第三章 Battle of Britain

1 カナルカンフ


ケッセルリンク将軍の冷徹な目が、フランスの空を鋭く見つめていた。ドーバー海峡を越えて立ち上る朝霧の中、彼は次の一手を慎重に考え抜いていた。1940年6月、フランスが崩壊しつつある中で、彼の心はイギリスへと向けられていた。これまでの戦闘の成功により、彼は次なる段階へと進む準備を整えていた。彼の目標は明確であり、その達成に向けた決意は揺るぎないものだった。彼の指揮下には、ドルニエDo-17やユンカースJu 87シュトゥーカなどの最新鋭機が集結し、偵察と攻撃の準備が整っていた。


6月5日、ケッセルリンクは彼の指揮下にある部隊に対し、イギリス南部への攻撃命令を下した。フランスの飛行場から飛び立った偵察機は、イギリス本土の防御態勢を探り、そこに存在するわずかな隙間を見つけ出そうとしていた。ドルニエDo-17Pは静かに高高度を飛び、夜の帳が降りるとともにその活動を開始した。イギリスの空に響くエンジン音は、次第に人々の日常生活に染み込み、彼らはその音に慣れていった。しかし、それがもたらすのは平穏ではなく、深い不安と恐怖であった。


島内の緊張はピークに達し、スパイ狂いと多数の秘密行動の報告が飛び交った。地方防衛義勇隊(LDV)のメンバーは、崖の上や要衝を警備しながら、いつ敵が襲いかかるかわからないというプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。無謀な恐怖に駆られた彼らは、夜の闇の中で誤って無実の人々を撃つことさえあった。


6月19日、ケッセルリンクはドーバー海峡を通過する船団に対して、最初の急降下爆撃を実行した。ユンカースJu 87シュトゥーカのパイロットたちは、敵の船団に向けて急降下し、精密な爆撃を行った。海面に広がる波間をかすめるように飛び交う爆撃機の群れは、圧倒的な破壊力を誇っていた。イギリス空軍(RAF)は、この攻撃に対抗するために戦闘機を出撃させたが、ドイツ空軍の巧みな戦術により、多くの機体が海に沈んでいった。


ケッセルリンクはこの攻撃が、イギリス空軍の弱点を見極めるための重要な一手であると考えていた。彼は、RAFがまだフランスでの戦闘から立ち直っていないことを知っており、その戦力を温存しようとしているダウディング空軍元帥の心情を読み取っていた。彼の目論見通り、イギリス空軍は消耗戦に巻き込まれ、戦力の低下が顕著になっていった。


その後の10日間、シュペルレ将軍の第3航空艦隊も船団や港への攻撃に加わり、イギリス海軍の艦船に甚大な被害を与えた。特に、駆逐艦が次々と沈没し、輸送船も大きな損害を受けたことで、イギリス側の士気は大きく揺らいだ。第11飛行隊の損失が増加し、ダウディングは船団の運航を停止するよう求めたが、首相のウィンストン・チャーチルはこれを拒否した。彼は、敵に屈することは国の誇りを傷つけると考えていた。


しかし、6月29日、事態はさらに深刻なものとなった。ドーバー海峡での攻撃により、イギリスは駆逐艦2隻を失い、さらに多くの船舶が損傷した。その日の終わりには、イギリス空軍は15機の戦闘機を失い、ドイツ空軍もまた爆撃機1機、水上機雷敷設機1機、戦闘機9機を失った。これを受けて、チャーチルはついに態度を軟化させ、ドーバー海峡の昼間の船舶通行が禁止された。


ケッセルリンクはこの成功に満足していたが、彼の野望はまだ終わりを迎えていなかった。6月30日、彼はドーバー海峡を見下ろす司令部で、ドイツ空軍参謀総長ハンス・イェションネクとシュペルレ将軍とともに次なる計画を練った。シュペルレは、イギリスの飛行場への攻撃を提案し、敵の戦闘機を戦闘に引き込むことを主張したが、イェションネクはこれを却下した。彼は、侵攻の警告を早まって与えることになるとして、この提案に反対したのである。


代わりに彼らが合意したのは、デボンポートとハンバーの間の船舶と港に対する激しい爆撃の範囲を広げることであった。これにより、イーグルデーと呼ばれる決定的な一日に向けた準備が整えられた。ドイツ空軍は、イギリスのレーダー施設に全力で注意を向け、決戦に備えた。


7月に入ると、戦闘はますます激しさを増し、ドイツ空軍は連日のように攻撃を繰り返した。イギリス空軍は苦境に立たされ、補充が追いつかないほどの損失を被った。ドイツの戦闘技術は日に日に向上し、イギリス空軍の戦力を削り取っていった。ケッセルリンクは、この戦いが彼の望んだ通りに進んでいることを確信していた。


だが、戦いはまだ終わっていなかった。イギリス空軍は、未だ持ちこたえていた。そして、これから始まるであろうイーグルデーは、双方にとって運命を決定づける戦いとなるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る