第19話《乗り換え不可能⑤》

「…佐藤、これ見て…!」


私は足を止めて震える手で携帯を掲げた。


それに映し出されていたのは先ほど消えた乗客たちの姿。


だが彼らは既に人気の姿を保っていなかった。


白い光に包まれ、身体がねじれ、顔は苦痛に歪み、目を見開いたまま無数の裂け目が走る。


「何だよこれ…こんな…こんなことが…」


佐藤がカメラを向けるが彼の手も震えている。


画面の中で乗客たちは見えない力に引き裂かれていた。


悲鳴も出せず、ただ身体が無理矢理歪まされる。


ある者は首が不自然な角度で折れ、ある者は首が四肢がちぎれて闇に吸い込まれていく。


バキッ…!


骨が砕けるような音が電車の中に響き渡る。


それは現実の音ではなくまるでこの空間全体に染み渡るような恐ろしい音だった。


私は耳を塞ごうとしたがその音は頭の中でこだまするように鳴り響く。


「俺たちもこうなるのか…?」


佐藤が呟く。


彼の声には希望が感じられなかった。


「やめて!そんなこと言わないでよ!まだ…まだ逃げられるはず…!」


私は必死に佐藤を奮い立たせようとするも私自身も声が震えていることに気づけない。


電車の中、幽霊たちの足音が近づいてくる。


無音に近い静かな足音だが、それがかえって恐怖を煽る。


影のように揺らめく足音が音もなく近づいてくるのだ。


「く、来るな!近づくな!」


佐藤が叫びながらカメラを向けるが、幽霊たちはどこからともなく現れ、無表情でこちらを見つめている。


彼らの顔はかつての乗客たちに似ているがどこか違う。


目が焦点を失い、まるで魂を抜かれたかのようだ。


「…消えた連中があいつらなのか…?」


佐藤の言葉に私の背筋が凍る。


消えた乗客たちが幽霊となって現れ、私たちを追い詰めているのか。


「そんな…いや、そんなはずない!彼らはもう死んで…」


言い終わる前に再びドンッと鈍い音が響いた。


今度は目の前で別の乗客が音もなく消え、次の瞬間、悲鳴を上げることもなく身体が裂け始めた。


ズシャッ…という音と共に彼の身体はまるで布が裂けるように縦に引き裂かれ、肉片と血が空間に散る。


だが血はすぐに消え、その跡形もなかった。


まるで現実ではないかのように。


「行こう!ここはもう限界だ…!」


佐藤が私の腕を引っ張る。


私たちは必死で走り出したが、電車の出口はまだ見つからない。


背後からは足音がゆっくりと近づいてくる。


振り返ると白い着物の女性が私たちを追っていた。


「やだ…!こんなところで終わりたくない!死ぬのは絶対に嫌!!」


私は涙を流しながら叫んだ。


だが恐怖で足をすくみそうになってしまう。


なんでこんなときに…!


後ろを振り返れば消えたはずの乗客たちが次々と幽霊となって現れ 、無表情のまま近づいてくる。


彼らの体からはもう生気は感じられず、ただの抜け殻のようだった。


「動け!逃げるんだ早く!」


佐藤が必死に私を叱咤するが恐怖で足が重くなる。


カツ…カツ…


足音がさらに近づき電車の闇が私たちを包み込もうとしていた。


その瞬間ドアが開いたように見えた。


「出口だ!あそこから…逃げられる!」


私は佐藤の手を握りしめ、全力でドアに向かって走り出した。


……背後には幽霊たちの冷たい視線が突き刺さり、まるで引きずり込まれる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る