5 ドーバー沖海戦

1940年8月16日、冷たい海風が吹きつけるドーバー海峡で、英国の運命を決する一戦が繰り広げられようとしていた。本国艦隊司令官、チャールズ・フォーブス提督は、海軍本部からの厳命を受け、手持ちの艦艇を総動員してドイツ軍の侵攻を阻止するべく動いていた。彼の指揮する艦隊には、戦艦「ロドニー」や「ネルソン」、巡洋戦艦「レナウン」、そして空母「アーク・ロイヤル」を含む強力な戦力が集結していた。しかし、彼らが直面する敵もまた、容易ならざる強敵であった。


ドイツ側の指揮を執るのは、冷徹な戦略家として知られるギュンター・リュッチェンス提督であった。彼の率いる艦隊には、巡洋戦艦「シャルンホルスト」や「グナイゼナウ」、重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」、そして駆逐艦やUボートが含まれていた。さらに、リュッチェンスは、ドイツ空軍の強力な支援も受けていた。急降下爆撃機「シュトゥーカ」や戦闘機「メッサーシュミットBf109」が、昼夜を問わず英国艦隊に襲いかかっていた。


その日、フォーブス提督はノース・フォーランド沖で艦隊を再編成し、ドーバー海峡に突入する準備を整えていた。彼の狙いは、ドイツ軍の補給線を断ち、さらに海峡におけるドイツ艦隊を壊滅させることだった。しかし、ポーツマスからの駆逐艦隊は爆撃により出発が遅れ、予定通りの時間に到達できなかった。さらに、リュッチェンスは既に英国海軍の暗号を解読し、彼らの動きを把握していた。英国艦隊が南下を開始すると、リュッチェンスはすぐさま迎撃態勢を整えた。


海峡に突入したフォーブスの艦隊は、すぐに猛烈な空襲にさらされた。「シュトゥーカ」急降下爆撃機が繰り返し襲いかかり、高高度からも爆撃が行われた。これにより、英国艦隊の進軍は度々阻まれ、彼らの戦力は次第に消耗していった。特に、戦艦「ロドニー」は2つの機雷に接触し、行動不能に陥った。また、フォーブスは度重なる回避行動を余儀なくされ、艦隊の編成が崩れ、戦力の集中が難しくなっていた。


この間に、リュッチェンスは機雷原を巧みに利用し、フォーブスの艦隊を追い詰めていた。ドイツの巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は、28センチ砲の長距離射撃で英国艦隊を苦しめた。特に、巡洋艦と駆逐艦が機雷に接触して次々と沈む中、フォーブスは苦渋の決断を迫られていた。彼の艦隊は、外洋への脱出を試みながらも、次第に追い詰められていった。


しかし、フォーブスは諦めなかった。彼は戦艦「ネルソン」や「レナウン」の強力な15インチ、16インチ砲を駆使し、ドイツ艦隊に反撃を試みた。数発の砲撃がドイツ艦隊に命中し、「グナイゼナウ」は深刻な被害を受けた。しかし、その代償も大きかった。巡洋戦艦「レナウン」は「シャルンホルスト」からの連続砲撃を受け、爆発を起こしてしまった。フォーブスは悲痛な決断を迫られ、残存艦艇を外洋へと退却させることを決意した。


一方、ドイツのリュッチェンス提督もまた、手痛い損害を受けていた。特に、グナイゼナウの深刻な損害は彼にとって大きな痛手であったが、それでも彼は戦いを続ける覚悟を決めていた。彼の艦隊は、依然として強力な砲火を保ち、フォーブスの退却を阻止しようとしていた。


夕刻が迫る中、英国艦隊は激しい戦闘の末、海峡からの脱出を図った。ポーツマスから到着した駆逐艦は、ほとんど影響を与えることができず、ドイツ軍の圧倒的な攻勢に苦しめられていた。さらに、ドイツ軍の陸上部隊も増援が続いており、英国軍の陸上戦線は崩壊の危機に瀕していた。


フォーブスは、17日の夜明けとともに最後の決戦を挑む決意を固めた。彼は掃海した水路を通り、ドイツ艦隊に対して大規模な砲撃と、空母「アーク・ロイヤル」から発進する「ソードフィッシュ」魚雷航空機の連携攻撃を仕掛ける計画を立てた。しかし、この計画もまた、容易には実行できなかった。機雷敷設やドイツ空軍、さらにはSボートによる妨害により、英国艦隊の進軍は遅れ、リュッチェンス提督はその隙を突いてフォーブスの艦隊を包囲しようとしていた。


それでも、フォーブスは最後まで抗戦した。彼の努力が実を結び、「グナイゼナウ」を撃沈し、重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」を無力化することに成功した。しかし、「レナウン」の爆発と、「ロドニー」の無力化により、英国艦隊は致命的な打撃を受け、撤退を余儀なくされた。


フォーブスの艦隊が退却する中、ドーバー海峡は再び静寂を取り戻した。しかし、その静寂の中には、激戦の傷跡が深く刻まれていた。英国艦隊の損失は甚大であり、フォーブス提督もまた、その責任の重さに押しつぶされそうであった。しかし、彼はなおも次なる戦いに備えるべく、残存艦艇を再編成するために全力を尽くしていた。

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