第17話《乗り換え不可能③》

「…あれ、何…?」

私は声を震わせながら佐藤に問いかけた。電車の外、ホームに立つ無数の人影が、まるで霧のように揺らめいている。それらは、先ほどまで車内にいたはずの乗客たちだった。だが、彼らの姿ははっきりとしない。顔が溶けかけたように不鮮明で、体がぼんやりと歪んでいる。


「…これは、まずい…本当にまずいぞ。」

佐藤がカメラを握る手を強く握り直し、低く呟く。彼も異様な空気を感じ取っている。乗客たちの一部はそのままホームを彷徨い歩いていたが、残りの者たちは、私たちの方をじっと見つめていた。


「おい…彼ら、何か言ってるぞ。」

佐藤がカメラを回しながら、乗客の一人に焦点を合わせる。私は耳を澄ます。やがて、異様な言葉が彼らの口から漏れ出すのが聞こえた。


「ここはもう帰れないんだ…帰る場所なんて…ない…」


「道は閉ざされた…永遠に…」


乗客たちが口々に囁き出す。その言葉が耳に入ると、背筋が凍りついた。彼らの言葉には、何か異界からの力を感じさせる、異常な力が込められているようだった。体が動かない…恐怖が全身を支配する。


「ちょっと、何言ってるんですか?帰れないって、どういうことですか?!」

思わず声を荒げたが、彼らは反応しない。無表情のまま、何かを呟き続けている。


その時、突然、電車の中から一つの影が姿を現した。それは、乗客とは異なる存在だった。顔は歪んでいて、目や鼻の位置がずれている。髪はぼさぼさで、長い爪を持つ手が、不規則に揺れていた。


「佐藤!撮ってるの!?」


「撮ってる!でも、これ…放送できるのか…?」

佐藤も必死にカメラを回していたが、声には不安が滲んでいた。その時、ホームに立つ幽霊たちが一斉にこちらを向き、ゆっくりと歩き始めた。


「来るぞ…来る…!」


私たちに近づいてくる彼らの足音が、無機質に響く。人間ではない、何か別の存在であることを強く感じた。さらに、もう一体、白い着物をまとった女が現れた。彼女の顔は無表情で、目はまるで焦点が合っていない。足元は血で濡れていて、体全体が不自然に揺れている。


「逃げるべきだ、ここは危険すぎる!」


佐藤の声が現実に引き戻すように響いた。しかし、体が動かない。私は恐怖で足がすくんでいた。幽霊たちが、私たちのすぐ側まで来ていた。


「帰れない…ここはもう…私たちの場所なんだ…」


一人の乗客が、私の耳元で囁いた。その瞬間、何か冷たいものが全身を覆い、意識が一瞬だけ遠のくような感覚に襲われた。


「逃げろ!」

佐藤が私の腕を引っ張り、無理やり走らせる。幽霊たちが追いかけてくる。歪んだ顔の男、白い着物の女、血まみれの子どもたちが不規則な動きでこちらに向かってきた。


「佐藤、どこに行けば…!?戻るしかない!」


「分かってる!でも…出口が…ない!?」


電車に戻ろうとするが、いつの間にか扉が閉まっていた。逃げ場がない。周りは異界そのものだ。ホームの照明はちらつき、地面は黒い霧に覆われている。まるで現実とは思えない光景だ。


「ここに来たこと自体、間違いだったのか…」


私は震える声で呟いた。佐藤も息を切らしながら周囲を見渡している。


「絶対に戻れるさ。俺たち、まだ生きてるんだから…!諦めるな!」


しかし、その言葉は虚しく響く。幽霊たちの足音はどんどん近づいてきていた。そして、次の瞬間、白い着物の女が目の前に現れ、冷たい手が私の肩に触れた。


「ひぃっ…!」


その瞬間、全身に鳥肌が立ち、心臓が止まるかと思うほどの恐怖が襲った。目の前が暗転し、意識が途切れそうになる。しかし、佐藤の声が再び現実に引き戻した。


「今だ、走れ!」


私は残る力を振り絞り、再び走り出した。背後では、異界の存在がこちらを追い続けていた。どこまで逃げれば良いのか、全く分からないまま。


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