第6話 負けられない

 練習試合、高校初めての試合。俺の出番は絶対にないと思うけど、でも準備だけはしとかないとな。やることは決まってるけど、できることちゃんとやらないとなぁ。


「いいなぁ」


思わず、口から洩れてしまった。仕方ないだろ、これだけは。元気だったら、もしも足が両方揃っていたら。そう、思ってしまった。

後悔はない、でも考えずにはいられない。このジレンマは、たぶん一生俺にはついて回るんだろうな。


「はぁ、だめだ。入らん」


雑念が邪魔して、シュートが入らない。もう、5本も連続で外しているし、手先の感覚も微妙だな。でも、試合だ。試合を前にして、落ち着いてなんていられないし、欲を抑えるなんて無理だ。


難儀な性格だな、マジで。よし、パスの練習をしよう。


「あっ!本当にイタ!」

「わぁぁぁっ!」


え、何?誰、え、なに?

声のした体育館入り口を見てみれば、そこには見覚えのある金髪に、輝く笑顔。男子学生にとっては目に毒としか言いようがないプロポーションを携えた、一級の美少女がいた。というか、城崎さんだった。

なんで?


「何でここにいるの?もう、帰ってないとだめでしょ?」

「それは君も同じでしょ?何勝手に、居残り練習してるの?」

「ちゃんと許可貰ってるよ?仕方ないでしょ、今の俺には徹底的に時間が足りないからね。オーバーワークにならない程度に、ギリギリまで削らないと」


時間なんて、それこそ一生足りない。全力で走るって決めた瞬間から、俺には時間がない。そこに、足の有無なんて関係なくて、今はとにかく自分の武器を磨いて、絶対い負けないように進むだけだ。


「あははっ、すごいなぁ。すごいよ、本当にすごい」


できることをしているだけなのに、なんでか笑いながら褒められた。なぜ?

不気味な雰囲気というか、何とも言えない迫力をもって歩いてくる城崎さん。すごい、と口調では褒めているのに、どこか馬鹿にしたような空気がある。

何か、気に障ることを言ってしまったのだろうか?


「ねぇ、夏樹君。なんで、そこまで頑張るの?三軍の中で、一番頑張ってるでしょ?こんな、正直低レベルな世界。やる気もなければ、強くもない、一軍の人たちに縋っているだけのド底辺。そんな所で頑張って、意味なんかあるの?こんな底辺の中で活躍して、試合に出て、どうするの?そこに、いったいどんな価値があるの?」

「よくわからないけど、先生が。あー、監督だったか。監督がさ、言ってくれたんだよ。こんな俺にも、協力してくれるって。だから、俺はここで迷惑にならないのなら、頑張るって決めたんだ。ただそれだけの話だよ。試合に出ることも、活躍することも、確かに目標かもしれないけどさ」

「ふぅ~ん、じゃああくまでついでだって、言い張りたいんだ?」

「そうかもね、うん。試合に出るのは、正直どうでもいいかも。俺、バスケできるとか思ってなかったし、心のどこかではムリだってだれかに言って欲しかったんだ。でも、先生は「来るな」じゃなくて「一緒に悩む」って言ってくれた。そっと背中を叩いてくれたから、俺も頑張ろうって思ったんだ」


意味なんてないし、場所だってどうでもいい。俺はバスケがしたくて、体育館が借りれて、思うように練習ができたらそれでよかった。ただ、監督が俺を救い上げて引っ張ってくれた、誘ってくれた。だから俺は、今ここで頑張っている。


「うん、俺は俺のバスケができればいいんだ」

「それは、誰かに認められなくても?」

「うん、俺が満足できればいいんだ」


誰かのためにとか、そんな大層な目標なんてない。俺は、俺のできることを精いっぱいやったって、証が欲しいのかもしれない。それ以前に、思い切り、ただ我武者羅に頑張りたかった。ただ、それだけのバカなんだ。


「満足できるの?夏樹君には、どれだけ頑張っても、片足がない。片足がない夏樹君は、きっとどれだけ努力しても、時間をかけても、どれだけの才能があっても。一番になんか、慣れないよ?試合にだって出られないかもしれない。ううん、確実に明日の試合も、ウィンターカップ予選も出ることなんで、夢のまた夢。なのに、それなのに頑張るの?意味ないじゃん、もう夏樹君は輝く一等星にはなれないんだよ?」


一等星って、それは俺には過ぎた評価だろ。でも、確かにそうだ。俺は片足ないし、そのハンデは一生変わらない。多分、どれだけ俺が努力しても、彼女が言っているように、俺は一番になることはないんだと思う。彼女の目からしてもやる気の無い三軍相手に、苦労しているのが現状だ。

