですね」


ポーズまで決めてアピールしてくれる先輩には申し訳ないが、興味がない。やる気を失われても困るし、適当におだてておく。勘違いされても困るし、というか既に告白はされているし。

イケメンで、クラスメイトなどには「勿体ない」と口をそろえて言われたけど、今時顔面偏差値と金で人を見るバカ女はそう多くないんじゃないかな。どうでもいいかな、彼氏のスペックとか。

好きになれないなら、ATMと変わらないじゃん。なら、おとなしく適当な金ずる作ったほうが未だましだ。


2Qと3Qの間には10分以上の大きな休憩時間が設けられている。選手たちは会議をしているが、マネージャーである私や夏木君のように試合に出ていないメンバーは、試合の準備を行う。

その間もしつこく声をかけてくる先輩を適当に往なしていると、急に気になることを言い始めた。


「にしても、あいつ気持ち悪いよな」

「へ?」

「いや、だからあいつ」


そういって、稲荷崎先輩が指さす先には夏樹君の姿があった。すでにモップ掛けを終えて一人で何かぶつぶつと言いながら、考え込んでいるようだった。


「あいつ、試合中も一人だけずっとプレッシャーかけてきてるんだぜ?選手でもねぇ癖してさ?おかげで、誠也の奴がやる気満々なんだよ。疲れるし、活躍の場が減るから最悪だぜ、マジで。三軍相手に本気出すわけねぇだろっていうのにさぁ?」

「へぇ~、そうなんですね。それは、面白いですね」


昨日、あれだけ言ったのに、まだ諦めてないんだ。ひどいなぁ、君は。君がスパッとバスケットボールを諦めてくれたら、私だってこんな無駄な時間を過ごさないのになぁ。

というか、外野からの視線だけで内部の選手にプレッシャーを与えるって………どんな精神力というか集中力してるんだろうね?


「んだよ、やっぱり気になるの?アイツのこと」

「どうしてですか?」

「城崎花音っていえば、女バスを少し齧れば誰でも知っている名PGだ。いろんな意味で有名でしょ、君」

「あはは、光栄なことで~」


確かに、中学時代は私はPGをしていた。身長も何も関係なく、自分のパス、シュート、ドリブル、ゲームメイク、視野の広さ諸々。小さな選手でも輝ける、唯一無二のポジションで、私はPGとして全国大会優勝を果たした。自分で2連覇して、先輩も合わせると通算で5回制覇したことになるらしい。自分で言うのも変な話だが、私は容姿が整っていることもあり、「コート上の王女」として各種メディアで持て囃されていた。そりゃあ、有名にもなるし、実際に校内にも私個人のファンは一定数存在してびっくりしたものだ。


「君、最初俺たちに集められたときに驚いていたでしょ?一人だけ、「夏樹君はっ!?」って、叫んだのはいまだに覚えてる。あんな、片足失った奴の為に、なんで自分の未来捨てたのさ」

「あはは、未だにその事件覚えている人多いですよねぇ~。はぁ、マジで黒歴史ですね」


恥ずかしい、絶対にいると思った選手がいなくて。しかもケガって、想定外すぎて思わず声を出してしまった。せっかくマネージャーとして、彼のプレーが一番近くで見れると思ったのになぁ。

それは、本当に後悔だなぁ。だからこそ、早めに彼が復活劇を諦めてくれたらなぁって、思っちゃうのに。


「そ~だ、いい子と思いついた」

「へ?」

「花音ちゃんのために、先輩が一肌脱いであげよう。惚れてもいいよ?」

「何のことか知りませんが、最後のことはあり得ませんね」


面白い悪戯を思いついたような、ウキウキした表情で先輩はコートに戻っていった。この時、私は先輩を止めていなくてよかったと、心の底から感謝することになる。とはいえ、夏樹君には申し訳ないことをしたかなって思うけど。


でも、やっぱり期待せずにはいられない。

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