第一話「恋する乙女と怪文書の謎」
五月××日――入学式、新入生歓迎式典、部活動勧誘期間を経て、そろそろ一月が経過しようとしていた。
新入生は新しい環境にも慣れ始め、ポツポツと仲良しグループを形成しつつあった。
武村真理愛もそんな新入生の一人だった。
「真理愛、おはよー! そろそろ折座屋くんとお話できた?」
「ちょっ……やめてよ、大声で話すの」
「えー、いいじゃんねー、別に犯罪じゃないし」
「だとしても恥ずかしいし……」
朝の挨拶をしてきた友人に秘密を暴露されそうになり、武村はしーっと人差し指を立て、必死で口止めする。
友人はおかしそうに笑っていたが、武村にとってはあまり笑える事態ではない。
幸いにして、件の折座屋とは別クラスのため、この会話を聞かれることはないだろう。が、周囲にいるクラスメイトたちに聞かれてしまうのも武村には避けたいことだ。
どこでどうまかり間違って、折座屋の耳に入るかわかったものではないのだから。
武村の反応をひとしきり楽しんだ後、その友人はやっと声を潜めてくれたのだった。
「それにしてもマンガみたいな話だよね。真理愛の話を聞いていると、あたしにもそういう人が現れないかなって思っちゃう」
「もう、からかわないで」
武村は頬をふくらませ、その友人からぷいと顔を背けてしまう。友人は謝罪の言葉を口にしつつ、ふくれてしまった武村の頬をぷにぷにと突いてくるのだった。
でもまあそうだよね、と武村は心の中で納得する。
あれはまだ入学式前の春休みのこと。
武村は不良グループに囲まれ、怖い目にあった。そこに颯爽と駆けつけ、助けてくれたのが折座屋だ。
その一件で武村は恋に落ちたのだが、相手は見知らぬ男性。連絡先はおろか名前すら知らない全くの赤の他人だ。
どうしようもなく、折座屋のことを考えて悶々とする日々が続き、高校生となった。
入学式の折り、折座屋は新入生代表として挨拶をする。
壇上に立った折座屋と整列する武村。その時、武村は運命を感じたのだった。
「いやー、その話これで三度目だけど、今だに信じられないわ」
「まあね、わたしもそうだもん」
入学式が終わり、家に帰っても武村は信じられないような気持ちだった。
まさか、同じ学校にあの時助けてくれた人物がいたとは。
そして、だいぶ年上だと思っていた彼がまさかの同い年で成績は優秀。
「まあイケメンかって言われるとそこそこかな。あたしはあんまりタイプじゃないね」
「別にいいの。わたしにとっては王子様なんだから」
「はいはい。でも真理愛は折座屋くんとしゃべったことないんでしょ?」
「うん……あの日以来しゃべったことない」
あの運命の日、折座屋とは多少の会話をした。けれど、それもあくまで赤の他人としてだ。
同い年の同級生としてしゃべったことはない。クラスも違うので、中々きっかけが掴めないでいるのが現状だ。
「実はね真理愛、あたし折座屋くんとしゃべったことあるよ」
「へえ……そうなんだ」
ずーん、と落ち込んでしまう武村。
友人は慌てた様子で、わたわたと手を振った。
「べ、別に大した話はしてないよ。ただまあ、どんな人なのかなーって思っただけだし」
「……それで、どんな人だった?」
「え? ああ、まあいい人だったよ。ちょっと融通の利かないタイプかなとは思ったけど」
折座屋と会話した時の印象を武村に教えてくれた。
それによると、折座屋はどうやらあまり臨機応変に物事をとらえられる性質ではないようだった。
性格は自分に厳しく、他人にもそこそこ厳しい。体格はかなりがっちりとしていて、過去に空手、柔道、剣道などをたしなんでいたとか。高校では剣道部への入部を検討しているという。
正義という言葉をやたら使いたがるのだとか。ちょっと危ない感じのする人というのが友人の印象だった。
「あたしとしては、あまりおすすめはしないけれど、まあ悪い人ではないことだけは確かだよ」
付き合ったり、それこそ結婚したりしたらある意味苦労するタイプだろうけれど、と最後に付け足してその話は終わった。
会話は逸れ、昨日のドラマやニュース、流行りのコスメやブランドなんかに以降していく。
その最中にあっても、武村の頭の片隅には折座屋の存在があった。
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