試合に出るとか、何年先の話なんだろうって、俺も思う。



ただ、それが何だというのだろうか。別に、ただそれだけの事で、わかりきっていた話だ。



「別に、輝く一等星になる必要なんかないでしょ。俺の努力に対して価値も意味も、もちろん理由なんてない。というか、そんなものが必要あるのかな」

「じゃあ、何のためにやってるの?本当に自分だけのために?そんな事の為に頑張れるの?」


泣きそうになりながら、何か縋るようにコチラを伺う城崎さん。目に力を入れてこちらを睨む、迫力満点の顔なのに、何故かそう見えてしまった。泣きそうなのを、必死に我慢している子供みたいだった。

俺に対して叫んでいるのに、まるで俺以外の誰かに向かってただ叫んでいるみたい。


マネージャーである彼女には、もしかしたら理解できないのかもしれない。多分、俺たちプレイヤー側が真面目に練習しないから、強くなろうとしないから。

モチベが下がっているのかもしれない。もっと別の、俺みたいな馬鹿には理解できない問題を抱えているのかもしれないけど。


でも、俺の答えは変わらない。


「何のとか、誰のとか、そんなのじゃないよ。俺がやるって決めたんだ。だから、そこに他人の価値観も評価も理解も必要ない。バスケがしたくて戻ってきたんだ。なら、バスケができることに感謝して、全力でプレーして少しでも上手くなればそれでいいでしょ。他に、何か理由があるの?」

「何よっ!私なんていらないって言いたいのっ!?」


いや、なぜそうなった!?ヒステリックにそんなこと叫ばれても、意味が分からん。どこで間違えた?いや、そんなことよりまずは返答しなければ。

あんまり刺激しないように、注意しないと。


「要るか要らないかでいえば、わからない。俺は、俺にできることを精一杯やるだけで、もちろんサポートしてくれるのは感謝してる。一週間、いつも城崎さんが隣にいてくれて、助かることは多くあったし、すごくありがたい」


これはマジだ。何時どんな理由で何故そうなったのか知らないが、俺に関係することは、城崎さんに命令が下ることが多い。それに、城崎さんが率先して俺のサポートをしてくれている。そのせいで、死ぬほど嫉妬されているし視線を感じることもあるけど、それでも嬉しい。


でも、これには彼女のことは関係ない。


「残念ながら、どれだけ馬鹿にされても貶されても変わらないよ。俺がやるって決めたんだ、他人は関係ない。そして俺は、バスケを全力で楽しんで遊ぶって決めた俺にだけは、負けない。負けることは、許されない」

「っ!」


息をのむ音が、体育館に響いた、ような気がした。それだけ、静寂に包まれた空間で、ポロポロと涙を流している彼女と向き合う。居心地なんて最悪でこの後練習に戻っても、さして集中なんてできないだろう。


一体彼女が何がしたくて、何を思って、何を考えてこんなことをしているのか。俺にはやっぱりわからなかったけど。でも、彼女が本気で悩んでいることも、何かに押されるように、堰き止めていた何かが、思わず溢れてしまったことも理解できた。


だって、その眼は死んでいなかったから。死んでいないけど、あれは数か月前の俺と同じ目をしていたから。何かを探して、縋るものを求めて、自分の闇に負けそうになって。それで、誰かに答えを求めて、でもやっぱり納得できなくて。抑え込むことなんて、もう限界で。一度こぼれた水が二度と戻らないように、小さな川の流れは広がることはあっても、小さくならないことと一緒で。


彼女の中で少しだけ膨らんで、流れた暗闇が、ただちょっと漏れただけ。それは、本気で城崎花音という人間が、バスケ部に向き合っている証拠だ。


「…………そう、なら、もういいよ」

「そう?」

「うん、夏樹君は何を言っても変わらないことは、今の問答で理解できたしね。だから、自分の無力さをこの先もずっと嘆いたらいい」


無力さを嘆くか、確かにそうだな。俺はきっと、この先何度も壁にぶつかって、心が折れて、立ち上がることも壁を直視することもできなくなるんだろう。想像に難しくない。でも、それはその時になって考えればいい。


ただ、今はもっと別に言わなければならないことがある。喧嘩上等で向き合ってくれた、この小さな戦士に。俺は、今自分の言葉で言わなければならないことがある。


「城崎さん、ありがとう。多分俺はこの先、だれの期待にも答えられないし、プレーだって歪で君の言う通り役に立たないカスだと思う。でも俺、思い切り楽しんで頑張るよっ。現実をちゃんと叩きつけてくれて、ありがとう」


去っていく大きくも弱弱しい背中に、俺は最大限のお礼と覚悟を込めて、小さく頭を下げた。

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