3 フランス艦隊の無力化

7月初旬、ヨーロッパの情勢は緊迫していた。フランスの降伏に伴い、その強大な海軍がドイツの手に渡る危険性がイギリス政府を苛んでいた。フランス海軍がドイツに利用されることは、地中海と大西洋における海軍力のバランスを崩し、イギリスにとって致命的な打撃となる可能性があった。これを阻止するため、イギリス政府は重大な決断を下した。


6月27日、ウィンストン・チャーチル首相は、フランス艦船がドイツ軍の手に渡る前に無力化するための先制攻撃を決断した。たとえ、フランスの艦長たちが自らの艦船を敵に引き渡さないよう明確に禁じられていたとしても、イギリスにとってそれは十分な保証にはならなかった。ドイツの支配下にあるフランス海軍が、英国を脅かすことは避けられないと考えられたのだ。


7月3日、イギリス軍はその決断を行動に移した。イギリスの港に停泊していたフランスの戦艦3隻、巡洋艦4隻、駆逐艦11隻、潜水艦3隻は、イギリス軍の説得によってほぼ無血で降伏した。フランス艦隊の降伏は、戦争の大義の前に彼らが持つ誇りを打ち砕くものであった。しかし、それがフランス海軍全体を無力化することにはならなかった。オランの海域には、フランス海軍の最強の部隊が待ち構えていた。


オランの港には、ジャンスール提督の指揮下にある強力な艦隊が停泊していた。ジャンスールはフランスの誇りを象徴する提督であり、彼の下には戦艦「ブルターニュ」や巡洋戦艦「ダンケルク」、さらには駆逐艦や小型艦艇が集結していた。彼は降伏を拒否し、フランスの名誉を守るために最後まで戦う覚悟を決めていた。


イギリス側の指揮官であるジェームズ・サマーヴィル提督は、H部隊の指揮を執り、オランのフランス艦隊に対して交渉を試みた。彼の指揮下には、戦艦「フッド」や空母「アーク・ロイヤル」、さらに巡洋艦や駆逐艦が配備されており、彼らは強力な砲撃力を有していた。サマーヴィルはジャンスールに降伏を促し、戦争を回避するための最後の手段を探った。


しかし、交渉は平行線を辿り、最終的には決裂した。7月3日の午後、H部隊はやむを得ず発砲を開始した。イギリス艦隊の主砲が火を吹き、オランの港に停泊するフランス艦隊を襲った。戦艦「ブルターニュ」は、複数の直撃を受けて大爆発を起こし、港内で沈没した。巡洋戦艦「ダンケルク」は、致命的な損傷を受け、動けなくなった。駆逐艦や小型艦艇も次々と撃沈され、フランス海軍は壊滅的な打撃を受けた。


戦闘は短時間で終結したが、その代償はあまりにも大きかった。フランス側は、1000人以上の水兵を失い、その勇敢な抵抗にもかかわらず、戦力の大部分を喪失した。ジャンスール提督は、イギリス軍の圧倒的な火力の前に屈するしかなかったが、その意志は最後まで揺らぐことはなかった。


この攻撃により、フランスのヴィシー政府は激怒し、イギリスに対して宣戦布告を考えるまでに至った。しかし、それは実行されなかった。フランスの名誉は傷つけられたが、同時にドイツ軍に艦船が渡ることは阻止された。イギリス政府は、ドイツの手に渡る前にフランス海軍を無力化するという目的を達成したが、その代償としてフランスとの関係は決定的に悪化した。


一方で、地中海と大西洋に展開するイギリス海軍は、ドイツとイタリアの連携による脅威がますます現実のものとなっていることを感じ取っていた。イギリス海軍本部は、ドイツ軍の攻撃意図が明確になりつつある中で、地中海におけるイタリア海軍の動向を注視していた。イギリスの救援に向けての準備は進んでいたが、その時が来るのはそう遠くないことを誰もが感じていた。


フランス海軍の無力化は、一つの戦略的勝利であったが、同時に新たな戦線が開かれる前兆でもあった。東地中海とジブラルタルに展開するイギリス艦隊は、これから訪れる激戦に備えて、静かにしかし着実に準備を進めていた。

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