第2話 学校生活と部活への一歩

4月3日交通事故に遭遇した俺は、右足を失った。だが、命を失うことはなく、今までのように自由自在に駆け回ることができなくなる代わりに、この命を貰った。

そのことに関して、後悔もない。同じことが起これば、俺は再び目の前にいる小さな命を助けるために、同じことをしてしまうだろう。


ただ、その影響で半年もクラスへの合流が遅れてしまった俺は、一つの問題に直面するのだった。


「ねぇ、あの人が?」

「うん、なんでも片足がなくなったらしいよ?すごいよねぇ、自分を犠牲にしてまで、見ず知らずの誰かを助けることができるなんてさ」

「いや、わかんねぇだろ?本当にそんな奴がいるのか?いたとしたら、それはヒーローか何かじゃんか」

「あははっ!違いねぇなっ!つってもよぉ、俺たちなら自分が事故るなんてヘマせず助けられんだろうよ。なんか、ドンくさそうだぜ、アイツ」

「確かに、自己紹介の時もどこか居心地悪そうだったもんねぇ」


ケラケラと笑いながら、こちらを観察するような視線がほかにも幾つか。俺が事故してけがをしたということは、クラス内どころか学年でも有名な話である。もちろん、できるだけ先生たちは事を荒げないようにしてくれてはいるが、せっかく構築されたクラス間の関係に新しい風が吹けば、誰もが警戒して不思議ではない。

しかも、片足義足でコミュ障で、やる気のない瞳。個性のオンパレードであり、誰もが距離感を図りかねていた。


「想定していたとはいえ、これはキツイ」


わかってはいたさ、自分のコミュ力では友人一人作ることも難しいことは。とはいえ、ここまで遠巻きに見られて観察されては、こう。なんというか、パンダみたいで居心地が大変よろしくない。


「はぁ」


ただただ、一人でため息をこぼしているだけで俺の復学初日の全授業過程は終了してしまった。なお、心配していた授業進度だが、ちゃんと予習したかいもあってかしっかりと付いていくことができた。これはうれしい誤算だった。




放課後、チャイムとともにクラス内の生徒は、散り散りになっていく。全生徒が部活に所属しており、快活な笑みを浮かべながら楽しそうに友人を引き連れて、部活動へ旅立っていった。


「さて、俺も向かいますか」


かくいう俺も、みんなに完全に出遅れる形で自分の所属する部活へ向かっていく。スポーツ推薦で入学した俺は、形式上バスケットボール部に所属している。全部で3軍まである中で、俺の立ち位置は当然だけど3軍。何なら、戦力外だ。


動けない雑魚だが、それでもバスケがしたかった。1軍の監督には見放され、バスケを諦めろと言われた。でも、俺には両手があるしまだ左足もある。どんな形でも、バスケにしがみつきたかった俺に、3軍の監督が手を差し伸べてくれた。


「へぇ、君が要らないというならウチでもらうよ?」

「好きにすればいい。生徒の自主性を重んじるが、無理をさせて怪我が悪化したら困るからな」

「君は素直じゃないなぁ」


俺の前でバチバチと火花を散らせつつも、監督は俺にやさしく手を差し伸べてくれた。まだ、俺にもバスケができる、可能性がある。俺に、役目があるのかもしれない。何より、俺はバスケがしたい。


その思いを無視することも、裏切ることもできず。俺は、その先生の差し出してくれた手を、「ありがとう、ございます」と、涙ながらに握ることしか、その時はできなかった。





「恥ずかしい」


当時のことを思い返してみれば、この一言に尽きる。だが、もう二度とバスケができないという現実を前に、俺を誘ってくれた監督には感謝しかない。こうして、転校することなく一条高校に通い、バスケをするために体育館に足を向ける勇気が出たのは、あの先生がいたからだ。


