救世主は私のお兄様
屋敷に着いたと御者から告げられた。
ひとしきり泣いた後なので、どうにか泣き顔を悟られないようにしてから馬車を降りようとすると、なぜかまだ王城で仕事をしているはずのお兄様が手を差し伸べてくれていた。馬車内は影となっているので、私が泣いていたのには気づいてはいなそうだ。
「なぜお兄様が屋敷にいらっしゃるのです?もうお仕事は終わりなのですか?」
「今日はセイリーンが復帰して初めての登園だからな。心配になって、早めに屋敷に帰宅できるようにしたんだ。どうだった学園は?」
うつむきながらお兄様の手をとって馬車から降りると、お兄様は様子がおかしい私の顔を覗き込んでくる。見ないでー。
「何か目元赤くないか?泣いたのか?何があったんだ?」
お兄様はうつむいたままの私の背中をさすってくれた。さらに私の手をとって、居間まで連れて行ってくれるではないか。お兄様の手がじんわり温かい。
「お前を泣かせたのは誰だ?」
嫌がらせをされたと思ったのか、お兄様がすごく心配してくる。ちょっと迷ったがウソを伝えても仕方が無いので、授業でついていけなかった部分があったことや金髪侯爵令嬢軍団のイヤミなどもありのまま伝えた。
「魔法の授業にしっかりついていけるようにオレが重点的に指導する。嫌味を言った令嬢はケユル侯爵家のイザベラ嬢か。格上貴族だから威張るのが仕事みたいなものだ、気にする必要ない」
「いろいろと刺激的な1日で疲れました」
体力的に疲れたのもあるが、"元の世界に戻れるか問題”でメンタルがやられているなんて言えない。ため息をついた私をお兄様は優しく撫でながらずっと励ましてくれた。
「セイリーンが笑顔じゃないとオレも苦しくなるよ」
お兄様がふんわりと私を包みこむ。これはハグというやつでは......!?
(こちらの世界では兄妹でハグも普通なのかな??)
中身が他人の私としてはメチャクチャ焦ってしまう。彼氏なんていたことが無いので異性に抱きしめられるなんて大事件だ。
しかも、お兄様から石鹸みたいな良い香りがしてくるではないか......!思わずクンクンしたくなる。いけない、これでは変態じゃないか。
「あ......あの、もう大丈夫だから。お兄様が元気づけてくれたから何とかやっていけそう」
お兄様の腕の中で固まりながら声をかけると、お兄様はそっと放してくれた。
「泣き顔を家族以外に見せるなよ。勘違いさせるから」
「勘違いって?」
「男は涙に弱いんだ。涙を流すこと自体が起きて欲しくないがな......さあ、夕食まで魔法の復習でもしよう。着替えておいで」
お兄様は優しい。本当に理想的なお兄様だ。家族でなかったら惚れてしまいそう。
お兄様も自分の部屋に向かい着替えをするという。私も自室に戻り、制服を脱ぐとオランジェがハンガーにかけてブラッシングしてくれる。オランジェも私のためにお世話してくれているんだと思うと、私には味方がきちんといるではないかと元気が湧いてきた。
夕食までお兄様から屋敷の地下にある実践室で、学園で必要とされる魔法スキルについて指導をみっちりとしてもらった。屋敷の中に実践室があるなんてさすが魔法の大家。
どうやらセイリーンが倒れていたのも実践室らしい。指導を受けながらも手掛かりになるものをそれとなく探したけれど、薬草があるくらいで目ぼしいものは見つからなかった。それについては残念だったが、お兄様の熱心な指導のおかげもあり、だんだん魔法の感覚を掴むことができた。
「セイリーンの元々の魔力量は高いんだ。練習すればそこらのヤツには負けない魔法が使えるはずだ。あとは経験だな。繰り返し練習を積むことで高度な魔法も使えるようになる」
「反復学習というやつですね」
「そうそう。勉強だって魔法だって繰り返し行うことで身につく。だから焦らなくていい。それと、お前のことを悪くいうヤツがいたらすぐに教えろよ。勉強ならこうしてオレが教えるし、悩みは話してくれたら一緒に解決していくから」
イケメンな発言に"惚れてまうだろー!”と心の中でツッコんだ。何かあったらすぐにナイスなお兄様に相談しようと思った。絶対的な味方がいるのは嬉しい。
そこでふとレントの発言を思い出した。そういえば、私には婚約者がいるんだったっけ?と。こんなステキなお兄様みたいな方ならいいが、どんな人が婚約者なのだろう。元の世界に何とか戻るつもりではあるが一応、気にはなる。
「あの、お兄様。私に婚約者がいるというのは本当ですか?」
「婚約者?ああレント嬢から聞いたのか?その話は忘れていていい」
「忘れてって、どういう意味です?」
「全く正式なものじゃないから気にしなくていい」
正式ではない婚約者って何だろう。口約束で何となくいる婚約者ということだろうか。
まあ、今すぐ嫁ぐなんてことは起きなさそうだとホッとした私は、帰宅したお父様と共に家族みんなで楽しい夕食を楽しんだ。
お父様も城であった他愛ない出来事を報告してくれる。お母様もお茶会でのやりとりや気になったドレスなどについてずっと話し続けている。仲が良い家族だ。おかげで元の世界にいた時のように普通に過ごせるし、リラックスできる。大事な憩いの場だ。
夕食後も魔法レッスンをしてくれるというお兄様に甘えて、魔法についてたくさん質問をしながら熱心に魔法について学んで1日が終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます