魔法が存在する世界に驚く

寝室に戻ると、メイドがスープを持ってきたところだった。


「お嬢様、熱心に魔法研究するのは良いことですけれども、魔力切れで気を失うなんてやりすぎです。大事なお体なのですから。オランジェは頑張りすぎるセイリーン様が心配です」


(え、魔法?魔法が使える世界なのね?)


異世界といえば魔法が使えるのがやっぱり常識なんだわ!などと感心していると、いろいろと質問したくなってきた。


「えーとね、私が魔力切れ?で気を失う前のこと、まったく覚えていないの。そんなに衝撃的な倒れ方したのかしらー?なんて」

「どこまで本気でおっしゃっています?話し方も少しおかしいですし。記憶を失ったなどということが本当ならば大変なことですよ!」


険しい表情のメイドことオランジェが厳しい声を出す。記憶が無い事態がかなりこちらの世界でもマズイ状況だということは分かるが、こちらも必死だ。


「記憶がないの。起きたら全部!自分が誰だか分からないし!この世界の常識も分からないし!」


マジな雰囲気を感じ取ったオランジェはよろめきながらも"失礼します!”と言うと、慌てて部屋を出て行った。正直に言い過ぎただろうか。途端に不安でたまらなくなってまたベッドにもぐりこみ、布団をギュッと握りしめていた。


しばらくすると、廊下を急いで歩いてくる足音が複数聞こえた。部屋の扉が勢いよく開き、どこかの高貴そうなオジサマとどこかの奥様風の女性が入ってきた。


「セイリーン!記憶がないってホントなの?いつもの冗談じゃなくて?」


オランジェがベッドのレースをめくると、20代?30代?かと思われるキレイな女性が話しかけてきた。その脇には彫りの深いイケメンな40歳くらい?の男性も並んでいる。


「わが天使のセイリーン、楽しい冗談ならば良いがほどほどにしないとみんな驚くぞ。」


わが天使?もしかして父親だろうか。ハリウッド俳優みたいに整った彼等は私に話しかけてくるではないか。さきほどのメイドと話した時もそうだったが、こちらの世界の言葉は不思議だが難なく普通に理解できる。


「私のパパとママでしょうか.......?」


言ってから後悔したが、自宅での父と母のことはパパ&ママ呼びしていたのでつい自然と口をついて出てしまった。


「パパ?ママ?なんだ小さい頃みたいな呼び方して。甘えられて嬉しいが、お父様&お母様だろう?」


「はは、そうでした.......」


そういえば、小説の中ではお父様&お母様と呼ぶのがスタンダードだったかもしれない。冷や汗をかきながら、なるべく丁寧な言い方でここの世界の両親に必死に説明をする。


「そのですね、起きたら記憶が全く無いのです。ここがどこだか、私が誰なのかも」


あまりに私が真剣モードで話すので、疑っていたお父様&お母様もだんだんと表情がマジになってきた。いろいろ聞かれる。


「お前は魔法の練習をしていて倒れたのだ。熱も出て3日も寝込んでいた。意識が混濁していたからとても心配していたよ。昨夜から熱が下がって穏やかな表情になったから安心していたのだが、まさか記憶に支障が出るなんて」

「セイリーン、一時的な記憶喪失になってしまったのかもしれないわ。あんなに言ったのに根詰めて魔法実験なんてしているから!とりあえず、今夜はまずは食事をとってゆっくりするのよ。明日の朝に医者を呼ぶわ」


お母さまがキビキビと指示を飛ばし始めた。話した感じ二人とも賢そうな人である。お父様はベッド脇に椅子を寄せると私の様子を見ながら、ここはフォルテ伯爵家という家なのだとか、家族構成などを教えてくれる。私のほかに兄もいるらしい。


私の年齢は16歳とのことで、元の世界とあまり変わらない年齢でホッとしたけれど、こちらの世界ではすでに大人扱いされる年齢で結婚してもおかしくないのだとか。


お父様は私があまりにも何も覚えていないので深刻な表情のままであったが、起きてしまったことは仕方がないとばかりに受け入れることにしたようだ。そうでなければ、こちらも困るので良かったが。


私も状況を知るべく、ふだんどのような生活をしているのかなど質問をし、1時間ほど話し合った。彫りの深いお父様がため息をつくとメイドのオランジェに私についているように伝えて部屋を後にした。


お母様もしばらくついていてくれたが、医師の手配などの確認があるからと慌ただしく部屋を出て行ってしまった。


貴族の暮らしを良くは知らないが、政略結婚であることが多いと聞く。先ほど見た両親は仲が良さそうで、ちゃんとお父さんとお母さんをしていた。転移?した先の家族環境が良いのは安心だ。


よくある義理の姉にいじめられているだとか、使用人に無視されているだとかの心配はなさそうだ。先ほど、メイドが持ってきてくれたスープも湯気が出ていて冷たいものではなかったようだし。ひとまずはホッと一息ついたのだった。

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