第4話 夏樹という異常
「すいませんっ!遅くなりましたっ!」
服を着替え、義足もスポーツ用に交換済み。コートを傷つけないように、先端にはしっかりとバッシュを装備している。うん、あまり地面の感覚はわからないけど、慣れればソコソコできると思う。
「おー、来たか。じゃあ、シュート練するから、混ざれ」
「はいっ!」
監督に言われるがまま、俺はシュート練習をするために最後尾に並ぶ。はじめはフリースローの練習みたいだ。
バスケにおいて、フリースローは絶対に入れることが求められる重要な練習。積極的にファウル取りに行くスタイルの人だと、簡単に三点プレーにして見せる。どのように練習を進めるのか観察しようと思ったら、なぜか皆が俺に注目していた。
何かしたか、俺?
「おい、夏樹。なんで後ろに並んだ、お前を待ってたんだぞ?一番前に決まってんだろ?」
「は、はいっ!でも、俺、ケガしてからシュートしたことないです!」
「わーってるよ、それくらい。5本やるから、練習しろ。花音、球拾いしてやってくれ」
「はいはーい!」
言われるがままに、フリースローラインに立つ。ゴール下では、ウキウキとした表情で待機する城崎さん。うーん、なんか注目されてるし、期待の眼差しを向けられるけど、困る。
俺、そこまで劇的なプレーはできないよ?というか、フリースローだし、注目するところなんてないでしょ。
「まぁ、緊張するだろうが、頼むぞ」
「ありがとうございます」
ボールを受け取り、ダンッ!ダンッと、反発力を確かめるようにドリブルをする。触っただけで分かる、ちゃんと準備して整えられたボールだ。3人しかいないのに、マネージャーの人たちが一切手抜きせずに、しっかりと手入れしてくれている証拠。
いいボールだ、それにコートもしっかりと手入れされている。
目の前には、3mの宙に浮かぶゴールリング。真っ赤なリングの手前を見つめて、しっかりと狙いを定める。まずは、リング手前に当てよう。5本しかないし、ちゃんと感覚を養わねば。
「ふぅ」
小さく息を吐いて、自分の思考を空っぽにする。呼吸を止めて、ジャンプをするために、両足に力を籠める。
シンと静まり返った体育館で、一人でそっとボールを構える。大丈夫、フォームは忘れてない。手先の感覚も、さっき確認した感じ大丈夫。
できるはず。
両足に力を入れて、ひざの屈伸運動に合わせて小さく飛び上がった。
「っ!!」
辛うじて放ることはできたけど、糞シュートだ。リングに掠ることなく、リング下で構えていた城崎さんの数メートル右に、力なく落ちた。
なるほど、これはキツイ。
飛び上がった瞬間、理解した。足の感覚がない、力の込め方が違うこと。両足に均等に力をかけると、右足のほうは力の伝達が完璧じゃないから弱い。体が即座に流れるし、そのまま引っ張られる。ジャンプシュートは、これから徹夜で練習するとして、屈伸運動が使えないのは問題だよな。
どーしよ、投げるとか下投げとか方法は無限にあるけど、絶対にそれは嫌だ。この5本で、絶対にある程度ものにして見せる。
「さて、どうする?」
楽しそうに笑っている先生には悪いが、俺からすると全然笑えない。いや、本当にどうしよっかなぁー。うん、でもこのまま悩んでも何も変わらないし、とにかく飛ぶか。
合図とともに送られてきたボールを受け取り、セット時間の5秒間をフルに使ってとにかく飛ぶ。小さなジャンプを繰り返し、不格好だけどそのままドリブルをする。
なるほど、なんとなく力の入れ方がわかってきた。
足じゃない、腰だ。腰回りの筋肉だ。
ひらめいた瞬間、ピーーッ!と笛が響き渡った。
「あっ」
打つの忘れた。
「遊ぶのはいいけど、ちゃんと打てよー!」
「すみませんっ!」
恥ずかしいけど、それは後。一度ボールを城崎さんに返して、再度受け取る。さっきのやり方で理解したけど、いつも通りひざの力を使うのは無理。屈伸運動をするほど、義足を曲げる力を入れたらどれだけ反発してくるかわからん。
となれば、無事な左足で飛べばいい。右足は補助程度でいい。どう頑張っても体は流れることを前提にジャンプすればいい。
軽くジャンプをする。わずかに体が持ち上がった瞬間、その力を全部手先にもっていく感覚。しなやかに、緩やかに、留まらないように流れるように力を伝達する。
いい感じだっ!最後に手首のスナップを効かせて、最後の瞬間まで触れる指先を意識してっ!
ガコンッ!
「ちっ!」
「「っ!」」
狙ったところからは微妙にズレたけど、まだ修正範囲内だな。体が右に流れた量は、想定よりもちょっと大きかったな。飛んでから修正できない変化量じゃないけど、まだ手先の感覚が戻ってないな。最後、自分が思っているよりも第一関節が固いし、感覚が温い。もっと、もっとコントロールできるだろ、俺。
指先にある爪まで意識しろ、徹底的にだ。無理無茶無謀なんて、この足を付けている時点で決まってんだよ。手先すべてを味方にしろ。
「スーーーフウゥッ」
一段と深く息を吸って、思い切り吐き出す。ダイジョブ、無理はない。いい感じに集中できてる。指先まで俺の体はコントロールできるし、麻痺もしてない。
動かせるんだから、大丈夫。久しぶりでちょっと緊張してるのと、注目されてるのが邪魔なだけだな。でも、もう大丈夫。
「はあぁぁぁあぁ」
息を吐いて、ゴールを見据える。もう、リングに当てて確認する必要はない。感覚はさっきと一緒。指先は、2本目で打てなかった時にチェックした。
いい感じに集中できてる。うん、ボールもいい。屈伸の感覚問題なし、体は想定通り流れる、腕の疲れもいい感じ。脱力もしっかりできてる、指先の神経も今生きてる。
いい感じだ。
パサッ!
「「「「「「「「なっ!」」」」」」」」
リングに掠ることもなく、きれいにネットを潜り抜ける。ボールよりも絞られた場所で、一瞬だけボールが宙にとどまり、まっすぐに城崎さんの手元に落下した。
「おーけーだな」
一人、確認するように小さく呟いた。うん、これでもう、フリースローは問題ない。外すこともあるかもだけど、冷静になれば打てる。後は、空中姿勢を毎回完璧に整えて、指先まで神経を集中できればいいだけだな。
「よし、つぎぃ!」
「はいっ!」
満足そうに頷く夏樹にグッドサインを出しつつ、監督の指示に従いフリースローラインから捌ける。指先の感覚も、ゴールをボールがくぐる瞬間も、すべてが懐かしかった。
でも、なんだろう。時折、熱視線とは違って刺すような、攻撃的な視線をいくつか感じたような気がした。俺、何かしたんだろうか?
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