3 ドイツの計画

ソーン将軍が見ていたのは、厳しい戦局を予感させる地図だった。彼は、ドイツ軍の計画を知らぬままに、刻々と迫る脅威を直感していた。ドーバーとハイスの間の平地が目指されることは明らかで、そこに展開されるべき空挺部隊の影が、すでに彼の頭の中で動き回っていた。ドイツの第7空挺師団と第22空挺師団が、航空拠点を確保するために降下するというのがフォン・ルントシュテット将軍の意図であり、その後に控えるのは第6山岳師団、さらにフォークストンとハイスの間に上陸する第17歩兵師団であった。


ソーン将軍は、その計画が進行中であることを知れば、状況は絶望的だと感じたかもしれない。しかし、彼の手元にはその情報がなかった。イギリスの諜報機関は、敵の動きを把握できないまま、ほぼ盲目に近い状態であった。航空写真やスピットファイアが撮影してきた情報は不十分で、ドイツ軍が北海を横断してイースト・アングリアに進出するのか、あるいはケントに向かうのか、その見極めが困難であった。


一方、ドイツ軍内部では、海峡横断を大規模な渡河作戦と見なしていた司令官たちと、懸念を抱くレーダー提督との間に意見の対立があった。フォン・ブラウヒッチュ元帥は楽観的であり、制空権さえ確保できれば、上陸作戦は成功するだろうと信じていた。彼の計画では、Sデーの翌日には第9装甲師団が上陸し、イギリス軍の反撃を阻止するためにカンタベリーに向かう予定だった。しかし、レーダー提督はこの楽観論に異議を唱えた。彼は、「イギリス艦隊は大きな損失を受けていなく、減っていない。一方、我々は シャルンホルストやグナイゼナウへの損害を含め、不釣り合い な損失を被っている。もちろん、幸運にも南海岸にかなりの橋頭堡を確保できるかもしれない。しかし、それを維持するのは別の問題である。水上艦隊は敵の機雷原を掃討し、独自の防御弾幕を張ることさえ できるかもしれない。しかし、我々の潜水艦は30隻しかなく、残念ながらその魚雷は欠陥がある…上陸用舟艇はどうだろうか? 十分な数をSデーに準備できるのは奇跡だろう!」とレーダーは言った。「砂州や機雷原の中を航行させるのは危険であり、成功する見込みは極めて低い。しかし、ドイツ人特有の決意と柔軟性があれば、不可能なことはない」。彼の声には不安がにじんでいたが、その一方で、ゲーリング元帥は全く異なる見解を持っていた。「ドイツ空軍に任せろ!」と彼は自信満々に宣言した。「7月8日のイーグルデーまでに、イギリス空軍を粉砕する準備が整う。そして、その後は急降下爆撃機がイギリス海軍にとどめを刺すだけだ」。


こうしたドイツ軍内部の楽観的な見解と懸念が交錯する中、イギリス軍はその攻撃にどう対処すべきかを模索していた。ケントに配置されたソーン将軍の第12軍団は、寄せ集めの沿岸砲台と対空砲を頼りに、ドーバーからフォークストンに至る海岸線を防衛していた。しかし、その装備は乏しく、34門の野砲と12門の雑多な対戦車砲だけで、ドイツ軍の装甲部隊に対抗できるとは到底思えなかった。


ソーン将軍が直面していたのは、圧倒的な敵勢力との対峙であった。彼の指揮下にある兵士たちは、経験が浅く、武器も十分ではなかった。これではドーバーやフォークストンでの上陸作戦を阻止することは難しいと感じていた。しかし、彼は最後まで防衛の任務を果たす決意を固め、準備を進めていった。


イギリス軍の未来は、レーダー提督が指摘した通り、ドイツ軍の決断と柔軟性にかかっていた。ゲーリングの自信に満ちた言葉が現実になるのか、それともレーダーの懸念が的中するのか、どちらにしても、その答えは目前に迫っていた。

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