第16話《乗り換え不可能②》

「じゃあ、いよいよ噂の◯◯◯駅を取材しに行くわよ。」


カメラが回り始め、私は終電のホームに立っていた。カメラマンの佐藤が無言でレンズを私に向けている。ニュース番組の特集で、「ネットで話題の都市伝説」という企画を担当することになった私たちは、手がかりを求めてこの△△駅から出発した。


「この駅、なんか雰囲気ありますよね。」

佐藤が小さく呟く。駅には老若男女、十数人の乗客が静かに待っている。誰一人として話すことなく、皆うつむいている。その異様な静けさに、私も心の中に不安がよぎる。


「本当にいるんですかね…◯◯◯駅なんて。」

私は冗談っぽく言いながらも、胸が高鳴るのを感じていた。実際に噂の駅に到達したという確証はない。ネット上で若者たちが「見た」「体験した」と騒いでいるだけだ。


「それを確認するのが俺たちの仕事でしょう?」

佐藤はカメラ越しにニヤリと笑った。


終電が到着し、乗り込むと妙な空気が車内を包んでいた。乗客たちはどこか様子がおかしい。皆、無表情で座っているが、何かが違う。


「…全員、なんだか変ですね。」

私がそう言うと、佐藤も同意した。


「まるで…こっちを見てる気がするんだけど、気のせいか?」


私たちは小声で会話を交わしながら、車内を観察した。乗客たちは目を閉じ、まるで寝ているかのように見える。しかし、時折、瞼の裏からこちらを覗いているかのような錯覚に陥る。


「この車両…何か違うね。変だ、早く駅に着かないかな。」

佐藤が小声で呟く。


窓の外は真っ暗で、何も見えない。異常に長いトンネルの中を走っているようだった。ふと、車内にかすかな音が響く。囁き声や足音が遠くから近づいてくるような不気味な音だった。


「今の、何?」

私は佐藤に尋ねる。


「さぁ…聞こえたよな、今の…」


次の瞬間、電車の明かりが一瞬だけ消えた。再び点灯したとき、乗客たちの様子が明らかに変わっていた。彼らの目は開かれ、全員が無表情のまま私たちに視線を向けていた。


「…怖い…」

私は息を飲んだ。目の前の乗客は、まるでこちらの行動を監視しているかのように感じた。


突然、無機質なアナウンスが流れる。


「次は◯◯◯駅です。」


駅名を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。この電車は本当に噂の駅に向かっているのか? その真相を確かめるべく、私たちは静かに息を呑んだ。


電車が減速し、ガタンと揺れながら停車する。ドアが開くと、暗闇の向こうに見える駅名の表示は、消えかかっていて読めない。だが、間違いなく◯◯◯駅だ。乗客たちは一斉に立ち上がり、無言で降り始める。


「降りて取材しよう。ここが噂の駅だ。」


佐藤がカメラを肩に掛け、意を決したかのようにホームへ向かった。私も彼に続き、一歩踏み出す。


「…なんだ、あれ…?」


電車の外、ホームには無数の人影が揺れていた。よく見ると、彼らは乗客だった人々の姿がぼんやりと浮かび上がり、まるで幽霊のように不自然に歩き回っている。


「これ、何かおかしいよ…戻ろうか?」

私は佐藤に声を掛けるが、彼はカメラを回し続けている。もはや後戻りできないと感じた。


「いや、これが◯◯◯駅の正体かもしれない。取材を続けよう。」


しかし、私はその場を動けなかった。電車の外に広がる異様な光景、そして乗客たちの青白い顔。その全てが、現実ではないような感覚に陥らせた。


静かな囁き声が、背後から再び響く。それは、もはや聞き間違いではなかった。


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