カツ、コツ、カツ、コツ、と、不格好な音を響かせながら第三体育館へ、ゆっくりと歩く。近づくにつれて、ダンッ!ダダンッ!、キュキュッ!、ガャンッ!と、どこか懐かしい、恋しかった音とともに、「オー!エイッ!」という男たちの掛け声が耳に響き渡る。


バスケの練習だ、練習音だっ!久しぶりに、バスケを見れるっ!ボールに触れるっ!大きな体育館だ、リングはいくつあるだろう?ボールはいくつあるかな?手入れ、行き届いてるといいな。体育館は滑ることなさそうだなぁ。ゴールの板はアクリル?それとも、昔ながらの木製かな?感触が全然違うから、結構重要なんだよなぁ。あと、ボールの空気圧も、練習時から拘っていないと、本番で焦る要因になる。

いろんなことが胸中を駆け巡り、自分の胸元と目元がじんわりと温かくなるのを感じた。でも、「練習できるっ!」と意気込んで、すぐにそのテンションは急降下した。


「そうだった、俺。足がないから、もうバスケはできないのか」


バスケができない。覚悟はしていたが、こうして近くまで来てみるとその事実は想像以上に重く、自分の両肩にのしかかった。自分の覚悟など、たやすく崩される。だって、自分が動いている姿が欠片も想像できないのだから。


「キッツイなぁ、これは」


泣き言が漏れる、言ったらダメだとわかるが、止める手段がなかった。

目の前にあるこの扉を開ければ、大好きなバスケがそこにあるのに。俺は、同じ場所に立っていることすら、許されない。


「選手生命は終わった、君はもうバスケはできないんだよ」そう言われたとき、医者には「大丈夫」と返したが、なんだよ。全然大丈夫じゃねぇよ、なんでだよ。なんで、俺から片足を奪ったんだよ。バスケ、できねぇじゃねぇかよ。どうしてくれるんだよ。俺、これから何をして生きればいいんだ?

思考の渦に飲み込まれ、目の前が真っ暗になる。全力疾走した直後みたいに酸素が薄い、呼吸がキツイ。もう、嫌だ。そう思ったとき、よく知る声が後ろから聞こえた。


「おお、来てくれたのか。ほら、中に入れ~」

「先生」


後ろからそっと肩に触れ、声をかけてくれたのは3軍で監督をしている、降旗先生だった。そのおっとりした、優しさに満ちた声を聴くと、徐々に呼吸も安定して視界がクリアになる。


「君は、ここへバスケをしに来たんだろ?」

「でも、俺は足を怪我してるから」

「それでも、君はバスケがしたいと僕に言ったじゃないか。じゃあ、この扉を開けるしかない。君は、バスケをしたいと心の底から願ったんだろ?あきらめないと決めたんだろ?なら、頑張ろうじゃないか。僕は君の足になることも、頭脳になることも、友人になることも、君の代わりに努力することもできないが、君の先生になることはできる。迷い悩み苦悩し迷子になっている子の、隣に立って一緒に悩んで考えて、涙を流しながら応援して支えることはできる。君が求めるなら、僕は君の導き手にだってなることができるのだからね」


この人は、なんでこんなにずるいんだろうか。そんなの、頑張るしかないじゃないか。ずるいな、ずりぃよな、大人ってのは。


カッコイイこと言って、誰かの背中をそっと押しても、全然ダサくない。そっと寄り添うどころか、後ろから全力でタックル決めてくるくせに、ちゃんと衝撃は緩和して、そっと包み込んでくる。なんだよ、なんなんだよ。

ズリィよ、先生。優しいって、こんなにも卑怯なのか?俺、ついていくことしかできないんだよ?何もできないのに、そんなこと言われたら、期待するじゃんか。


まだ、俺も頑張れるんじゃないかって。もうちょっと、頑張ってもいいのかなって。


自分でも捨てていた何かを、拾ってもらった。この伽藍洞の両手に乗せて、そっと包み込んでもらえた。そんな気がした。


「ほら、君を待っているよ」

「はいっ!」


俺は、元気よく返事をして先生の背中についていった。

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