にぎやかなランチタイム
午前最後の授業は「エクササイズ」だった。
いわゆる元の世界の"体育”と同じような授業で、基礎体力向上を目的にしたランニングの授業だ。授業終了のチャイムがなると、やっとランチの時間になる。生徒は原則、食堂を利用する決まりらしく、私もレントと共に食堂へ向かった。
元の世界ではお弁当生活だったから、ちょっと新鮮である。食堂の使い方をレントに丁寧に教えてもらいながらトレイを持って進んでいくと、赤髪野郎のアンスが話しかけてきた。
「よう、おつかれーあれだけ魔法も使えないとお前も苦労するよなぁ。魔法は得意だったじゃん?」
(この人やたら慣れ慣れしいけど、以前に交流あったのかしら??)
先ほどのやりとりを考えると話すのも面倒だったが、どうも相手に悪気が無いようなので、こちらもきちんと反応してやることにした。
「これから特訓し直すからアナタに心配してもらわなくても大丈夫よ」
敵対意識で思わずツンツンして答えてしまう。
「お前の家、魔法使えないとマズいもんなー、オレたちも協力してやろうか?なあレント」
私の横にいるレントに馴れ馴れしく話しかけるアンスというヤツは、女にだらしないのだろうか。でも、話しかけられたレントを見ると、あまりイヤそうでもない。レントとアンスの会話が続いていくので"アレ?”と思っていると2人からの視線を感じた。
「あのね、思い出せないと思うんだけど、私とアンスは婚約関係なのよ。アンスは誰にでも思ったことをいう人だからイヤな思いさせてしまっていたわよね。ごめんね」
「なーんだ言ってなかったのかよ?まあ、そういうことだよ。改めてヨロシクな!」
ガサツな男子生徒がまさかのレントの婚約者......!私、相当感じ悪くしてしまったではないか。しかも食堂に来る前にレントにたくさん文句を言ってしまった......。気マズ過ぎる。
「そ......そうだったんだ。その、レントに悪口いっぱい言っちゃったわ」
「オレもはっきり言うタイプだからあんまり気にしねーよ」
「そういうことじゃないでしょう!優しく話せないの!?」
レントがアンスを叱ってくれているが、アンスは彼なりに私を心配してくれるのが分かったので、お互いに水に流して一緒にランチを楽しむことにした。聞いたところによると、レントとアンスは母同士が友人で幼い頃から交流があったらしい。
アンスは子爵家の長男なのでレントは将来、子爵婦人になる予定とのことだ。母同士が気心が知れているので、かしこまる必要もなく嫁ぎ先としてはラッキーみたいだ。貴族同士の結婚の中でも恵まれた結婚と言えるだろう。
「アンスは、口は悪いけど中身はそうでもなくて。誤解されやすいのよね。安直すぎるのが貴族としては良くないけれど、一緒にいて安心できるのがいいとこよ」
「おい、こんなところでノロケるなよ。オレ、恥ずかしいじゃん」
「あなたが誤解されるようなことするから、フォローしているんじゃない」
「オレもレントといるとラクでいい。自然体でいられるし。心地いいからスキ」
「やだ......うふふ!恥ずかしいじゃない」
何だか2人がイチャつきだした。私は何を見せられているのだろう......。私の冷めた目線を感じたのかアンスが私に真面目な顔をして話しかけてきた。
「お前はとりあえず、兄ちゃんに魔法をもっと特訓してもらえよ。オレたちも分からないことはフォローしてやるからさ」
「......ずっと思っているんだけど"お前”って言うのやめてくれない?私はアナタのものじゃないんだから。お兄様にはもっと急ピッチで指導してもらうわ。フォローよろしくね。それと、ありがとう」
気安く話せる相手であることが分かったので、私も自然に接することができそうだ。安心すると自然と笑顔になる。ふと私の方に視線が集まる気がしたけど、気のせいだろう。記憶が無い令嬢なんて珍しいから。
ランチ後は、午後の授業があったがどの授業も元の世界に比べて比較的簡単な授業内容だったので、ついていくことができた。進学校に通っていた成果と言えよう。勉強しておいて良かったと、ホッとしたところで1日の授業を終えた。
課外授業があるというレントとアンスと別れて玄関ホールに向かっていると、金髪のゴージャスな令嬢が前から歩いて来たのが見えた。
(わあ、いかにも異世界にいそうなキャラね)
見つめてしまったせいか、金髪令嬢に呼び止められる。制服のリボンのカラーが私と同じだから同じ1年生のようだ。
「アナタ!どうして廊下の真ん中を歩いてらっしゃるの?」
「え、真ん中を歩いてはいけなかったのでしょうか?」
「何を寝ぼけたこといっているのよ!ケユル侯爵家のイザベラ様に向かってその態度はナニ?」
(コイツ、悪役令嬢ってヤツかしら?)
「すみませんでした。ちょっとボーっとしておりましたので」
「さっさと廊下の端にどきなさいよ!」
イザベラ令嬢の取り巻き達も加勢して文句を言ってくる。
胸クソが悪いと思いながらも、こちらは大人な対応をすることにした。大人しく廊下の端に寄ると頭をペコリと下げておく。金髪令嬢たちは気持ちが落ち着いたようで、そのまま廊下の中央を闊歩して去って行った。
(何よアレ!面倒な世界ね。来たくて来たんじゃないのに)
心の中で毒づくもこうダイレクトに文句を言われると、さすがにメンタルに響いてくる。疲れ切って馬車寄せまで行くと、御者が扉を開けてくれた。馬車に乗り、1人になるとホッとする。
(元の世界に早く戻りたいなー......いつもどれるのかなぁ......あー泣いちゃだめだー)
止めようと思っても自然に涙がポロポロ流れ落ちる。馬車の窓から見える外の景色は、元いた世界とは違って中世ヨーロッパのような古い町並みがどこまでも続いている。
(あー夢じゃないよなあ......やはり、リアルに起きてるんだなぁ)
目をつぶっても頬を何度つねってみても、何も変わらない状況に気持ちが折れまくっていた。
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