2 英国の計画

夏の光が薄れ、空にはわずかな星が瞬く7月初旬の夜、イギリス南東部の防衛陣地は張り詰めた空気に包まれていた。大英帝国の防衛を担う将軍たちは、敵がどこに上陸しようとしているのかを推測するしかない状況に追い込まれていた。情報の断片は乏しく、信頼できる諜報機関のネットワークもほぼ完全に遮断されていた。ドイツ軍の進撃に対するスパイ活動は、連絡員が捕らえられたり、無力化されたりしたため、すでに壊滅状態に陥っていた。


航空写真から得られる情報も限られており、特に北ドイツの港に集結する主要な海上部隊の動向を把握するのは困難を極めていた。スピットファイアが高高度から撮影を試みるものの、その飛行は極めて危険で、数も限られていた。そのため、ドイツ軍の主力攻撃が北ドイツの港に集中しているという憶測に基づいた作戦が練られることとなった。しかし、その根拠は薄く、あくまで推測に過ぎなかった。


7月初旬、潮の満ち引きや月明かりが最も適した時期に、ドイツ軍が北海を横断し、イースト・アングリアに上陸を試みると予想された。海峡横断の動きは予期されていたものの、イギリス戦闘機司令部がドイツ空軍を制圧し、イギリス海軍がドーバー海峡を支配している限り、その可能性は低いと判断されていた。しかし、敵がどこから来るかを見極めるのは、まるで霧の中で敵を探すようなものであった。


エドマンド・アイアンサイド将軍は、この不確かな状況に対処するため、最も武装し、訓練された部隊をイースト・アングリアとライム司令部に配置することを決定した。第2機甲師団、178両の軽戦車を含むその部隊は、戦闘経験が乏しいものの、新鋭の装甲部隊として期待されていた。一方、部分的に戦闘経験を積んだ第1機甲師団は、中戦車70両、重戦車82両を装備し、ロンドン南部に配置された。


この配置は、ドイツ軍がどこに上陸しても対応できるようにするためのものであったが、実際にはドイツの罠に陥ることとなった。ドイツ軍の本当の狙いはケントであり、その地域は防衛が薄く、唯一適切な戦闘機の援護が受けられる地域であった。アンドリュー・ソーン中将率いる第12軍団が守るケントの沿岸には、サネット島、ディール、ドーバー、ショーンクリフなどがあり、これらの地域は、いわゆる機動部隊と沿岸砲台の寄せ集めによって守られていた。


第1(ロンドン)師団の「機動部隊」という称号は皮肉にも似合わず、現実には34門の野砲と12門の対戦車砲を持つ砲兵部隊で構成されていた。その砲兵部隊は、さまざまな口径の野砲で雑多に構成されており、対戦車能力があるとはいえ、限られた兵器の数では十分な防衛力を提供できなかった。クロード・フランシス・リアルデット少将は、その貧弱な装備を「ばかげている」と評したが、これは至極当然のことだった。


敵が上陸しようとしている場所は未だ不明のまま、イギリス軍は準備を進めていた。夜間の静寂が重くのしかかる中、兵士たちはその瞬間が訪れるのを待ち構えていた。ドーバー海峡の彼方、ドイツ軍の侵攻が差し迫っているという事実は、誰もが認識していたが、果たしてそれがどこで始まるのかは、まだ暗闇に包まれていた。


次第に、南東部の沿岸に緊張が高まりつつあった。イギリス軍は最善を尽くして防衛線を構築していたが、戦力の不足、情報の欠如、そして敵の動きを見極められない不安感が彼らを苦しめていた。この戦いは、単なる兵器の数や軍事力の差ではなく、情報戦でもあった。ドイツ軍の圧倒的な攻勢に対して、イギリス軍がどれほど耐えられるかが、今まさに試されようとしていた。


ドイツの戦略が徐々に明らかになる中で、イギリス軍はその罠にかかるかもしれない危機に直面していたが、それでも彼らはその命をかけて祖国を守ろうとしていた。イギリスの夜は依然として静まり返っていたが、やがてその静寂は戦火に飲み込まれることとなるだろう。

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