第三話「だいすきなあなたへ」
頭の中にもやがかかっている。すごく気分が悪い。
折座屋はそのもやを振り払おうと頭を振る。けれどそんな事で晴れるはずもなく。
うだうだと思案を続けていると、気が付いた時には学校へとたどり着いていた。
「折座屋君、大丈夫?」
背中に心配する声をかけられ、折座屋は振り返った。
そこにいたのは、武村だった。
折座屋は一瞬、意外な気持ちになった。が、すぐにここが学校である事を思い出す。
当然、武村がいたとしても不思議はない。
「あ、ああ……大丈夫だ。すまない」
折座屋は武村から視線を外し、周囲を見回した。
「ぼーっとしてたよ。えっと、具合悪かったりする?」
「いや、大丈夫だ。……ちょっと考え事をしていた」
武村と折座屋は入学してからしばらくはあまり会話を交わす仲ではなかった。
ある事件をきっかけとして、仲良くなったのだった。
「考え事って……どんな事?」
内心で不安に思いながら、武村は訊ねる。
武村は折座屋に対して恋心を抱いていた。だからこそ、その考え事の内容が気にかっかるのも当たり前の事だと言えるだろう。
何せ、これまで女の影すらなかった折座屋の悩みの種だ。気にならないわけがない。
もしかしたら、彼女とかいるのかもしれないし。
武村は内心で不安になりながら、それでも表面上は笑顔を取り繕う。
「違ってたらごめんなんだけれど、もしかして」
「……知っているのか?」
「知っているというか、見ていたらなんとなく察せたというか」
「そうか。……すごいな、武村は」
折座屋は素直に関心した。
まさか、自分の心の内がバレてしまっていたとは、考えてもみなかった。
「武村なら、どうする?」
「わ、わたし……?」
突然に話を振られ、武村は困惑した。
なぜそうした話の流れになってしまうのかというのもそうだし、こうした状況でどう答えるべきかというのも困ってしまう要因の一つだった。
おそらく、折座屋は本気で悩んでいる。そういう男だ。
ならば、本気で答えなければならないだろう。
武村は居住まいを正し、思案する。何と答えたらいいのだろう、と。
「……わたしは、折座屋君の事を応援しているよ。折座屋君の心に従った方がいいと思う」
武村は折座屋に恋をしている。しかしその事を折座屋は知らないだろう。
これでいい。そう武村は思った。
愛しい人の幸せを願う事もまた、一つの恋の形なのだと思う事にしよう。
「武村……ああ、そうだな。その通りだ」
折座屋は武村の言葉を受けて、小さく頷いた。
武村の言う通りだ。心に従って行動した方がいいのだろう。
その方が後悔がなくていい。折座屋自身、あまりうだうだと考えるのは本意ではなかった。
自分の心に従い、正しいか否かで判断する。シンプルで簡単な方法が好みだ。
我ながら単純な精神構造をしているな、とは思うものの、そこは仕方がないと割り切るしかなかった。
人間、持って生まれた性質というものがあるのだから。
「ありがとう、武村。なんとなくわかった気がする」
「え? ……ああ、うん。どういたしまして」
決意を固めたような晴れやかな顔の折座とは裏腹に、武村はどこか浮かない表情を浮かべていた。
その事に、折座屋が気付く事はなかった。
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